第26話 薄幸令嬢は妹と遭遇する
目的の場所へ着くと、聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。
「もっとマシなものはないの?」
「申し訳ありません。今日はこちらの新作しかご用意出来ておりません」
「新作って代わり映えのしないものばかりじゃない。値段にも見合ってないし、貴方才能ないわね」
露店に並べられたオルゴールは、どれも一点もののようだ。可愛いものから美しいデザインのものまで、多種多様に並んでいる。
そんな素晴らしい品々を見て店主に文句をつけている赤い髪の令嬢は、どう見ても妹だった。
「セピア、ここで何をしているの?」
リフィアが呼びかけると、セピアはこちらを見て「お、お姉様……!?」と驚いた様子で声を上げた。隣にいるオルフェンを見てさらにぎょっとした顔になるものの、すぐに表情を戻して答えた。
「婚約者と一緒に買い物に来ただけよ。お姉様は……クロノス公爵様とご一緒なのね。クスッ、本当にお似合いね」
「ありがとうセピア。そう言ってもらえてとても嬉しいわ!」
セピアの皮肉に、リフィアは嬉しそうに顔を綻ばせる。そんな姉の姿を見て、セピアは「本当に相変わらずですわね」と額にピキピキと青筋を立てている。
オルフェンはそんなセピアの様子を注意深く観察していた。
「オルフェン様、こちらは妹のセピアです」
くるっとオルフェンの方へ身を翻して、リフィアが紹介する。
「セピア・エヴァンと申します」
セピアは形式的に淑女の礼をとって挨拶をした。
「オルフェン・クロノスだ」
挨拶が済むと、オルフェンはセピアの後ろの店主に声をかけた。
「店主、ここにある商品を全て買おう。後ほどクロノス公爵家まで送ってくれ」
大量の金貨と輸送用の転移結晶を台に置くオルフェンに、「よ、よろしいのですか!?」と店主は驚きで声が震えている。
「細部までこだわった美しい仕上がりは勿論のこと、新作なら全て違う曲が流れるのだろう?」
「ええ、勿論です! 宮廷音楽家ファルザンの未発表曲もあります!」
「なっ! あの人気宮廷音楽家の未発表曲ですって!?」
何故かセピアが驚いた声を上げる。
「オルフェン様、流石に全ては買いすぎでは……」
「そんな事はないよ。リフィアの好きな物は何でも集めたいからね。折角だしオルゴール部屋でも作って、世界中のオルゴールを集めようか」
「そ、それこそやりすぎです!」
「ははっ、全然足りないくらいだよ」
仲睦まじい二人の様子を見て、セピアは悔しそうに唇を噛んだ。
「よろしく頼むよ」
店主に言付けた後、オルフェンは身を翻してセピアに声をかける。
「ああ、そうだ。未来の弟にも是非挨拶しておきたいのだが、君の婚約者は今どちらへ?」
「それが……急ぎの仕事が出来たので、今は少し別行動をしていますの」
「そうか、それは残念だ」
「セピア、婚約したのね。おめでとう」
「ええ、とても素敵な方との縁談が纏まったのよ。お姉様にも是非、紹介してあげたいわ」
優越感に浸った様子で、セピアは含み笑いを浮かべる。
「まぁ、それは楽しみね!」
おめでたいと純粋に喜ぶリフィアに、オルフェンが優しく話しかける。
「リフィア、君はもう会った事があるはずだよ」
「え、そうなのですか?」
(何故、オルフェン様がご存知なのかしら?)
