四之章
1
耕平は、あの日から悩みに悩む日々を送っていた。
縄文の世にいる身ではいくら考えても、吉備野博士に連絡を取る方法など、タイムマシンもなくなってしまった、いまとなっては思いつくはずもなかった。それでも耕平は、考えること止めようとはしなかった。それから、さらに何日かが過ぎて、ついに耕平はひとつの方法を思いついた。こちらからアクセスできないのなら、向こうのほうに気づいてもらうしかないことを…。
耕平が何日間か家に籠っている間に、揉み上げから口の周りにかけて、無精髭が伸び放題に伸びていた。
耕平は急いで山本が残して行った、ログハウス風山小屋に架けこんで、これもまた山本がおいて行った、手鏡とカミソリを山本の持ち込んだ、道具箱の中から探し出して髭を当たった。きれいに髭を剃り落した耕平は鏡を見て、
「よし、これですっきりした…。さて、仕事だ。仕事だ…」
耕平は斧とノコギリを取り出すと、イサクを連れ出して大木を切り出しにでかけた。山本が使ったチェーンソーもあったのだが、一緒に持ち込んできた燃料のガソリンは、とうの昔に期限が切れて使い物にならなかかった。
イサクを連れて、邑外れの森林にやってきた耕平は、適当な太さの大木を漁りまくっていた。
「よし、これならちょうどいい。これにしよう…」
耕平が選んだのは、大人が両手を広げてふたりで一周するくらいの、適度に太い杉の木の古木で高さも相当なものだった。
「いいか、イサク。これからお前に、この木を切り倒してもらいたいんだ。
切る道具はな。この斧とノコギリを用意した。使い方はな。斧のほうは、こうやって木の根元のところに、上下から何回も斧を繰り返し打ち込んで、切込みをつけて行って倒すんだ。ノコギリは両手で押したり引いたりして、何回も繰り返しているうちに木は倒れるんだ。イサクはどっちが使いやすいか、お前が好きなほうを選ぶといい…」
「ほだなぁ…。おらは、そっつのオノっつうのが…、そっつのほうがおらの性に合ってっから、そっつがええな。ところで邑長…。こだなぶつとい木ぃば切って、いってえ何につかうだ…」
「それは後で話すから、とにかく切り倒しくれないか…。イサク」
「よす、わがった。すぐ終わっから、ちょこっと待ってでけろや。邑長」
いうよりも早くイサクは、直径二メートルは有にあろうかと思われる、杉の古木にすさまじい勢いで斧を入れ始めた。イサクが振り下ろす斧の音が、木立の中に木霊となって響き渡った。その音に驚いたのか、この森に棲む無数の野鳥たちが、一斉に飛び立って何処へともなく飛び去って行った。
イサクはものの十分もしないうちに,杉の古木を切り倒してしまっていた。
「いや…、いつ見てもイサクの怪力は大したもんだな。あれだけの巨木を、あっという間に切り倒してしまうんだから、お前の怪力はやっぱり世界一クラスだな。本当に…」
「いんやぁ…、邑長にほだに褒めらっちゃら。おらぁ、こっ恥ずかしぐなっから、ほだに褒めねえでけろや…」
イサクは柄にもなく、照れまくり斧を杖代わりにして、その周りを何回か歩き回っていた。
「何も本当のことだ。そんなに照れることもなかろう…。さて、イサク。まだ仕事が残ってるんだ。この切った木を、これくらいのところから、切り離してほしいんだ…」
耕平は切り倒した巨木の根元から、十五メートルほどのところに行くと、切断してほしい場所を指し示した。
「但し、ここ個所は斧を使わず、このノコギリで切り落としてほしいんだ」
「よす、わがった。やっぱす、こごは上のほうだがら、あんまり尖ってだりすっと、見ったくねえがらな…」
イサクは言われた通り、耕平からノコギリを受け取ると、目にも止まらないような速さで、杉の古木をふたつに切断してしまった。
