第16話「運命の番」
デュークは闘技大会の優勝者として会場全体に紹介されて、彼らしくやる気なさそうにではあったものの、きっちりとしたお辞儀をした。
見る人が見れば眉を顰めてしまうような、そんなふざけた態度なのかもしれない。
けれど、普通なら人の多さを見ただけで緊張してしまうようなこんな場所でも、そういう余裕を見せてしまうところも好き。
デュークが属する獣騎士団の騎士服は、光沢のある灰色だ。
それが誰よりもよく似合っていいるように見えてしまうのは、私が素敵すぎる騎士団長様のことが好きだからだけでは、絶対にないと思う。
私は頃合いを見て優雅に見える程度の速さで、デュークの元へと近寄った。
彼はいつもの事だから私が来ても驚きもしないし、周囲の着飾った貴族たちも心得ていてそれとなく居なくなる。
これは、いつものことだった。
「デューク! 優勝おめでとう! とってもとっても、格好良かったわ」
「……ありがとうございます。なんか……今日は、いつにも増して、かわいっすね。いや、お美しい……? すみません。ここが姫を褒めるところなのは、俺もわかってはいるんですけど……」
デュークが貴族が当然のように口にする社交辞令を苦手なことを知っている私は、首を横に振ってから微笑んだ。
「ううん。言葉は、なんだって構わないの。私を褒めてくれて、ありがとう……この生地どうかしら? 獣化したデュークの黒い毛に良く似ているでしょう?」
私がドレスの裾を持ち上げれば、彼は首を傾げて苦笑した。
「俺の毛はこんなに……綺麗な黒ですかね。姫の目からそう見えるのであれば、ありがとうございます」
「ねえ。踊らない? せっかくだから……」
私が踊りに誘えば身分の問題で、デュークは断れない。それがわかりながらも、彼にこう言ってしまう。
私は本当に、自分勝手な王族だ。
「……喜んでお相手します。お誘いして下さって、ありがとうございます」
騎士学校では、ダンスは必須授業だったはずだ。
出自は貴族だけではないし、手柄を立てた騎士となれば、こうした上流階級の夜会にも出席することは十分に予想出来た。
私は既に何度かデュークと踊ったことがある。エスコートはぎこちないけれど、元々の運動神経が良いから、とても踊りやすいのだ。
「……ねえ。獣人って『運命の番』が居るって本当なの?」
獣人には運命的な唯一無二の存在が居るという。
一度(ひとたび)出会ってしまったならば『運命の番』のことしか見られなくなってしまうというのだ。
とてもロマンチックで、素敵な関係だと思う。
「はい。本当です。獣人同士であれば、お互いが運命の番であるとわかるそうですが、相手が人であると獣人側にしかわからないので……結構な厄介ことになっている状況もあるようですね」
淡々とそう言ったデュークが踊り慣れていない事は明白だ。
何故かと言うと、社交界で王族の姫である私に逆らおうと思う令嬢がもし居るならば、彼女にはあまり良い未来は待ってはいないだろう。
「あの……私がデュークの運命の番っていう、可能性は?」
「ないっす」
デュークに上目遣いで聞いた私の期待に満ちた言葉は、間髪を入れずにあっさりと否定された。
「まあっ……もしかしたらそうだけど、まだわかっていないだけかもしれないじゃない」
彼にきっぱりと否定され、私は面白くなかった。
「『運命の番』は一目見たらそうだと認識するそうです……けど、俺は……居たとしても、出来れば会いたくないっす。運命の番のような正気を失ってしまうような存在のせいで、我を忘れれば……何をしてしまうか。自分でも、それはわからないんで」
『運命の番』というとてもロマンチックな存在は、怠惰な彼からすれば普段の自分にある余裕を奪い去ってしまう嫌なものでしかないのかもしれない。
「私はデュークになら、何されても構わないわ」
頭の上で彼の手を取ってくるりとターンをした私に、デュークはとてもわかりやすく顔を顰めた。
「そういうの……たとえ思っていたとしても、口には出して言わない方が良いっすよ」
「あら。だって、私は本当にそう思っているもの」
デュークには未だに冗談だと思われているしれないけど、私だって成人していて彼と結婚したいとまで考えている。
「……そうだとしてもです。姫が思っているより、世界はとても危険なもので溢れているので」
「もし……『運命の番』なら。私をこのお城から、連れ去ってくれた?」
私は軽い冗談のつもりだったんだけど、デュークはなぜか浮かない表情をしている。
「俺はこれまでに運命の番に会ったことがないので、他から聞いた話で想像するしかないすけど……運命の番に会った獣人は結ばれれば、それはそれは幸せそうですが結ばれない場合の苦しみは、想像を絶します」
「まあ」
それも普通の恋人であっても時や状況が合わなければ別れることがあるのだから『運命の番』だって、そうなのかもしれない。
「もし身分差で結ばれないくらいなら、俺は一人でここを去って生きます。姫は俺が居なくなっても、すぐに代わりが出来るでしょうが……獣人にとっての『運命の番』はそれほどにまで拘束力があるものなので」
彼がたとえたのは『私がデュークの運命の番だった場合』の話だ。
それはちゃんと理解しているはずなのに、なぜかデュークは苦しそうだった。
してはいけない期待だと、わかっていた。けれど、胸がときめいた。
「……私も、一生デュークだけを想うと誓ったら?」
「だから、そういうのは重いですって……姫は、才色兼備で身分もある。俺には本当に……勿体無いっすよ」
デュークは物のわかった大人だし、私は彼にわがままを言っているだけ……いつまでもそんな関係でなんて居たいはずがない。
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