第44話 仮面公爵は確実に後始末をする(オルフェン視点)

「号外! 号外だよ!」


 翌日、城下ではヴィスタリア通信の号外が配られ、王国内はざわついていた。


 冬の舞踏会でのエヴァン伯爵の失態に、聖女誘拐事件。悪魔の大群が列をなして飛び去る姿を多数目撃され、冬の舞踏会場での謎の集団気絶事件と話題は尽きない。


 スターライト城には、秘密裏に事件の関係者が呼び集められていた。


 メアの浄化でかなりの力を使い果たしたリフィアは、未だに眠ったままだった。医者ロイドの見立てでは数日間は絶対安静とのことで、時間の許す限りオルフェンはリフィアに寄り添い看病していた。


 そんな状態の妻を残して登城するのは正直断りたいオルフェンだったが、どうしても片付けておかなければならない事があった。


「リフィア、少しだけ行ってくるね」


 愛しい妻の頭を優しく撫で、一筋すくった髪にキスを落とす。


(一分でも一秒でも早く帰ろう)


 そう誓って、オルフェンはメアと共にスターライト城へ向かった。


「いいかい、メア。正式な場で陛下の前では、許可がないと発言できない。何か言いたい事がある時は、右手を上げて許可をもらってから話すんだ」

「うん、分かった!」


 簡単な作法を教え、オルフェンはメアと共に謁見の間へと足を踏み入れる。


 陛下の傍にアスターが控え、すでにラウルスやセピアは入場していた。オルフェン達の後に衛兵に連れられてエヴァン伯爵とヘリオスもやって来た。


「ではこれより、先日の冬の舞踏会の騒動についての確認調査を行う」


 アスターが事の顛末を全て報告書として事前に提出し、陛下はそれを読み上げながら各関係者に事実確認をとる作業が行われる。


「まずはセルジオス・エヴァン、そなたは冬の舞踏会場で失態をさらし、我が国の宝である聖女リフィア殿に不当な条件を迫り、手を上げようとしたそうだな?」


 陛下の言葉にセルジオスは、必死に取り繕う。


「い、いえ、私はそのような事は決していたしておりません! たまたま頭をかこうと上にあげた手を勘違いされたのです!」


(ふざけるな……!)


 苦し紛れの言い訳をするセルジオスを見かねて、オルフェンが発言の許可を取るべく静かに手をあげる。


「オルフェンよ、そなたの証言を聞こう。申してみよ」

「発言の許可を頂きありがとうございます。伯爵は生まれた子供を養子にくれと不当に迫り、妻が断ると激昂し大きく手を振り上げました。そこには鬼気迫るものがあり、私が止めに入らなければ妻はおそらく怪我をしていたでしょう。それは多くの者が目撃しておりますし、クロノス公爵家の守護女神ウルズに誓って相違ない事を証言致します」


 守護女神に誓った言葉に嘘は許されない。もし虚偽の誓いを立てた場合、天罰が下り雷が落ちてくる。勿論、正しい証言をしたオルフェンの元には雷など落ちてはこない。


 オルフェンがここに来た一番の目的。それは一番害悪な存在、エヴァン伯爵の廃除だった。


「わ、私は王家に忠誠を誓う由緒正しきエヴァン伯爵家の当主として、家名存続のために必死だったのです……!」

「では、事実だと認めるのだな?」

「…………はい」


 悔しさを滲ませながら拳を握りしめ、ばつが悪そうにセルジオスは俯いた。


「さらに二十年前、当時エヴァン伯爵家の嫡男であった兄ヘリオス・エヴァンに対し、不当に不名誉な罪を被せ廃嫡へ追いやったとの報告が上がっている」

「い、いいえ! そのような事実はございません!」


 シラを切るセルジオスに、陛下は一喝し問いかける。


「ではその事実を今ここで、エヴァン伯爵家の守護女神ヘスティア様に誓いをたててみよ。正しき裁きが下されたら、そなたの言葉を信じよう」


 顔面蒼白になり、セルジオスは言葉を失った。


「やるのか? やらないのか?」

「も、申し訳ありませんでした!」


 陛下の問いかけに、セルジオスはその場に崩れ落ちた。両手と額を床に擦り付け、謝罪の言葉を口にする。


「そなたの忠義、信じておったのに誠に残念だ」


 陛下は大きくため息をつき、セルジオスに言い渡す。


「セルジオス・エヴァン。今この時を持って、そなたの持つ伯爵位を剥奪し、流刑に処す」

「そ、そんな……」


 もぬけの殻ように生気の抜けたセルジオスが衛兵に連れていかれた。


(もう二度と、リフィアの前には現れないでくれ)


 連行されるセルジオスの背中を眺めながら、オルフェンは強く思った。

 心優しいリフィアは、たとえ毒親であってもこのように落ちぶれた姿を見たら心を痛めるだろう。この場にリフィアが居なかったのは、逆によかったのかもしれない。


「本来ならヘリオス。そなたの名誉を挽回させ新たな伯爵に任命したいところだが、先日の冬の舞踏会にて皆を気絶させるという暴挙を起こした。故にそなたに与えることも出来ぬ」