「切り方終わったぞ…。邑長、あどは何すればいいんだべ…」
「おお、ご苦労さん。あとは周りの余分な枝を、斧で切り落としてほしいんだが、やってくれるか。イサク」
「ああ、ほだのはお安いご用だべ。ちょっくら待ってでけろ」
ノコギリを斧に持ち替えると、蠅叩きで蠅を打ち落とすように、イサクは耕平の見ている前で、いとも容易く小枝類を削ぎ落して行った。
「さあ、終わったぞ。邑長、これがらどうすんだ…」
「うむ…、これを邑まで運びたいんだが、オレは力のほうは空っきりだしな。お前がいくら力自慢と云っても、ひとりでこの巨木を運べるとは思えん…。やはり一回邑に戻って、みんなに応援を頼むのが無難だろうな…」
「とんでもねえ…、何云ってるだ。邑長、こだな木の一本や二本で、邑のやづらば呼ばってだら、おらがみんなの笑いものになるだ。まあ、見ででけろや。まんず、こいづを森のおもでまで運び出すて、それがらだな…」
「おい、イサク。まず森の外に引きずり出すにしても、これだけの巨木を運ぶんだ。森の木が邪魔をして、そう簡単は運び出せないぞ…。どうするんだ…」
「そだな心配はいらねえぞ。邑長、おらが森の出口まで邪魔してる木ぃば、みんなぶった切って道ばつぐるがら、大丈夫だべ…」
それからイサクは斧を使って、森の出口までの木を片っ端から切り倒し、時間にして一時間足らずのうちに、森の木の外れまでの道を切り開いて行った。
「さあて、出ぎだぞ。ほんじゃ、これがらおらが切った木ぃば、森の外さ引ぎずり出すがら、邑長はそごでちょっくら待ってでけろ」
そういうと、イサクは切り出した巨木の端を両手で持ち上げ、ズルズルと引きずって自分で切り開いた道を、森の出口へと向かって引いて行った。
ようやく森の外まで引き出すと、さすがのイサクも体中に汗をピッショリ掻いて、額からも玉のような汗がポタポタと滴り落ちていた。
「ごくろうだったな。イサク、さすがのお前でも疲れただろう。しばらく休め」
「なんの、これっばっかりのことで、へこたれでられっか。おらはまだまだ大丈夫だ…。
さあ、あどは何すればいいんだ。邑長…」
「この木を、あっちの原っぱまで運んで木の片面を、それほど幅は広くなくてもいいから、斧を使って、適当な広さに削ぎ落してほしいんだ。オレはその間、邑に戻って持ってくるものがあるんだ。それじゃ、頼んだぞ。イサク」
イサクにいろいろ指示を出して、耕平は踵を返すようにして、邑のほうに戻って行った。
邑に戻ると耕平は、真っ直ぐ山本の小屋に向って行った。中に入ると耕平は手当たり次第に、小屋中の物色を開始していった。
「スコップはあったぞ…。あとは何か文字を書くような、道具があればいいんだが…」
しかし、耕平の期待に反して文字を書く道具は、ボールペン一本さえ見つけることができなかった。
山本徹は縄文時代にいる間、二十一世紀と縄文の世界を行き来して、何度となく必要に応じたものを調達してきたものが、現在こここにあるさまざまな物品類である。
なぜ山本が、そんなに金を持っていたかと言えば、かつて耕平が自分の父親の所在を確かめるため、九十年に行った折に山本が用立ててくれた、五万円を耕平が後に競馬で二億という、万馬券を取って『これは借りた金と、その利子分だ…』と、言って置いて行った五百万円で買い集めたものだった。
『うーむ、困ったぞ。これは…、山本のヤツも、ペンキとか置いて行ってくれればよかったのに、これは草木染の染料でも作るしかないか。まいったな…』
ひと口に草木染めの染料といっても、耕平には染料の作り方さえ分らなのが、正直なところでもあったのだが…。
『せめて、墨汁だけでもあればいいのだが…。墨と云えば想い出すのはイカの墨だが、まさかあんなもので文字は書けまいが、オレにはあと何も思いつかないし、これは本当にまいったぞ…』
