第8握利 思い出の丸々梅

 翌朝、四時前。


 椿つばは開店しようと入り口に暖簾を掛けた。


「……よぉ」


立宮たてみやじゃないか。こんな朝早くにどうしたんだい?」


 椿佐が声をかけられ振り向くと、りゅうべえが気恥ずかしそうに立っていた。


「……いや。今までのクソジジイ呼ばわりした詫びに、何か手伝えねーかと思って」


 龍平は外方そっぽを向くと、小さな声で言った。


「ははっ、律儀だなー立宮は」


「……そん代わり! 細けぇ事はできねーからな!?」


「ははっ、わかっているさ。寒いだろう? とりあえず中に入んな」


「……うっス」





「じゃあ、椅子を下ろしていってくれるかい? 終わったらテーブルを拭くのもお願いするよ」


「ああ」


 龍平は椅子を全て下ろすと、カウンターテーブルに置いてあった台拭きで、テーブルを拭き始めた。


「そういやぁ立宮、あんた朝飯は」


 ぐうぅー。龍平の腹が鳴った。


「あっはっは! 食べてきてないみたいだねっ」


「……こんな時間だから仕方ねーだろ」


「ははっ、そうだね、悪かったよ。いつもの席に座っておくれっ」


 龍平はカウンターの一番奥に座った。


「まずは、おしぼりとお茶だよっ」


 椿佐は龍平におしぼりと煎茶を手渡した。


「そして、味噌汁なっ」


 木製のお椀に入った味噌汁を受け取った龍平は。


「……今日はシンプルだな。手抜きか?」


 ネギしか入っていない味噌汁を見て呟いた。


「まさかー、まかない飯用さっ。昨日あんたと話していたら思い出してね」


「……まさか」


「そのまさかさっ」


 椿佐はニヤッと笑うと、透明なタッパーから箸で梅干しを一つ掴んだ。そして、さわらのおひつから木製しゃもじでご飯を掬うと梅干しを中心に入れ、二回軽く握り、大きな海苔で大雑把に包んだ。


「はいよっ、一丁あがりっ」


「これって……」


「園長先生のおにぎりさっ」


 椿佐は満面の笑みで言った。


「やっぱり……。この味噌汁も」


「園長先生の味噌汁さっ」


 『えん』園長。顔は厳ついが心は広く優しい男。

 彼は困っている子供を受け入れ、働きたいとやって来る者は全て拒まない。そして、子供に害をなす職員は躊躇ちゅうちょなくクビにしていたという。


 そんな中、インフルエンザの流行で女手が足りず、食事をどうしようかという時があった。でも、美味しいご飯を食べさせてあげたいと思い、作ったのが、ネギのみ味噌汁と、丸々梅おにぎりだった。


「これよぉ、梅干し丸々一つ入れるのはいいけどよ。普通、種は取ってあると思うだろ? だからオレは勢いよくかぶりついたら、歯が取れてよ」


「え!? 大丈夫だったのかい!?」


「ああ、グラグラしていた乳歯だから問題ねぇ」


「そうかい、よかったー」


 龍平はおしぼりで手を拭くと。


「……いただきます」


 しっかりと手を合わせ、おにぎりにかぶりついた。


「…………」


「どうだい?」


「……」


 龍平はしばらく口を動かすと。


「ははっ、園長のより美味ぇやっ」


 年相応の笑顔を見せた。


「ははっ、そいつは何か園長先生に申し訳ないねぇ」


「また来たらこれ食わしてやれ。そんで、自分のがどれだけ酷かったか、思い知らせてやれっ」


「ははっ、いやいやっ、あれはあれで美味かったって」


−−−−−−


 あとがき。


 園長おにぎりセットでした(笑)


 よければフォローやお星様ポチしてくださると、園長が登場します(笑)

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