第7話 薄幸令嬢の起こした奇跡②

 人に好意を寄せられるのが初めてのリフィアにとって、それはとても甘美で蕩けるようなふわふわした気持ちだった。


(これが、幸せっていうのかしら……)


 差し出されたオルフェンの硬鱗化した震える手を、リフィアは両手で優しく包み込んだ。


「とても嬉しいです! ありがとうございます、公爵様」


 硬鱗化したオルフェンの右手はザラザラしていてとても硬い。それでも自分を必要としてくれるその手が、リフィアにはとても愛おしく感じていた。


「オルフェンだ。その、名前で呼んでくれないだろうか?」

「はい、オルフェン様。貴方に出会えて、私は今とても幸せです。この幸せを少しでも長く貴方と共有したい。だから少しだけ、このまま祈らせてください」

「僕のために、ありがとう」


 リフィアは心を込めて祈った。この出会いに感謝し、共に歩んでいきたいと強く願った。


「オルフェン様との出会いに、心から感謝致します」


 その時――繋がれた手に温かな光が宿り、奇跡が起きた。


リフィアが異変を感じてオルフェンの手を離すと、硬鱗化していた手が綺麗に治っていた。


「手が、自由に動く!」


 オルフェンは自身の曲がらなくなっていた手を握ったり開いたりして、その奇跡に感動していた。


「すごいよ、リフィア! 君はもしかすると、神聖力を持っているのかもしれない」

「神聖力、ですか?」


 馴染みのない言葉にリフィアは首をかしげる。


「かつて聖女だけが持っていたと言われる奇跡の力だよ。枯れた大地を緑に変えたり、酷い怪我や病気を治したり出来たと言われているんだ。魔力を持つ者は、神聖力を扱えない。君にはもしかすると、聖女としての素質があるのかもしれない」

「怪我をしても、一晩休めば治っていました。それは神聖力のおかげだったのでしょうか?」

「虐待までされていたのか!?」


 心配そうに尋ねてくるオルフェンを見て、疑問をそのまま口にしてしまった事に後悔。慌ててリフィアは理由を述べた。


「い、いえ、私がお母様を怒らせてしまったせいです! 魔力を持ち合わせていない子を産んだことで、お母様は周囲から責められていたようで……それが爆発してしまった時に、少しだけ……」

「辛いことを思い出させてしまって、すまない」


 しゅんと項垂れてしまったオルフェンに慌てて否定する。


「私、嬉しいんです! 手を治せたと言うことは、いつかは呪いを完全に解くことが出来るかもしれません。そうすれば少しでも長く、オルフェン様のお傍に居れますから」


 今まで不遇だった人生があったからこそ気付けた力だと思うと、これまでの辛い人生も報われた気がした。


(大切な人の役に立てるかもしれない、これほど嬉しい事はないわ!)


「リフィア……どうして君はそんなに可愛いんだ」


 オルフェンの左手が、愛でるようにリフィアの頭を撫でる。


「頭を撫でられるのって、意外とくすぐったいのですね」

「す、すまない!」


 慌てて手を引っ込めようとしたオルフェンに、「どうかやめないで下さい」とリフィアは訴えた。


「この白い髪にそうして笑顔で触れてくださるのは、オルフェン様だけです。『頑張ったね』って頭を撫でてもらえる妹が、子供の頃はとても羨ましかったんです。だから魔法以外のお勉強を必死に頑張ったんですが、見向きもされませんでした。この年になって、諦めていた夢が叶うなんて思いもしませんでした」


 昔の事を思い出し、悲しそうに笑うリフィアを見て、オルフェンは慰めるように優しく頭を撫でた。


 最初は恥ずかしくてくすぐったいと感じたものの、それが次第に心地の良いものへと変わっていく。


 気持ち良さそうに目を細めるリフィアを見て、オルフェンの口元は嬉しそうに綻んでいた。


「僕でよければ、これからいくらでも撫でるよ。だからリフィア、これからは遠慮無く君のやりたい事や、僕にして欲しい事を教えてね。これは約束だよ」

「はい、オルフェン様。ありがとうございます」


 誰かに心配される事がこんなに嬉しい事だったんだと、リフィアは初めて知った。


 呪われた仮面公爵との新婚生活は、こうして幸せいっぱいに包まれて始まった。

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