そんなリフィアの疑問は、セピアの背後から現れた男性を見てすぐに解決した。
「エヴァン伯爵令嬢、待たせてすまない」
「いいえ、ラウルス様。どうかお気になさらないでください。私は……」
「オルフェン様! それに夫人も! こんなところでお会いできるなんてとても光栄です! 先日は突然押し掛けたにも関わらず、ありがとうございました」
セピアの言葉を遮って、ラウルスはこちらへ駆け寄って来た。驚きの表情で、セピアはラウルスの方を見ていた。
「やぁ、ラウルス。エヴァン伯爵令嬢と婚約したんだってね。おめでとう」
「そうなんですよ。オルフェン様の義弟になれるなんて、とても幸せです! 夫人もこれからどうかよろしくお願いします!」
「ラウルス様がセピアの婚約者でしたのね。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
楽しそうに談笑する三人を見て、セピアは驚きを隠せない様子でラウルスに問いかけた。
「あの、ラウルス様……姉をご存知なのですか? それに、クロノス公爵様ともお知り合いなのですか?」
「オルフェン様は俺を魔術師団の団長に任命してくださった、かつての上司だよ。小さい頃からお世話になっていて、とても尊敬してる先輩でもある」
「そ、そうだったのですね……でもラウルス様。その、あまりクロノス公爵様に近寄られては、呪いがうつってしまいますわ……」
セピアのその発言で、ラウルスの瞳がスッと鋭く細められた。
「君は何て失礼な事を言ってるんだ!」
「で、ですが……私はラウルス様の身を案じて……!」
「オルフェン様、誠に申し訳ありません!」
「まぁまぁ、ラウルス。君の身を案じてくれる優しい婚約者ではないか。そう怒るものではないさ」
「ですが!」
「愛する妻の妹の前で、仮面をつけたまま挨拶した僕の落ち度だよ」
オルフェンはそう言って仮面を外して見せた。セピアは素顔のオルフェンを見て、そのあまりの美しさに思わずはっと息を飲んだ。
「エヴァン伯爵令嬢。君の優秀な姉君のおかげで、僕の呪いは完全に解けたよ。君には是非、感謝の言葉を伝えたいと思っていたんだ」
「い、いえ、滅相もございませんわ!」
先程までの邪険にした態度とはうってかわって、セピアの声色が急に高くなった。
「君がリフィアの食事に毎日悪戯をしてくれたおかげで、妻は聖女としての力に目覚めたんだ。結果的にそのおかげで僕の呪いは解けた。礼を言うよ、ありがとう」
「夫人の食事に毎日悪戯を?」
怪訝そうに眉を潜め、ラウルスがセピアに尋ねた。
「そ、そのような事は……」
途端にセピアの顔が青ざめる。
「ラウルス様。セピアは離れた別邸まで、毎日私のために特別な食事を用意して運んでくれました。たとえそれが古くしなびた食事だったとしても、私はセピアに感謝しています」
庇うように発せられたリフィアの言葉に、ラウルスはさらに顔を険しくさせる。
「古くしなびた食事!? そんなものを毎日運んでいたというのか!?」
(はっ、しまった……)
焦って現実をそのまま伝えてしまった事に、リフィアは後悔の念を抱く。咄嗟に口元を手で隠すも、後の祭りだった。
「誠に遺憾な行為ではあるが、そのおかげでリフィアは神聖力に目覚めたし、僕は救われた。だから感謝しているのだよ、どうもありがとう」
オルフェンはにっこりと笑顔を浮かべてお礼を述べた。どう見てもわざとだろう。
「ち、違うのです、ラウルス様! 隔離された姉の別邸まで食事を運ぶのに少し冷めてしまっただけで、私は決してそのような事は……」
「隔離……? 何故そのような事を!?」
弁明を重ねれば重ねるほどボロが出る。セピアは「そ、それは……」と言葉に詰まった。
「私が魔力を全く持っていなかったからです。セピアのせいではありませんわ」
余計なことを言わないように、リフィアは言葉を選んで答えた。ラウルスはそれを聞いて、悲しそうに目を伏せる。
「俺はフレアガーデン侯爵家の三男として生まれ、魔力の扱いが下手で、厄介払いされるように魔術師団に入団させられました。そんな俺に魔力の扱い方を教えて才能を開花させてくれたのが、オルフェン様でした。だからオルフェン様にはとても感謝しているし、夫人の置かれた境遇にも少なからず共感できます」
(ラウルス様がオルフェン様を過度に尊敬していらっしゃるのは、そのためだったのね)
「君には失望したよ、エヴァン伯爵令嬢。今日はもう解散にしよう」
鋭い視線を投げ掛けるラウルスに、セピアは焦ったように取り繕う。
「そ、そんな! ラウルス様……!」
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。今日はこの辺で失礼させて頂きます」
ラウルスはこちらに一礼すると、セピアに目をくれる事もなくその場を後にした。そんなラウルスをセピアは「違うんです! 誤解なんです!」と慌てて追いかけていってしまった。
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