それても耕平は、考えることを止めなかった。頭の中では、思考回路が次々と駈け巡っていた。
『墨…、黒い物。墨、黒い物…、墨、炭…、そうか炭か…。炭なら山本が造った、焼き物窯があるから、炭くらいならいつでも作れるぞ。そうか…。炭かあったか…。墨汁にばかり気を取らていて、炭にまでは思いも及ばなかった…。炭を粉末にして、動物性の油で溶けば、りっぱな塗料になるじゃないか。さっそく実験を兼ねて、やってみる必要はありそうだな…。そうだ。サンドペーパーも、持って行ったほうがいいな。イサクが大木の片面を、削ぎ落している頃だからな…』
耕平が山本の小屋を出て、イサクのところに戻って行くと、イサクは大木に腰を掛けて待っていた。その傍らには、大木から削ぎ取ったものが転がっていた。
「あんれ、邑長。なぬやってるだ。ずいぶ遅かったでねえが、おらはもうとっくぬ終わっただぞ…」
「ずいぶん早かったんじゃないか…。しかも、あれほど太い木だぞ。いくら力自慢のお前でも、少しばかり早すぎるんじゃないのか…」
「なーぬ、こだのさそだに掛かってらんにべ。ほだがら、木ぃの先っこさ切り込みば入れて、両方の手で引ぎ割ってやったんだ…。こだなもんで、えがったのがな。邑長…」
「ああ…、上等だともよ。まさかお前が、これほど手際よく木を割れるとは、思ってもいなかったから、これにはオレもホントに驚いたぞ。イサク…」
「邑長もこだので、そだにたまげったんではダメだべ」
「それもしても、ずいぶんとうまく割れたものだ…。まさしく、これは〝お見事〟のひと言に尽きるな。うーむ…、それからな。イサク、お前が割り剥がした木の表面を、これを使ってツルツルになるまで磨いてほしいんだ。どうだ。できるか…」
いま山本の小屋から持ってきた、分厚く束なったサンドペーパーをイサクに手渡した。
「なんだぁ…、邑長。こだな木の皮みでえなもんは…、こだなもんで木ぃば擦ったら、磨ぐどころがアベコベに、傷だらけになっちまうぞ。邑長…」
「いいから、嘘だと思ったらやってみろ。イサク、オレがいままでに一度でも、お前たちに嘘をついたことがあったか…」
「ほだなごどはねえ…、邑長はいづもおらだちに、おらだちの知らない有りがたい話ば、聞かせてくれっから、疑ったりはしねえだども…。
……よーす。ほんじゃ、やって見っペが。邑長はおらだちに一遍だって、ウソ扱いだこどねえもんな。邑長はそごらでちょっくら待ってでけろ。すぐ終わっから…」
イサクはまさしく、怪力の持ち主だけあって、やり始めたら早かった。剥ぎ取った巨木の表面を、瞬く間にツルツルに磨き上げてしまった。
「こだなどごでどうだべな。邑長…」
「上等、上等。しかし、お前にはいつも脅かされることばかりだな。何をやらせてもそつがないと云うか、見かけは何んともガサツなんだが、やることはいつもきめが細かく、しかも至って丁寧ときている。
イサクよ。お前は力自慢で怪力の持ち主ときているから、だいぶ損をしているだと思うぞ。オレは…、知らない人がお前のことを聞いたら、気が荒くて乱暴で手が付けられない、荒くれ者だと思うに違いないんだ。
実際にはこんなに従順で、オレの頼みんでも何でも聞いてくれる、こんなに優しい性格なのにな…。まあ、世間の噂なんてものは、みんな損なものだと思うけどな。オレも…」
耕平に褒 ヒソヒヒめられて、イサクは消え入らんばかりに照れていた。
「さあ、これからが本番の仕事だ。イサク、お前も手伝ってくれるな…」
「邑長の云うごとだったら、何だってすっから心配すんな。ほんで、これがら何ばするんだ。邑長…」
「そうだな…。ノコギリを持って、またあの林に行って木を伐り出してくるんだ。そして、山本のつくった焼き窯で、〝炭〟というものを作るんだ。
