師匠の借金を押し付けられた俺、美人令嬢と魔術学園で無双します。
雨音恵
第1話:師匠が残した借金のせいで人生詰んだ
日が傾き出した夕暮れ時。喧騒と静寂が混在する街中を俺───ルクス・ルーラーはどうしてこうなったと心の中で叫びながら全速力で翔けていた。
「逃げるなぁ―――! ヴァンベール・ルーラーの借金から逃げるなぁ!」
背後から聞こえてくる殺気の籠もった理不尽な怒声。それと同時に命を抉り取る風の弾丸が飛んでくる。振り向きざまに腰に挿した剣を抜き放ってそれら全てを払いのけ、俺は諦めて追って達と相対する。気が付けば行き止まりだったから仕方なくなのだが。
「こんな街中で魔術を使うなんて……さてはあんた達、常識ないな? というか俺を殺す気だったよな!?」
「うるせぇ! ガキのくせに大人に常識を問うんじゃねぇよ。というか常識云々を問うならお前の師匠が一番の非常識人だろうが!」
追手人のリーダーと思しき男が吐き捨てるように言うが、その件については俺も大いに賛成だ。
なにせ安宿で一息ついていたら突然四人の手練れの魔術師達に襲撃されて鬼ごっこをする羽目になった。その理由は他でもない、俺の師匠がいつの間にか拵えていた多額の借金のせいだ。
俺の師匠ことヴァンベール・ルーラーは俺の育ての親であり剣と魔術の師匠でもある。 十六年前に発生した〝大災害〟で両親を失った俺にとって唯一の家族と呼べるこの人は、一週間前に何の前触れもなくある日忽然と姿を消した。
そして俺の手元に残ったのは〝お前は俺みたいになるなよ〟と書かれた紙切れとお祝いでもらった一本の長剣───銘を【アンドラステ】という───と多額の借金。そして血反吐を吐くまで叩き込まれた魔術と剣技。
「いいか、少年。お前の師匠が借りた額は5000万ウォル。当然この額も問題だがそれ以上に問題なのは借りた相手だ。どこか知っているか?」
「知りたくありません」
「よりにもよってラスベート王国が四大貴族、ユレイナス家だ。この意味がわかるか? わかるよな?」
「残念ですがこれっぽっちもわかりたくありません」
至極真面目な顔で俺が答えながら剣を正眼に構えると、男はやれやれとため息を大きく吐きながら頭を掻いて、
「ハァ……まぁお前が理解しようがしなかろうが、お前を捕まえろって言うお嬢の命令に変わりはない。悪いが大人しくしてくれや───風よ、弾丸となり敵を穿て《ヴェントス・バレット》!」
男は右手を突き出しながら術名を叫び、何もない空間から風弾を生み出す奇跡を引き起こす。そしてそれらは空気を切り裂きながら亜音速で俺の身体を射貫かんと飛来して全て着弾。瞬間、土煙が舞う。
「───あんた達、もしかして本当の馬鹿か? こんな街中でド派手に魔術を使ったりしたらどうなるか……少し考えればわかるはずだろう?」
鬱陶しい煙を手にした剣を振るって吹き飛ばしてから、俺は肩をすくめながら追手に文句を口にする。
「ほぉ……あの攻撃を全て防ぐとはやるじゃないか。さすがはお嬢が気にかけるだけのことはあるな。さて、次はどうしようか?」
「次も何もない。あんた達の相手をするほど俺は暇じゃないんですよ。なにせ多額の借金を残して消え失せたクソッタレな師匠を捜さないといけないんでね」
「そうだな……そうだよなぁ! でもクソッタレな師匠を探したいならまずは俺達を倒さないとなぁ!」
男は獰猛な笑みを口元に浮かべ、叫びながら腰から短剣を取り出して突貫して来る。その速度は目を見張るものがある。だが───
「───遅い!」
「っくぅ!?」
俺は自ら一歩踏み込んで間合いを詰めて蹴撃を鳩尾に叩き込む。予想だにしていない一撃に男の身体がくの字に曲がり、両足が地面から浮く。
「ハァッ!」
裂帛の気合いを吐き出しながら追撃の回し蹴りを放って吹き飛ばす。わずか数秒の出来事に他の追手者達は呆けた顔で口をあんぐり開けている。
これで終わればいいがおそらく男は立ってくる。二発目は脇腹を捉えたがまるで岩を蹴ったような感触だった。