「勿論です、陛下。汚名を返上出来ただけで私は満足です。舞踏会の件に関しては、如何なる罰も受ける所存でございます」


 セピアの召喚した火の鳥に邪気を燃やし尽くされたヘリオスは、目的の復讐も果たし心なしか晴れ晴れとした顔をしていた。


「沙汰は追って下そう。そなたの持つ音楽の才能は唯一無二のものだ。悪いようにはせぬつもりだ」

「ありがたき配慮、痛み入ります」


 落ち着いた様子で、衛兵に連れられヘリオスは謹慎室へと連れ戻される。その背中をセピアはじっと眺めていた。


 自身の本当の父が有名音楽家のファルザン、ヘリオス・エヴァンだったと聞かされ複雑な胸中を抱えていた。


「セピア・エヴァン」


 突然陛下に名を呼ばれ、セピアの背筋がピンと伸びる。


「そなたは優れた追跡魔法と守護女神の魔法を駆使し、聖女奪還に大きく貢献したと報告が上がっている。その功績をたたえ、エヴァン伯爵の地位を授ける」

「え、わ、私にですか!?」

「秩序を司る守護女神ヘスティア様がそなたを認めておるのだ。そなた以外に任せられる者が居らぬのだ。引き受けてくれるか?」

「大変ありがたきお言葉ですが、伯爵家を一人で維持できるほどの力が、私には残念ながらございません。ですので……」


 セルジオスは流刑に処され、アマリアは行方がわからない。神殿に毎年納める魔力結晶を、とても一人では賄えなかった。


「どこかに、うら若き乙女を手助け出来る好青年は居らぬかのう」


 陛下の視線がじっとラウルスに注がれる。


「高い魔力を持ち、家督を継ぐ必要もなく、フリーの頼れる者は、居らぬかのう」


 しかしラウルスはなぜ自分が陛下に凝視されているのか、困惑した様子だ。そんな彼等の様子を眺め、アスターがにっこりと口元を緩め手をあげる。


「はいはいはい!」


 陛下が何してんだこの馬鹿息子、と言わんばかりのしかめっ面でアスターに渋々発言の許可を出した。


「アスター、申してみよ」

「星の導きの書を壊してしまった私はどうせ遅かれ早かれ廃嫡される運命……是非とも力になろうではないか! 是非入婿させてはくれないか?」


 アスターの言葉に、ラウルスの眉間に刻まれた皺がどんどん深くなる。


「え、あ、あの……」


 突然のアスターの告白に、セピアは意味が分からず言葉が出てこない。


(なんだこの茶番劇は……)


 目の前の光景を見て、オルフェンは思った。そんな事はどうでもいい。早く終わらせてリフィアの容態を確認しに帰らなければならないのに。


 ラウルスの肩に手を置いて、オルフェンは彼に聞こえるようにだけ言った。


「義弟になると思っていたのに、残念だ」


 その言葉に、ラウルスがピシッと手を上げて発言の許可を求めた。


「ラウルス、そなたの発言を許可しよう」

「はっ! ありがとうございます!」


 ラウルスはセピアの前に跪き、口を開いた 


「俺は君の事を色々勘違いしていた。君の話をよく聞きもせずに一方的に別れを告げたことを、今ではとても後悔している。セピア嬢、もう一度俺にチャンスをくれないだろうか? 君の事をもっと知りたいんだ。結婚を前提に、俺と付き合って欲しい」

「はい、喜んで!」


 嬉し涙を流すセピアに、ラウルスはお礼を言いながらそっとハンカチを差し出した。


「ラウルス、しっかりと支えてやるように」

「はっ、かしこまりました」

「アスターよ。星の導きの書の件は、不問とする。より良き未来へと塗り替えたそなた達に、罰など与えはせぬ。それよりお前の部屋に後程、釣書と姿絵をセットで百枚ほど送っておこう」

「…………やっぱりなんか理不尽だ!」


 アスターは顔をひきつらせていた。


「もう未来に縛られる必要はない。色々と苦労をかけたな」

「それが私の役目ですから。でもこれからは、自分の幸せも求めてみようかと思います」


 陛下とアスターの視線の先には、幸せそうに微笑むセピアとラウルスの姿があった。


「そうか。それなら釣書と姿絵を、隣国からも取り寄せるとしよう。素晴らしき未来の王妃候補を見つけるために」

「むしろ全力で未来縛ってませんか!?」


 言ってることとやることが違う! とアスターは陛下を見てげんなりとしていた。


 静かに回りの様子を窺っていたメアが、今ならいいかな? とすっと右手をあげた。


「メアよ、そなたの発言を許可しよう」

「僕のせいで色々と、皆に迷惑をかけてすみませんでした」

「元魔王であるそなたと協力関係を築けたことは、願ってもない幸運だったと思っている。こちらで不自由しないよう生活は保証するから、是非とも夢を叶えて欲しい」

「はい、ありがとうございます! もしまた悪魔がこちらで悪さしてたら、僕を呼んでください。矯正して送り帰しますから。あちらの世界を少しずつ、理想郷に変えてみせます!」


 邪気は浄化されたものの、メアの中に本来ある夢魔としての能力までは失われていなかった。それはメアが自分からは他者を傷付けないよう配慮してきたこれまでの行いを見て、神様が与えたギフトだったのかもしれない。


「それはなんとも心強いことだな」

「彼が立派に自立できるよう、生活はこちらで面倒をみますのでご安心ください」

「頼んだぞ、オルフェン」

「はい。では、そろそろ……」

「リフィア殿が目覚めたら、こちらにも是非顔を出してくれ」

「ええ、もちろんです」

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