今回は、ある目的のために作るんだが、本来は魚や肉を煮たり妬いたりもできるし、冬場は、これを使って暖も取れるという優れものだ。どうだ。イサク、手伝ってくれるか…」
「ほだごどは、構わねえんだども、邑長…。邑長があの木ぃば伐り倒そうとした時ぬ、おらがこだな木ぃば伐って、いってい何さ使うんだ。って聞いだら、あどで話すがら楽しみに待ってろ。って云うがら待ってんだども、いづまで立っても話すてくれねえがら、おらは段々イライラしてだどごだ…」
「あ、そうか、そうだったな…。これは、オレが悪かった。謝るよ…。お前が伐り倒してくれた木は、片面をきれいに削ぎ落してもらったし、ツルツルにも磨いてもらったからな。この通り感謝するよ」
耕平は両手を胸の前で合わせ、イサクに感謝の意を表した。これが、この時代の感謝の意を表現する、ひとつの技法だったらしい。
「や、止めてけろ。邑長、そだなごどされたら、おらの立つ瀬がなかんぺぇ…。な、止めでけろ。邑長…」
「かったよ。イサク、だけどな。オレは本当に、ありがたいと思っているんだ…。もし、オレひとりだったら、絶対にできなかったろうし、お前には本当に感謝してるんだ。ありがとう…。イサク」
「だがら、もう止めでけろ。邑長、ほだに褒められっと、おらはこっ恥ずかしくてなんねえだ…」
「わかった、わかった。もう云わないから…、大の大人がそんなに恥ずかしがるなよ。
さて、イサク。さっきのお前の質問だが、お前に磨いてもらった大木にはな。オレのいた世界には文字と云って、自分の考えてることや意思を、遠くにいる人に伝えるための、言葉の代わりになるものがあるんだ。
そこでオレは考えたんだ…。オレがいた明日の明日の世界より、さらに遠い明日の世界には、オレなんか足元にも及ばないほど、とっても偉い先生がおってな。
オレはどうしても、その先生にお伺いしたいことがあって、何とか連絡を取りたいと思ってな。
お前に磨いてもらった木に、それに文字を書き地面に穴を掘って、掘っ建て柱のように建てるんろだよ。そして、明日の明日のそのまた明日の世界にいる。先生に来てもらうように、その文字を書くために、炭というものを作らなければならないろんだ…」
「ひとづ聞いでもいいが…。邑長」
「ん…、何だ。イサク」
「いま邑長が云った文字っつうものは、一体どういうもんなんだ…」
好奇心の塊のようなイサクは、透かさず耕平に尋ね返した。
「文字というのはな。さっきも云ったように、自分たちの喋る言葉の代わりに、文字を使って紙というものに書いて、遠くにいる人に送って読んでもらうんだ。こんなことを、いまのお前に話したところで、チンプンカンプンだろうがな…」
「ほだなごどねえぞ。なんで邑長がいだ明日の世界にはあって、なんでおらだちがいるこごにはねえんだ…」
「それはな。お前たちのいるこの時代では、まだ文字が発明されていないからなんだ…。
「ほだな便利なもの、なして誰も作らねえんだべ…。ほだら邑長がつくって、おらだちに教えてくれればいいだ…」
「なあ、イサクよ…。お前は簡単に云うが、それはオレにはできないんだ。何故だか分るか…、もしオレがお前たちに文字を教えたら、この国の歴を変えることになるからだ。
人間の歴史というものは、その時代その時代の人間たちが、それぞれ永い時間をかけて築いてきたものだ。オレがいた世界では、縄文時代…、いまオレたちがいる時代のことだが、この時代にはまだ文字は、存在しないことになっているんだ。ここでお前たちに文字を教えたら、正常な歴史を狂わせてしまうことになるんだ。
だがな。イサク、お前たちがみんなで力を合わせて、自分たちの独自な文字を作る分には、どこにも支障をきたすこともないから、歴史もごく自然に受け止めてくれるだろうからな…」
