第5話 憧れの公爵様にお礼がしたい
「は、初めまして、公爵様! リフィア・エヴァンと申します。あの、おかげんはいかがでしょうか?」
「君が、看病してくれていたのか……?」
「はい、そうです! 決して怪しい者ではありませんのでご安心ください! イレーネ様に案内していただきました」
リフィアは、自分が不審人物ではないと訴えるのに必死だった。
「母上が……そうか、君が新たな妻なのか?」
新たな妻という言葉に引っ掛かりを覚えながらも、リフィアは答えた。
「はい、そうです。至らない点も多々あるとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「そうか、それは災難であったな。手切れ金を払うから、出ていくといい。母上には僕から言っておく」
「え…………」
「どんな事情があったかは知らないが、こんな化物の子を産むのは君だって本意ではないだろう?」
オルフェンはベッドから起き上がろうとしているが、首筋から右手にかけて硬鱗化が進んでしまった身体が言うことをきかないのか、顔を苦痛に歪めている。
「大丈夫ですか?!」
慌てて支えようとしたリフィアの手を「僕に触れるな!」と、オルフェンは左手で思い切り振り払った。その拍子に、リフィアはバランスを崩して床に倒れこんでしまった。
「すまない……僕に触れると、君にうつるかもしれないから……」
オルフェンは、左手を額に当てながら歯がゆそうに唇をきつく噛んだ。
(私の事を心配してくださっているのね。やはり公爵様は、とても優しい方だわ)
「触るだけでうつるなら、とっくにうつってます。でも私は何ともありません。だからどうか、傍において頂けませんか? 私は貴方にお礼がしたいんです」
「……お礼?」
「昔、エヴァン伯爵家の舞踏会で、寒さに震える私に公爵様はコートをかけて下さいましたよね?」
オルフェンは、仮面の奥で一瞬大きく目を見開いた後、答えた。
「……確かに、そんな事もあったかもしれない」
「私、誰かにああして優しくしてもらえたの、初めてだったんです。だからとても嬉しくて! もしまたあの方にお会いする事が出来たら、お礼をしたいとずっと思っていました。だからせめて、公爵様の具合がよくなるまででも構いません。私をお傍に置いて頂けないでしょうか?」
真っ直ぐに注がれるリフィアの眼差しから、罰が悪そうにオルフェンは視線を逸らした。左手は右頬の硬鱗化した皮膚を隠すように、黒い髪に触れている。
「君は僕が怖くないのか? こんな醜い姿をして、気持ち悪いのに……」
「私は貴方の優しさを知っています。見た目なんて関係ありません」
綺麗な格好をした性格の悪い意地悪な人より、見た目が悪くても思いやりの心がある優しい人の方がいい。エヴァン伯爵家で虐げられて生きてきた中で、リフィアが学んだ事だった。
今まで生きてきた中で、冷えきった心を唯一優しく包んで温めてくれたのは、小汚ない自分にコートを掛けて気にかけてくれたオルフェンだけだった。
リフィアは、そっとオルフェンの硬い鱗で覆われた右手に自身の手を重ねて言った。
「ほら、何ともないでしょう?」
「君は…………っ」
優しく手を握り微笑みかけてくるリフィアを見て、オルフェンの仮面の下から、つーっと涙が滴り落ちる。
「ごめんなさい、急に触れたりして! 驚かせてしまって申し訳ありません!」
自分のはしたない行為でオルフェンを泣かせてしまったと、リフィアは慌てていた。
ベッド脇のテーブルから新しいタオルを取って、オルフェンの涙を拭おうとすると、タオルを奪われてしまった。
「だ、大丈夫だ! 自分で出来るから!」
タオルで顔を覆ったオルフェンの耳は真っ赤に染まっていた。
「公爵様、お腹空いていませんか?」
病気を治すにはしっかり食べないといけないって、本で読んだ知識を思い出しリフィアは問いかけた。
「あまり食欲はない」
(あまりってことは、少しなら食べられるって事だよね!)
「少しでも食べれるなら召し上がられてください。何か作ってもらえるよう頼んできますので!」
部屋を出て行こうとすると、オルフェンに呼び止められた。
「ま、待って……」
「はい、何でしょう?」
「傍に、居てくれるんじゃ……なかったのか?」
仮面の奥で、オルフェンの紫色の瞳が揺れていた。リフィアはオルフェンの不安を取り除くように優しく微笑んで、明るく答える。
「頼んだらすぐに戻ってきます!」
「そ、そうか……」
「はい、少しだけお待ちくださいね!」
廊下に出ても誰も居ない。広い公爵邸は閑散としていて人の気配がまるでない。
「あの、どなたかいらっしゃいませんか!?」
呼び掛けながら廊下を歩いていると、運良く部屋から出てくるジョセフとばったり会った。
「ジョセフさん! 公爵様がお目覚めになられたので、何か消化に良い食べ物をお願いしたいのですが……」
「旦那様がお目覚めに! 分かりました、すぐに手配致します! それとリフィア様、私に敬称は必要ありません。どうかジョセフと呼び捨てください」
使用人に敬称をつけて呼ばない。それは小さい頃に習ったマナーではある。
しかし別邸に隔離され人との接触を極端に絶たれていたリフィアは、自分より一回り以上は年上の男性を呼び捨てにするのに抵抗があった。そのため敬称をつけて呼んでいたが、頼まれてしまってはそうせざるを得ない。
「分かりました、ジョセフ。あの、イレーネ様は大丈夫ですか?」
「はい、今は眠っておられますのでご安心ください」
その時、リフィアのお腹がきゅーっと鳴った。恥ずかしくてお腹を押さえたリフィアに、ジョセフは柔らかな笑みを浮かべて口を開く。
「リフィア様の分も一緒にお作りするよう手配しておきます。よかったら、旦那様と一緒に召し上がられてください」
「あ、ありがとう、ございます! それでは、公爵様の所へもどります!」
(まるで自分のご飯を催促しに行ったみたいになっちゃった。恥ずかしい!)
リフィアは足早にオルフェンの元へ戻った。
ノックをするけど反応がなく、ゆっくりドアを開けて中に入るとオルフェンは再び眠りについていた。
(さっきよりは苦しくなさそうね)
静かな寝息をたてるオルフェンの様子を見て、リフィアはほっと胸を撫で下ろす。
桶の水を新しいものに入れ替えて、オルフェンの額に硬く絞ったタオルを乗せる。ぬるくなったら再び水に浸してそれを繰り返していたら、ジョセフが食事を運んできてくれた。
「旦那様、また眠られたのですね」
「はい。折角用意して頂いたのに申し訳ありません」
「いえいえ、よかったらリフィア様だけでもお召し上がりください」
ジョセフはテーブルに、見たこともない美味しそうな食事を並べて紅茶を淹れてくれた。
「公爵様がお目覚めになったら、一緒に頂きます!」
「旦那様はいつお目覚めになるか分かりませんし、ご遠慮なさらずに……」
「はい、ありがとうございます」
「それでは、何かありましたらお申し付けください」
ジョセフが退室した後、リフィアは食事に手をつける事なくオルフェンに寄り添った。額のタオルが温くなったら取り替え、汗が滲んできたら拭いと甲斐甲斐しく傍で看病をした。
(どうか、公爵様の具合が良くなりますように……)
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