第4話 呪われた仮面公爵に嫁ぐ②
「これは……昔旦那様がお召しになっていたものと似ていますね」
コートの背中部分のタグを見てミアは確信したようだ。
「やはりそうです! この記章はクロノス公爵家のものなんです」
「実は約二年前、とある舞踏会で薄着をしている私にかけてくださった方が居て、ずっとお礼がしたかったんです。あの方はやはり、クロノス公爵様だったのですね」
「旦那様が、そのようなことを!?」
食い入るように前のめり気味に、ミアは尋ねた。その瞳は何故かキラキラと輝いているように見える。
「はい。名乗らずにすぐ立ち去ってしまわれたので、もう一度会えたらきちんとお礼がしたいと思っていて」
「旦那様の事はイレーネ様がご説明なさると思うので、一度ご案内してもよろしいでしょうか?」
「分かりました、お願いします」
ミアに案内されて、再びイレーネの元へ向かった。
「リフィア様をお連れしました」
「よく似合っているわ。サイズも問題なさそうで良かった!」
イレーネはリフィアを見て、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「はい、ありがとうございます」
「さぁさぁ、座ってちょうだい。ミア、お茶を淹れてもらえるかしら? 美味しいスイーツも一緒にお願いね」
「かしこまりました」
円卓のテーブルに、イレーネと向き合って座った。
テーブルには豪華なケーキスタンドが置かれ、初めて見るスイーツが所狭しと並べられている。美味しい紅茶まで頂き、体がぽかぽかと温まった。
「リフィアさん。オルフェンの元に嫁いできてくれて、本当に感謝するわ。呪いのせいで息子には近付きたがらない人が多いから、貴方が来てくれて本当に嬉しいの」
「公爵様はどのような呪いにかかられているのでしょうか?」
「約十年前。息子が十五歳の時に王太子殿下を庇って、代わりに蛇の悪魔バジリスクの呪いを受けてしまったの。皮膚が少しずつ硬い鱗のようになって動かなくなり、それが全身に回っていずれ死に至る呪いなのよ」
悲しそうに微笑むイレーネの姿を見て、リフィアは胸が痛んだ。
「イレーネ様、公爵様は今どちらに?」
「最近体調を崩す事が増えてしまって、昨日から自室で休んでいるわ。後で一緒にお見舞いに行ってくれるかしら?」
「勿論です! 私、公爵様にずっとお礼がしたいと思っていて」
リフィアは、舞踏会でコートをお借りしたことをイレーネに話した。
「そんな事が……息子が外で女性に声をかけるなんて、初めてだわ!」
「イレーネ様、よかったら公爵様の元へ、今からでも連れていってもらえませんか? お辛い思いをされているのならせめて、傍で看病をさせて欲しいのです」
「まぁ! そんな事を言ってくれるのは、貴方が初めてよ。ありがとうリフィアさん」
イレーネに案内されて、リフィアはオルフェンの元へ向かった。ノックをするも、返事がない。
音を立てないよう部屋へ入ると、仮面を付けたまま眠るオルフェンの姿があった。
顔の右半分まで皮膚の鱗化が進行しており、仮面では隠しきれていなかった。右手も硬い鱗でぎっしりと覆われている。
「硬鱗化がこんなに進行しているなんて……!」
その様子を見て、イレーネは悲痛な声を上げる。ショックのあまり傾いた体を、咄嗟にリフィアが支えた。
「イレーネ様、後は私にお任せください」
「ありがとう、リフィアさん」
ジョセフにイレーネを預け、代わりに運んでくれた看病セットを受け取り、ベッド脇のテーブルに置いた。
オルフェンは荒い息を繰り返し、汗ばんだ黒い髪が皮膚に張り付いている。前髪をかき分けそっと鱗化した額に手を当てると、驚くほど熱かった。
(酷い熱だわ……)
タオルを桶の水に浸し硬く絞って、顔や首元の汗を拭う。襟元まできっちり閉められたシャツのボタンを緩めて風通しをよくしてあげたら、オルフェンの荒い呼吸は少し落ち着いたように見える。
(仮面が邪魔ね。でも寝る時までお付けになっているという事は、人に見られたくないという事よね)
許可なく触れるのは憚られ、なるべく仮面に被らないよう額に水に濡らしたタオルを乗せたら、オルフェンの閉じられていた瞳がパチッと開いた。
(綺麗な紫色の瞳……)
仮面の奥で、オルフェンのアメジストを思わせる美しい瞳が動揺しているのが分かった。
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