第4話:私と一緒に学校に通いましょう!

「なるほど、事情はわかった。ロクでなしとはいえ師匠が自分の愛剣を残して姿を消したのは確かに気掛かりだな」

「……ルクス君の中でヴァンベールさんがどんな人なのか気になる発言ですね」


 俺にとって師匠がどんな人かと聞かれて一言で答えるとすれば〝ロクでなしを絵に描いたような人〝だ。生活能力皆無、金銭管理はずぼら、気が付けば酔っ払っている等々、ダメなところを上げたらキリがない。

 ただ戦技と魔術の技量に関してはずば抜けている。指導方法については難ありで、文字通りの意味で何度死を覚悟したか数えきれない。


「まぁ師匠のことはいいとして。俺はこれからどうすればいいんだ……?」


 捜し出して一発ぶん殴るのも悪くないが、足跡の一つもないんじゃ見つけ出しようがない。


「そうですね……それなら私と一緒に魔術の学校───ラスベート王立魔術学園に通うというのはどうでしょうか?」


 ラスベート王立魔術学園。この名前は師匠から聞いたことがある。確かラスベート王国にいくつかある魔術師養成機関の中で最も古く威厳があり、かつ最高峰の魔術を学べるとかなんとか。


「生まれてこの方友達が一人も出来たことがない可哀想なルクス君をヴァンベールさんはとても心配していました。あと常々あの人は〝もし俺に何かあったらあいつの力になってやってほしい〟とも言っていました」


 誰が可哀想だよ。そもそも友達を作れるような環境に住まわせなかったのは他でもない師匠自身だろうが。あと〝何かあったら〟ってこうなることを予期していたのか?


「あとヴァンベールさんは〝同世代の魔術師見習いと触れあいより多くの研鑽を積ませたい。自分とだけ手合わせをしていたら感覚が狂うからな〟とも言っていました。そういうことなら私に紹介してくれれば解決したというのに……」


 わずかに唇を尖らせながらティアリスはぼやいた。

 手合わせと言えば聞こえはいいが、実際のところ俺と師匠がやっていたのは稽古というより本気の殺し合いに近い。

 真剣こそ使わないが、木剣から繰り出される師匠の斬撃は容易く俺の頭を叩き割る威力があったし、放たれる魔術もまともにくらえば一瞬で消し炭になる無慈悲な火力。弟子を労わることを知らないのだ、あの人は。


「ラスベート王立魔術学園とやらに通うのは構わない。ただ無条件で通うことが出来るのか? 普通は試験があってそれに合格しないといけないんじゃ……?」

「本当に察しがいいですね。ルクス君の言う通り、ラスベート王立魔術学園に通うためには入学試験に合格しないといけません。ですがその試験は先日終了し、合否もすでに発表されています」

「それなら俺が学園に通うことは不可能じゃないのか? まさか俺が通う枠を無理やり作るとか言わないよな?」


 ユレイナス家の権力をもってすればどうとでもなりそうではあるのが怖い。


「当たらずとも遠からず、と言ったところですね。魔術学園には通常の試験とは別に特待枠試験というものが設けられているんです」

「特待枠試験?」

「突出した魔術の才能を持っているのに様々な事情で試験を受けられない人に対して行われるものです。ただ選考基準がすごくあいまいで、ここ数年は合格者はおろか受験生すら出ていませんが」

「基準があいまいだな。ちなみにそれってどんなものなんだ?」

「学園長のお眼鏡に叶うか否か。この一点のみが特待枠試験の合格基準です」


 ティアリスの答えに俺は開いた口が塞がらなくなる。続けて口にした、〝ちなみに試験内容も不明です〟との言葉に頭を抱えたくなる。つまりぶっつけ本番で試験に望めってことか。


「ま、まぁきっと、多分、恐らく、ルクス君なら大丈夫ですよ! 必ずや学園長のお眼鏡にかなうはずです!」

「根拠のないフォローをどうもありがとう。それで、万が一入学できたとしてそこから先のことは考えているのか? 自慢じゃないが学園に通ったとしてやっていける自信は俺にはないぞ?」


 なにせ俺が師匠から教えてもらったのは戦技と魔術だけだ。一般常識的なことはホコリの被った師匠の私物である大量の書物を読み漁ったのでそれなりに身に付いてはいる。

 だが逆に言えばその程度の知識しか身に付いていないので、これで王国一の魔術学園の授業についていくことが出来るか甚だ疑問だ。そう伝えると、


「ヴァンベールさんの私物の書籍を熟読しているなら何も問題はありませんよ。なにせその本はラスベート王立魔術学園で使われている教科書なんですから」

「師匠はラスベート王立魔術学園の卒業生なのか? だけどそんな話は一度も聞いたことがないぞ?」

「いえ、通っていたわけではありませんよ。ただヴァンベールさんは学園長から直々に魔術や戦技の教えを受けていて、本はその時に渡されたそうです」

「師匠はラスベート王立魔術学園の学園長の弟子だったってことか。なるほど、さっきのフォローもあながち間違いじゃなかったか」


 俺の言葉にティアリスはえへんと胸を張る。それにしても師匠がここまで秘密主義だったとは思わなかった。ずっと一緒に暮らしていたのにどうして何も話してくれなかったんだ。


「そういうことです。それに加えてあの人から長年にわたって自慢ばな───ではなく教えを受けてきたルクス君なら学年トップの成績すら狙えると思いますよ」

「それはさすがに言いすぎだと思うけどな……」


 嬉しいことがあった時や酒に酔った時、決まって師匠からこの世界の成り立ちと自分の輝かしい経歴の話を聞かされたものだ。子供の頃はワクワクしたのを覚えているが、何度も聞かされるうちに〝作り話じゃないのか?〟と疑念を抱くようになった。


「フフッ。私の言葉が嘘じゃないってことは入学すればすぐにわかりますよ」


 足を組み替えながら口元に不敵な笑みを浮かべてティアリスは言った。どうやら本気で師匠の自慢話が役に立つと思っているらしい。まぁその前に学園長のお眼鏡にかなわなければいけないわけだが。


「話は以上です。色んなことがいっぺんに起きたので疲れていますよね? シルエラが用意してくれた紅茶でも飲みながらくつろぎましょう」


 ティアリスが言うのとほぼ同時に扉がノックされた。どうぞと彼女が答えるとゆっくりとドアが開き、シルエラさんがティーポットとケーキを載せたワゴンを押して部屋へと入ってきた。

 師匠が借金を遺して突然行方をくらませたかと思ったら魔術学園の試験を受けることになるとは。人生何が起きるかわからないな。

 そんなことを考えながら口にした苺のケーキは甘みと酸味のバランスが絶妙ですごく美味しかった。

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