第II話 現世
リビングに降りると付き合い9年の細君が朝飯を作り、机に対面し、椅子でうつむく。
おはよう、どうした?したばっか向いて
そう言って椅子に座った。飯はコメとみそ汁。いつもの組み合わせ。だからいつも通りにもそもそと食した。コメの一粒一粒が新潟の形をしていた。
次に味噌の泉にはしを沈める。具を引っかけて引き上げる。ざぱぁと波をあげ出てきたのは薄気味悪い深海魚。
眼と目があった。白い眼だった。
はろぅ、いい朝だね
深海の魚は語りかけてくる。
そうだね、でも君のことは知らない、知りたくもないしね
そう言ってやった。食う気にはなれなかったのでうつむいたまま動かない細君の味噌の泉の中にとぷっと沈めた。
ゆっくりおやすみ、海の魂
それでもやはり細君は微動だにしなかった。試しにゆっさゆっさ肩を掴み揺さぶってみた。
ゆさゆさ、ゆさゆさ
まだ動かない。それどころか勢いが強すぎたのか、横に傾いていき、そのままゴトリと倒れた。
振動で棚の上の写真が倒れた。写真の女性は笑った。
うふふ、うふふ、あなたってば
朝飯をかたずけて外に出ることにした。鼠色の服を着て、陽のあたる外へ。167段の螺旋階段を下っていく。
下から中年ほどの男性が昇ってきた。
おはようございます
…
眼も合わせず、まるで私になんて眼中にないような足取りで横を素通りして行った。悲しく思った。
階段を最低まで降りると外は暖かい空気に包まれていた。真上から照らす太陽が影を作った。
道行く人々が物体の影を容赦なく踏みつける。無論、それは私に対しても。痛い、と感じる影はそこにはないのに。
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