第4握利 宴の肉爆弾

 ある日の十六時頃。


 ジリリリンッと、閉店作業中の『にぎめし』の黒電話が鳴った。


「はいっ、おにぎり屋、握利飯ですっ」


椿つばさん、俺だよ俺っ、みち冬茂ふゆしげっ』


「ははっ、わかっているよっ。フルネーム言わなくて大丈夫だよ」


『がははっ。そうが!』


「今日はどうしたんだい?」


『あー、もう店を仕舞う時間だよな?』


「そうだよ」


 椿佐の店『握利飯』は十六時に閉店する。夕飯の時間帯は居酒屋やファミリーレストランなど、酒が進んだり家族が楽しめる店に繁盛してほしい。そんな椿佐なりの計らいである。

 その代わり、ではないが、『握利飯』は朝が早い職の人も食べられるように、開店は四時からだ。


『やっぱりがー、あー、どーっすかなー』


「何か困り事かい? 今日の昼も見えなかったけど」


『聞いでくれるが? 今日は調子が良ぐで、作業が進んだがら、昼はコンビニ弁当で済ましたんだ』


「そりゃよかったねー」


『どうもなっ。そんでつい、椿佐さんのおにぎりが恋しいなー! って言っちまったら、じいさんも若えのも食いでえ! っと言い出して聞がねで』


「そうかー、そいつは嬉しいねー。……よしわかった! 握り飯、届けに行くよ!」


『本当が! いやー、悪いなー』


「常連のよしみだっ、任せな! 量が多いから少し時間がかかるけど、いいかい?」


『もぢろん! あ! 運ぶの大変だっぺがら、鼻垂れやっから! じゃあ、楽しみにしてるな!』


 ガチャンッと、道野が勢いよく電話を切った音を聞き、椿佐は受話器を置いた。






 数分後。


「ったく、はじめてのおつかいじゃねーんだからよ……」


 りゅうべえがメモを見ながら面倒くさそうに『握利飯』の戸を開けた。


「やっぱり立宮だったか。悪いなー」


「本当だぜ……」


「ま、座って待っていてくれっ。おしぼりと茶を置いといたからっ」


 椿佐は会話しながらも手を止めず、ご飯を握っていく。


「……いつものじゃねぇな」


 龍平はカウンター奥の席に座り、おしぼりで手を拭き、煎茶を一口飲んだ。


「男共が腹を空かしているだろうからなっ。でかい方がいいだろうっ」


 椿佐は自分の顔ぐらいの丸いご飯を海苔で包んでいく。


「よし! できた! ほら立宮っ」


 椿佐はいつものより少し大きめな竹ざるにおにぎりを載せ、龍平に手渡した。


「は? 何でオレ?」


「新メニュー閃いてな、味見してくれっ」


「……毒を入れたんじゃねーだろうな」


「はははっ。常連さんの顔が見れなくなるのは寂しいから、そんな事はしないさっ」


「……なら」


 龍平は爆弾おにぎりを右手で持ち、口を大きく開けかぶりついた。


「……クソジジイ、これの具は?」


「肉団子マヨチーズだよっ」


「…………」


 龍平は口を動かしながら、おにぎりを見た。甘じょっぱい照り焼き肉団子にたっぷりマヨネーズ。肉団子の中からは、マイルドな味のチーズがとろっと出てきている。


「……不味いかい?」


 黙ってしまった龍平を見て、不安そうに椿佐は聞いた。


「…………」


 龍平はすごい速さでおにぎりにかぶりついていった。

 そして、あっという間に完食し、おしぼりで手と口を拭き、煎茶を勢いよく飲み干すと、湯飲みをテーブルにゴンッと置き、俯いた。


「どうした?」


「……クソジジイ」


「ん?」


「肉にマヨとチーズは反則だろ……」


「はははっ、そうだったか! ということは?」


「……美味ぇよ、くそっ」


「ははっ、ありがとなっ。肉団子マヨチーズ、採用っと」


「……これ、この後も食えるんだろうな?」


「もちろんっ」


「くそっ、もう腹が減ってきた……」


「はははっ」


−−−−−−


 あとがき。


 次回、鼻垂れ親父みたいな人たちが、たくさん登場します(笑)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る