第2話「理由」

 我らがユンカナン王国は、遠い遠い昔。


 言葉は通じていても話が通じない凶暴な蛮族や、恐ろしい魔物などの脅威に怯えていた一族だ。


 ある日、一人が力を合わせて互いを守る一国としての独立を宣言するために立ち上がった。


 そして、誰にも脅かされることのない国を共に創ろうと初代王が皆に呼びかけ、近隣に住んでいた多数の獣人の一族から協力を得ることが出来て、ユンカナン王国は建国されることとなった。


 そんな国のはじまりの経緯から、それぞれの領地を治める領主なども、元々その地を支配していた一族の長が、そのまま王より領主たる貴族として領地を与えられて叙爵されたらしい。


 特に建国時に忠誠を尽くしたという功労者で王家に重用されることとなった《三匹の犬》になぞらえた獣人の一族は、周辺国でも語り草になってしまうほどにとても有名だ。


 『番犬』険しい雪山に終わりなく湧いて出る強力な魔物から、国を守る雪豹プリスコット辺境伯家。


 『忠犬』国民たちの安全を守るために、草原の蛮族を狩る狼ミュルダール辺境伯家。


 『狂犬』建国以来数々の因縁を持つ敵国との、国境を死守する虎キドランド辺境伯家。


————-いずれの獣人の一族も。雪豹も狼も、虎も。


 すべて、強い力を有しているとされる超戦闘種と呼ばれている強い獣人たちで、今では人間との混血が進み生粋の獣人は少なくはなったものの、戦うことを生業にしている者は多い。


 そして、そんな獣人たちの中でも百獣の王と呼ばれている獅子も、大型肉食獣の獣人の中にあって『最強獣』として目されているほどに有名だ。


 ただ、性格的に怠惰な特徴を持つ獅子の雄たちは気分にムラがあり過ぎるため、たとえここ一番の戦闘時に力を示したとしても『三匹の犬』のように常に国を守るためだけには動かないだろうと見られていた。


 それに、獅子獣人は力が強過ぎるという見方も多く、兵としては扱いが難しいところもあるようだった。


 獅子獣人たちは、大昔建国以前は一匹の強い雄を中心とした群れを為す一夫多妻制であったそうだ。


 長い長い時が流れ、交通網なども整備され、物資の流通なども潤沢な今。


 彼らは群れて必死に猟に出て、食糧となる獲物を狩らねばならないことも無くなった。


 物資に困らない現在では、他の獣人たちと同じように『番』と呼ばれる唯一の伴侶を見つけてしまえば、一生一途に愛するように習性が変わっているらしい。


 生き物たちは環境が変わる度に、それに適応して進化し続けるというのは、本当だったのだ。


 とは、言っても。


 大好きな獅子獣人デュークと将来的に結ばれるつもりもない私には、それはとても夢があるわとは思いつつも要らない情報ではあった。


 デューク本人が何度も何度も口を酸っぱくして言っている通りに、私たち二人には王族の姫に平民出身の騎士……身分差があり過ぎる。


 いくら私が、デュークを世界一好きで。


 万が一の確率で彼が将来私を自分の番にと望んでくれたとしても、世の中には無理が通ることには限界があるものだ。


 現王の末子である私には、兄が三人居る。


 だから、血筋を残すという大切な仕事を十分に終えていた国王であるお父様は、私が生まれる時に女の子がどうしても欲しかったらしい。


 そして、私が産まれた時に感激のあまり手に持っていた国宝級の硝子細工を落として壊し、後々言い伝えられる大騒ぎになってしまったのは産まれた赤子……つまり、私のせいではないと思う。


 産後の肥立ちが悪く、正妃であるお母さまが幼い私を残して亡くなられてしまってから、お父様の溺愛ぶりは度を越してしまったようだった。


 長子のラインハルトお兄様を始め、異母兄のフランツお兄様とジャンお兄様も、そんなお父様と同じように、末姫の私を猫っ可愛がりしていると言っても、それは過言ではない。


 結婚適齢期になっている王族の私には、通常であれば幼い頃より周辺の友好国でお父様やその跡継ぎのお兄様が有利になる政治的な繋がりをより強力にする、年齢が釣り合い地位が高い婚約者が居るはずだった。


 何故、この年齢になっていても、そんな婚約者が居ないかというと、お父様もお兄様たちも私には愛のない結婚などさせられないとんでもないと、口を揃えて言っているからだ。


 決して安くはない税金を納めている国民の代表として存在している王族という身分に産まれたというのに、現在有り得ないほどの好待遇をされていることは、私自身だってひしひしと感じてはいる。


 それほどに愛されていることは、確かに有難いとは言えど成人している私はただ家族に愛されている日々に、いつまでも甘えてはいられないことも。


 私の事情を知りつつも、他国から申し込まれる縁談も決してない訳ではないらしい。


 けれど、全て私本人のところへ話が来る前に、四人が吟味した上で『私を世界で一番幸せに出来る者でなければダメだ』と、申し込まれた縁談はすべて却下され続けているらしい。


 このままだと一生未婚のままで、ずっと姫君と呼ばれたままになってしまいそうで……正直に言えば、それは嫌だ。


 王族として生まれ付き与えられた役目も果たさずに、家族の優しさに甘えたい訳でもない。


 だから、この前二十歳になった私は、そろそろ将来的な結婚相手を自分で探さなければならない。私が丁度良さそうな家柄の男性を『この人でないと、結婚しない』と訴えれば、さしもの彼らも黙ってしまうはずだ。


 そして、家族に溺愛されているという事情を持ち、いつかは自らの身分に合う適切な男性の元に嫁ぐべき王族の姫であるそんな私が、庶民出身で若き騎士団長デュークのことを自分のお気に入りだと周囲には十分過ぎるくらいに喧伝していることには。


 とある理由が、あった。

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