外れスキル『サブスク』師の成り上がり ~「無能は出ていけ!」と契約破棄された支援職、大勢と結んだ経験値契約で規格外のステータスを手に入れる~

一ノ瀬るちあ🎨

第1話

 6つの同族の死体が転がる岩窟で、1匹の獣が、底なしの縦穴を背に4人の影へ爪牙を向け猛っていた。

 大穴から吹き付ける瘴気を背負い、獣はここで仇を討つと裂帛の気合を叩きつけている。


「おいグズ! 獣1匹に何を手こずっている!」


 青色バンダナを巻いた男が口汚く罵った。

 グズと罵倒された若者は鬼の形相で、汗が瞳に染みるのも構わず、獣の爪牙としのぎを削る。


「でも! 俺の能力値じゃ有効打を与えられない! 助けてくれたっていいだろ!」

「甘えるなッ! そもそもテンラン、お前がきちんとレベルを上げていればよかった話だ」

「だから、それはスキルの代償で、ぐっ!」


 レベルは迷宮に挑む者の力量を示す指標だ。

 魔物の討伐数に応じて上昇し、呼応して実力も上がるのだが、若者――テンランは違う。


 特殊な条件下でしかレベルを上げられない。

 スキルに制約を課せられていた。

 同期の仲間との実力差は広がる一方で、関係性は着実に劣悪へ向かっていた。


 スキル名【サブスクリプション】。

 それが、彼の背負った唯一の技能にして最大の呪縛だ。


「ぐああぁぁぁぁあぁっ‼」


 バンダナ男に必死の訴求を行うテンランに、獣の毒牙が突き立てられた。

 苦悶の声が、紫色の霧を裂いて反響する。


「育ちが悪いと悲鳴も品がないな。おいアリス、助けてやれ」

「はぁ、仕方ありませんね」


 アリスと呼ばれたのは自分の背丈ほどの大杖を扱う小柄な回復術師だ。

 彼女の杖が振るわれると、テンランの傷口に向かって光が放たれる。


「待って、いま傷口を塞がれると毒が」

「うるせえな、せっかく助けてやってるのに何様だ。メア、仕留めてやれ」

「ん」


 仏頂面の少女の腕が横に払われたかと思うと、投擲されたナイフが、テンランの頬をかすめて獣の頭を刺し貫いた。


「先を急ぐぞ」

「そういたしましょう」

「ん」

「はぁ、はぁ、おい! 待てよ!」


 先へ足を向けるメンバーに、テンランが詰め寄る。

 頬はメアが投げたナイフがつくった刀傷で、真っ赤な鮮血を滲ませている。


 あと少しそれていたら死んでいたのはテンランだった。そう思うと心臓がバクバクと脈打った。


 黙ったままではいられない。


「お前らわかってんのか⁉ 俺がいなくなったらこのパーティは破綻するんだぞ!」


 射抜くような視線を向けられて、テンランは息が詰まりそうになった。

 だが、間違ったことを言ったとは思わない。


 強気な姿勢で火花を散らすテンランに、バンダナ男は憤り、声を荒らげた。


「黙れ! 外れスキルしか持たない無能のくせに!」

「外れなんかじゃない! 事実俺のスキルの恩恵をすくなからず感じているだろ⁉」


 噛みつくテンランをバンダナ男が鼻で笑う。

 明確な嘲りが多分に入り混ざっていた。


「毎月経験値を支払う契約を結ばされるだけの害悪スキルに恩恵だ? ハッ、冗談も休み休み言え」

「最初に説明しただろ? 俺と契約して得られる恩恵を」

「豊富な種類のスキルが使いたい放題、か」

「ああそうだ」


 バンダナ男がいつも好んで使っている【身体強化】や【超直感】、ヒーラーのアリスが頼り切っている【無詠唱】や【術式強化】、レンジャーのメアが担当している【罠探知】や【索敵】、【アンロック】。


