第4話「実の兄」
「……あら。お兄様。おはようございます。こちらにいらっしゃってたんですね」
「アリエル。おはよう。今朝の朝食の席には、珍しく現れなかったようだが」
部屋に戻れば私の部屋でラインハルトお兄様が、優雅にお茶を飲んでいた。
お互いに若い異性なのに勝手に部屋に入るなんてと思う人も居るかもしれないが、私は特に気にしない。
ラインハルトお兄様は、たった一人の妹の意向を常に大事にしてくれる人だからだ。誰かに言えば驚かれるくらいに、無償の愛を延々と注いでくれる人。
ラインハルトお兄様の姿を一目見れば、きっと誰もがこう思うはずだ。
————-『完璧な王太子』だと。
光り輝くような金髪に、透明な清水を思わせる青い瞳。誰もがひと目見ればため息をついてしまうほどに、美しく整った容姿。
ちなみに、お兄様は年齢が年齢であるにも関わらず女性を未だに虜にする父似で、私は亡くなった母似。
私たちは完全に血の繋がった兄妹だけど、容姿は全然似てない。ちなみに腹違いの兄二人も、父似。兄三人は、良く似ている。
私の兄ラインハルト・ノイエンキルヘンは母親が私が幼い頃に亡くなったのもあり、母の忘れ形見となってしまった私に対しやたらと甘い態度を見せる。義母セリーヌ様も、度々苦言を呈するくらいだ。
優秀な王太子として幼い頃より有名で、ラインハルトお兄様の治世は現王である父より安寧で盤石だろうというのが、大方の国民の予想だ。
そういった訳で、妹の私はラインハルトお兄様の王太子の威光という後ろ盾を持って、この国の社交界だって簡単に牛耳ることも出来そう。
実際には、私はあまり社交的ではない。だって、取り巻きの管理もとても面倒そうだし、向いてなさそうだもの。
「……ラインハルトお兄様。朝食の席に行けていなくて、ごめんなさい。朝、支度をしていたら夢中になってしまったの。いつもの時間には、とても間に合いそうもなくて」
デュークに会うためのドレスをあれかこれかと選んでいたら、思ったよりも時間が経ってしまったのだ。
遅刻すると思い朝食の場に行けなかった私が兄の隣の椅子に座り肩を竦めると、ラインハルトお兄様は何もかもわかっているとばかりに頷いて片眉を上げた。
「あのお気に入りの彼の所に行ったんだろう? 僕と血が繋がっていなければ、アリエルを僕のお嫁さんにしたんだけどね。君のことを世界で一番に愛しているという自覚はあるよ」
ラインハルトお兄様がこのように大袈裟に実の妹を持ち上げるのもいつものことなので、私は特に気にもせずに自分の前に置かれたお茶へと手を伸ばした。
「ラインハルトお兄様と結婚してしまったら、国中の女性から恨まれてしまうわ。私は絶対に嫌です……未来のお義姉さまとなられる方も、きっと大変だろうと思いますわ」
ラインハルトお兄様には、現在は婚約者が居ない。
実は幼い頃からの婚約者の方が不慮の事故で数年前に儚くなって、それから喪に服するとして、未だ次の婚約者を決めていない。
実際のところ妹姫の婚約なんかよりも、王太子の婚約の方が国にとっては大事で急務だったりもする。
「……僕も想像をするしか出来ないが、一国の王妃となれば気苦労も凄いだろう。とても、息苦しいだろうね。世界一愛する妹には、そんな想いはさせたくはない」
ラインハルトお兄様は、亡くなった婚約者の方のことでも思い出したのか、どこか遠くを見るような憂い顔になった。
私にはこの事について、何も言えない。
だって、亡くなった人はお金を積もうとも権力を持とうと、蘇ることはない。出来るだけ早く心の傷が癒えて、お兄様の次なる愛する方が早く見つかれば良いと思うだけ。
「お兄様……あの、大丈夫ですか?」
黙ってしまった兄に声を掛ければ、にっこり微笑んで首を横に振った。
「いいや。悪い。何でもないよ。アリエルのお気に入りは、どんな事を話したんだい? 今朝も彼に会いに行っていたんだろう?」
この王城の中、絶対的な権力を握るラインハルトお兄様には、私の行動なんて筒抜けでしかない。
毎朝、私の恒例となっているデュークの執務室への訪問だって、この兄が許しているから、、誰も何も言われることはない。
「デュークなら、いつも通りですわ。あの方は私なんて、相手にもしてくれないの」
「それは、世にも珍しい男だね」
「……けど、実はそういうところも良くて好きなの。変わっているかしら。私は片思いの楽しいところだけ、ずっとずっと楽しめるもの。結ばれることがないと最初からわかっていれば、変に期待せずに傷つかずに済むわ」
私の正直な言葉が意外だったのか、ラインハルトお兄様は不思議そうにした。
「僕の可愛い妹は……お気に入りの彼とは将来的に結ばれたいとは、望まないと?」
これは、ラインハルトお兄様にはわからない感情なのかもしれない……私だって説明しろと言われても難しい。
デュークが憂いなく幸せであれば良いと思うけど、別に自分と親密な恋人にならなくて良い。
その方が……別れることもない。ずっと、好きで居られるもの。
「ええ。だって、私のような面倒な立場の妻が出来てしまえば、庶民出身の彼はきっと大変でしょう。だから、これは決まった婚約者が出来る前の、ただのお遊びのようなものです。本気にはなりません。お兄様も、どうか心配なさらないで」
これ以上、周囲から妙な憶測を呼んだり無用な騒ぎを起こすつもりはないとはっきり言えば、ラインハルトお兄様は複雑そうな表情になった。
「そうか。お前がそうしたいと望めば、僕が叶えるだろう。アリエルは、自分のやりたいように生きれば良い。余計な心配など、何もしなくても良いんだ」
そうは言っても、私は責任ある王族に生まれた一人なんです。
この先、死ぬまで王家に縛られることになる、愛するラインハルトお兄様と同じように。
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