「おいこら、てめぇが持っている大そう立派な剣は飾りか!? 剣を手にしているなら剣で戦えや!」
「あいにく、クソッタレな俺の師匠は手癖足癖が悪くてね。使えるものは何でも使えって頭と身体に叩き込まれたんですよ。こんな風にね───雷鳴よ、矢となり奔れ《トニトルス・アロウ》」
すぅと突き出した俺の左手の人差し指から闇を切り裂く一筋の紫電が迸る。これを男は横に飛んで紙一重で回避して勢いそのままに再度突撃を仕掛けてくるが、今度はちゃんと剣で迎え撃つべく俺は腰を深く落として迎え撃つ。そこに、
「火炎よ、弾丸となり爆ぜろ。《イグニス・バレット》!」
「風よ、弾丸となり敵を穿て《ヴェントス・バレット》!」
「大地よ、弾丸となり敵を穿て《アース・バレット》!」
地を這うように駆ける男の背後から火、風、土の三種の弾丸が絶妙にタイミングをずらして飛んでくる。これでは回避するのも剣で弾くのも難しい。かと言って魔術に気を取られれば接近するリーダーの男の短剣に心臓を獲られて終わり。普通なら、な。
澄んだ夜空の剣を振るうこと三回。迫りくる火、風、土の弾丸を悉く斬り払い、心臓目掛けて伸びてくる短剣を受け止める。信じられないと言わんばかりに目を大きく見開いて驚愕を顔に刻む追手達。
「隙だらけだぞ、致命的にな」
「───チッ!!」
もう一度鳩尾に前蹴りを叩きこもうとするが、舌打ちを鳴らしながらすんでのところで飛び退かれて回避される。
「う、嘘だろう……もしかして今あいつ、魔術を斬ったのか?」
「こんな芸当が出来る奴なんてそれこそ───あぁっ!? もしかしてあの少年、噂の〝闘技場荒らし〟じゃないですか!?」
不名誉極まりないあだ名で呼ばれて思わず俺は眉間にしわを寄せる。そんな俺の内心など知らずに追手達は話を続ける。
「あいつが巷で噂の表も裏も関係なく【闘技場】に顔を出しては圧倒的な実力で賞金を掻っ攫っていく〝闘技場荒らし〟だっていうのか!?」
「フンッ。あのガキが何て呼ばれようと俺達の仕事には関係ない。違うか?」
リーダーの男は不敵な笑みを口元に浮かべながら肩をすくめておどけてみせる。
ちなみに【闘技場】というのは魔術師達が己の人生を賭して修得した技を競い戦う場であり、手に汗握る攻防を純粋に楽しみながら同時に勝者を予想して金を賭けるある種の娯楽である。
ラスベート王国のみならず他国でも競技として認定されており、子供からお年寄りまで、魔術師であろうとなかろうと大人気の
「言っておくけど、俺は好きで闘技場荒らしをしていたわけじゃないからな? クソッタレな師匠に〝実戦でしか学べないことがある!〟って言われて仕方なく出ただけだからな?」
どちらかというと生活費を稼ぐためであったような気もするが。
「ハァ……そういうことなら今回も賞金稼いでさっさと借金返しやがれ馬鹿野郎!」
「そもそも俺の借金じゃないですけど……それよりこれからどうしますか? まだ続けますか?」
「続けるさ、当然な。それがお嬢から与えられた俺達の仕事だ」
リーダーの言葉に同調するように部下達も腰を落として臨戦態勢を崩さない。どうやらこの追手達を退けるには戦闘不能以外の選択肢はなさそうだ。とはいえ受け身に回っていては埒が明かないしちまちま戦うのは性に合わない。
覚悟を決めた俺はスゥと小さく息を吸い込む。腰を落としながら右足を引き、両手で握った純黒の剣を八相に構える。
「その構えはまさか!? お前達、全ての魔力を防御に回せぇ! さもないと───」
死ぬぞ、そう部下達に叫ぶリーダーの声を塗りつぶすように俺は師匠から教え込まれた技を撃つ。
「アストライア流戦技《
暴風を纏った剣を最上段から振り下ろす。高密度に圧縮された風が破城槌となって俺の前に立ちはだかる如何なる脅威も根こそぎ払う───
「アストライア流戦技《
───はずだった。戦場に凛とした清廉な声が響き、俺の放った風圧は突如戦場に舞い降りた乱入者が放った同質の風によってかき消された。
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