第28話 仮面公爵は少しでも危険を排除したい

 世界樹に祈りを捧げるため、リフィアはオルフェンと共にイシス大神殿を訪れていた。


「伯父上。僕が迎えに来るまでリフィアの事、くれぐれもよろしくお願いします」

「勿論だ。優秀な神殿騎士を護衛につけるし、神殿内の一番安全な部屋をリフィア様専用に準備してある。たとえ魔王だろうと近寄れないから安心してくれ」

「オルフェン様。お仕事中に、お手数をおかけして申し訳ありません」


 イシス大神殿への送り迎えでわざわざオルフェンの手間を煩わせてしまった事に、リフィアは申し訳なく思っていた。


「僕がやりたいからやっているんだ。何も気にする必要ないんだよ」

「そうですよ、リフィア様。こちらから使者を送るといってもかたくなに断ったのはオルフェンですから、お気になさる必要は微塵もございませんよ」


 どこかトゲのあるエレフィスの言葉に、オルフェンの眉がピクリと動く。


「もし転移中に事故でも発生したら大変ですから。優秀な神殿騎士の中に、自由に転移できる者は居られますか?」

「残念ながら、そこまでの者は居ないよ」

「そうでしょう? 危険に繋がる事は徹底的に排除しないといけませんので、僕が送り迎えするのが適任なんですよ」

「オルフェン、あまり束縛しすぎてリフィア様に愛想をつかされないようにな……」


 アレクシスの血を濃く継ぎすぎたのだろうな……と、エレフィスは乾いた笑いを漏らす。


「ぼ、僕はそんな事してないよ!」

「昔からお前は、大事なものは奥深くに頑丈に鍵をかけてしまっておく癖があるからな」

「それはアスターのせいです。僕は学習しただけですよ」


 げんなりした顔でオルフェンが呟く。アスターの目のつく所に大事なものは飾っておくな、それは子供時代にオルフェンが学んだ痛い教訓だった。


「オルフェン様が大切にされていたものって何ですか?」

「えっと、それは……」

「可愛い動物の置物だよ」


 気まずそうに言葉を濁したオルフェンの代わりに、エレフィスが答えた。


「伯父上!」

「別に隠す必要もないだろう。リフィア様がそんな事くらいで、お前を嫌いになると思っているのか?」


 恥ずかしそうに頬を赤く染め、オルフェンが口を開いた。


「魔力の強い僕には、怖がって動物が全く寄り付かないんだ。触れられないからその代わりに……昔よく集めてたんだ」

「だから先日、エレフィス様は動物のぬいぐるみをお渡しになっていたのですね!」

「い、今は別に集めてないからね!」


 必死に否定するオルフェンに、リフィアは「どうしてですか?」と首を傾げる。


「だって、その……もう子供ではないし……」

「好きなものを集めるのに、年齢は関係ないと思います」


 予想外の答えに驚いたのか、オルフェンは目を見張る。


「リフィアは嫌じゃないの? 僕がそんなものを集めていたら……」

「とても素敵だと思います。そうだ、オルフェン様! オルゴールを飾っている部屋に一緒に並べてはいかがでしょうか? 可愛い動物さん達と一緒に演奏会を聞いているみたいで、きっと楽しいと思うんです!」


(森の中を連想させるように、部屋をアレンジしたらもっと楽しそうだわ!)


 瞳をキラキラと輝かせて提案するリフィアに、「本当に敵わないな……」と、オルフェンは嬉しそうに呟く。


「ありがとう、リフィア」


 優しく目を細めてオルフェンは頭を撫でてくれた。


「ふふ、楽しみです!」


 日頃のお礼に、オルフェンに何か贈り物をしたいと思っていた。


(思わぬ形でオルフェン様の好きなものを知れて、よかったわ)


 プレゼントの方向性が定まって、リフィアからも自然と笑みがこぼれる。


「あ、そうでした伯父上。ついでに一年分の魔力結晶を奉納しておきますね」


 帰り際、思い出したかのように、オルフェンが手に付けていた腕輪を外して机に置いた。それは、魔力結晶の嵌め込まれた魔法具の腕輪だった。


「一年分も貯めたのかい!?」


 目を大きく見開いて驚くエレフィスに、涼しい顔をしてオルフェンが答える。


「面倒なのでまとめて貯めておきました」

「どこも毎月規定量の魔力結晶を作るのに苦労しているというのに。やはりお前はすごいな」

「呪いが解けた今、これくらいどうってことありませんよ。むしろ昔より、魔力も増えた気がします」


(毎月奉納する分の魔力を結晶に貯めるだけでもお父様達は大変そうだったのに、それを一年分だなんて……)


 ヴィスタリア王国では、爵位ごとに奉納する魔力結晶の量が違う。公爵位ともなれば貴族の中では最高位あたるため、三番目の伯爵位に比べてその量は倍近く差がある。

 それを涼しい顔で一年分まとめて奉納できるオルフェンの魔力量の多さに、リフィアは改めて驚かされていた。


(オルフェン様を見習って、私も頑張ろう)





 リフィアが定期的にイシス大神殿へ通い世界樹に祈りを捧げるようになって、ヴィスタリア王国には様々な変化が訪れた。


 目に見えて変化が訪れたのは、魔物の出現量だった。各地で農村や海上を荒らしていた魔物の出現量が減り、安定した作物の収穫や漁業が出来るようになった。


 街道で人々を襲う魔物も減り、以前のように行商や旅芸人の巡回も活気を取り戻しつつあった。


 また日照りが続き干ばつ被害が深刻だった南部地方には雨が降るようになり、年々寒さが厳しさを増す北部地方では吹雪が止んで晴れの日が続いたりと、人々が生活を営みやすい環境へと変化が現れ始めていた。


「東部地方で続いていた火山の活発化も落ち着いたようです。これも全てリフィア様のおかげです」


 嬉しそうに報告してくれるエレフィスに、リフィアは答える。


「エレフィス様、それは世界樹様が頑張ってくれているおかげですよ」


 世界樹のもたらす恩恵は、人々の生活にとっては欠かせないもの。その加護が失われれば、厳しい自然環境の中で人々は生活を営めない。


 感謝を込めて優しく幹を撫でると、世界樹がさわさわと葉を揺らす。


『く……るしい。おねがい、魔力を……止めて……』


 助けを求めるその声は、確かに世界樹から聞こえてきた。

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