 有力スキルを彼らが使えるのはテンランとの契約の恩恵だ。

 たとえ自力でメンバーより劣ろうと、それ以上にパーティへ貢献してきた自負があった。

 必要不可欠な存在と断言できた。


 だが。


「寝言は寝て言えッ、大法螺吹き野郎ッ‼」

「ぐぁっ⁉」


 バンダナ男が彼を足蹴にした。

 テンランの頬に熱い痛みが走る。

 胸に突き刺さる鈍い痛みとともに。


「だったらどうしてテメェ自身でスキルを使わねェ」


 スキルのもうひとつの制約で、彼自身は【サブスクリプション】の恩恵を受けられない。

 それがアクドウに疑心を生んだ。


「この力が借りものだ? 御託はウンザリなんだよッ! 俺のモンだ。他の誰のものでもねェ!」


 テンランの目がまなじりを裂くほど大きく開かれた。

 喉をなだめて、何とか言えよと瞳で訴えるが、バンダナ男は答えない。


「なあ、アクドウ、約束したよな。一緒に世界中の迷宮の謎を解き明かそうって、パーティを結成した始まりの日に」

「そんなのは、昔の話だ」

「昔のことだったら忘れてもいいってのか!」

「だから今日まで、テメエの嘘に気づかないふりして世話を焼いてやってただろうがッ!」


 アクドウと言われたバンダナ男が、膝をつくテンランの目の前でかがみこむ。

 胸倉を掴むと、ぐいとテンランの顔を引き寄せる。


「でもよォ、終わりにしようぜ、ここで」

「何、を」

「契約だよ。いつでも好きな時に破棄できると喧伝したのはお前だろ、テンラン」


 アクドウは突き放した。

 志をともにした仲間を明確に拒絶した。

 襟を正し、転がるテンランを上から見下す。


「ダメだ! 俺がいないと【瘴気耐性】もなくなるんだぞ⁉」


 瘴気はステータスを永続的に下げる毒ガスだ。

 テンラン自身はスキルではなく護符というアクセサリーで対策しているが、メンバーは違う。

 彼がいなくなればあっという間に弱体化してしまう。

 行きつく先に待ち受けるのは凄惨な末路だ。


 ズタボロになぶられて、蔑まれ、それでもテンランは彼らの身を気遣った。


「よく回る口だな。嘘に取りつかれた悲しい亡者め」

「嘘なんかじゃ」


 この分らず屋を一緒に説得してくれと仲間に助けを求めようと視線を動かし、気づいた。

 彼が見たのは侮蔑の視線。

 毎夜夢にうなされかねない恐ろしい眼差しが、テンラン一人に向けられている。


(なんだよ、それ)


 友が名を馳せるたび、テンランは心の内で得意に思っていた。

 彼自身は支援職だから目だって称賛されることは無いが、ひそかに支えているのは自分なんだぞと。

 自分のことのように、嬉しかった。


「……ざけんな」


 メンバーがどんな目で自分を見ているかなんて、知りもしなかった。

 気づくことから、目を背けて続けてきた。


「ふざけんなぁっ‼ 俺は、俺はお前のこと、友達だと思ってたのに!」


 テンランは怒号を上げてアクドウに組み付いた。

 勢いそのままに地面にたたきつけるつもりだった。


「図に乗るな」

「ぐあっ⁉」

「俺とお前が友達? ふざけるな。友達ってのは対等な関係で成り立つんだ。足手まといが、友達なわけないだろッ!」


 壁となったのは圧倒的なステータス差。

 仕掛けたテンランが逆に叩きつけられ、頭にブーツを乗せられてぐりぐりと踏みにじられる。


 アクドウは鼻を鳴らすと、テンランの胴を蹴り上げた。

 鈍い衝撃とふわりと体の浮く感覚が襲い掛かり、瘴気の大地を転がる。


「無様ね、行きましょうアクドウ。惨めが移るわ」

 ヒーラーのアリスが嘲り、

「ん。賛成」

 レンジャーのメアが続いた。


 蹴られた痛みと獣の毒の症状にさいなまれながら、テンランが目を開けると、眼下にどこまでも闇が続く縦穴が瘴気を吹き付けていた。

 からんと石屑が転がっていったが、地面を叩く音は聞こえない。


(チクショウ、チクショウッ!)


 地面に爪を立て、拳を握った。

 犬歯がむき出しになるくらい強く歯を食いしばる。

 かっと熱いものが頭にのぼってくる。


「待て」


 アクドウが立ち去る選択を拒み、アリスとメアはどうしたと顔をしかめた。


 テンランだけは、思い直してくれたのではないか、と希望を見出し、縋るように見上げた。


「今みたいな執念を抱き続けられると厄介だ。やっぱり、ここで殺しておこうと思うが、どうだ?」


 一縷の望みは、いとも簡単に断ち切られる。


「あはっ、素敵な考えだと思いますわ」

「ん、懸念事項は少ない方がいい」


 アリスとメアが同意を示す。

 意識が奈落に飲み込まれるようで、視界が黒く塗りつぶされていく。


 闇色に染まる世界の中心で、アクドウが剣を天に掲げる。

 刀身に白銀の暴威が煌々と渦巻いている。

 【サブスクリプション】で与えたスキル【剣聖】が、いまかいまかと手ぐすね引いて、彼に牙をむいている。


「はぁ、はぁ。なあ、嘘だよな?」


 目の前の脅威。

 背後の奈落。

 進退は完全にきわまった。


「君と違って、嘘は嫌いなんだ」


 刀のぎらめきがテンランを向く。

 嵐をまとった斬撃が襲い掛かる。


「お別れだ」


「クソぉぉぉぉォォォぉぉぉ!」


 すんでのところでテンランはアクドウとの【サブスクリプション】契約を破棄した。

 だが、遅かった。

 次の瞬間には大地が爆発するように揺れ、亀裂が広がり、足場が喪失する。

 虚空に体が放り出される。

 浮遊感が牙をむき、暗闇の底へと落ちていく。


(死んで、たまるかぁぁぁぁっ)


 強く胸に覚悟を刻んだ。

 落下していく感覚に抗うように。

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