「文字ばつぐれって云われでも、文字がどだなものなんだが、おらは見たごどもねえす。どだにしてつぐったらいいが、さっばす分かんねえだよ。邑長…」
「だから、文字なんて知らなくてもいいんだよ。自分たちの文字を作るんだ。例えば、魚を表したかったら、こうやって魚の形を描けばいいし…」
耕平は傍らに落ちていた棒っきれを拾うと、地面に魚の略図を描いて見せた。
「人を表すのならこうだ…。こうやって、自分たちが相手に伝えたいことや、考えていることを絵にしてみてもらうんだ。そうしているうちに、徐々に絵文字が簡略化されて行って、その土地に合った独自の文字が、自然に出きてくるものなんだ」
「そいづはいづ頃でぎんだべがな…。邑長」
「さあ…、それはお前たちの努力次第だろうな。一生懸命努力すれば、それなりに早くできるだろうし、もし努力を怠ればいつまで経ってもできないだろう。だから、そのためには努力を惜しまないことだな。努力は裏切らないって云うからな…。
さてと…、オレはこれから炭焼きをしなくちゃならん。イサク、お前も手伝ってくれないか…」
「ああ、いいども。おらは、邑長の云うごどなら、何だって聞ぐごどにしてんだがらよ。そんでおらは何ばやればいいんだべ…」
「この伐った木を束ねて、邑まで運んでくれればいい…。あとはオレがやるから」
蔦や蔓などを使っ垢かて、伐り出した木を束ねると結構な嵩(かさ)になった。それをイサクは、身軽にひょいと持ち上げると、肩に担いで口笛などを吹きながら、邑へと向かって耕平と一緒に歩いて行った。
邑に戻った翌日から耕平は、朝からひとりで悪戦苦闘を強いられていた。山本の造った焼き物窯と炭を焼く窯では、構造もかなり違うらしかったが、この際そんな細かいことまで、構ってはいられないとばかりに、耕平は炭焼きの詳しい知識もないまま、窯に伐り出した木材を立てかけて、火入れを開始して行った。
『確か、木に火が回って完全燃焼を確認したら、窯の入口を密封するんだったな。山本のは焼き物窯だから、煙突もついてるからそっちのほうも、粘土でも使って塞がないといけないな…』
耕平自身も初めての経験だったので、何度かの失敗を繰り返しているうちに、ついに縄文の世界で初めての木炭が完成した。
焼き窯の熱が冷めてから、耕平ができ立ての炭を取り出し、両方の手で軽く叩いてみると、カンカンという乾いた音が響いた。
『やっと出来た…。普段は気にもしなかった炭も、実際に自分の手で作ってみると、こんなに大変だったとはな…。しかし、いい勉強になったぞ…。
さて、問題はこれからだな…。焼いた炭を粉末にしなくちゃならん。ある程度細かく砕くのは簡単だが、粉末状にするとなるとすり鉢が必要だな。しょうがない…。すり鉢もついでに作ってやるか…』
こうして、耕平はまたしてもすり鉢作りでも、悪戦苦闘に陥る羽目になった。
2
あの日以来、耕平は連日のように、すり鉢作りのことばかり考えていた。一番どうしたらいいのか分らなかったのは、すり鉢の中の細かい筋状の溝だった。
この溝は、何か金属の針のようなものを、櫛状に繋ぎ合わせたもので、付けるのだろうと耕平は思った。だが、ここは縄文の世界。針などあろうはずもない代物だった。そこで耕平は考えた。針の代わりになる素材はないものかと…。
『金属がないから、針は望めないとなると、硬くて丈夫な素材は何だろう…。鉄がないのなら、やはり木材に限られてくるな。しかも、かなり硬くて丈夫なヤツだな…』
耕平はなおも考え続け、そしてひとつの結論に達したのだった。
『しかし、木だと細く割いたり、細かく細工するのが大変だな…。と、なると、やはりあと思いつくのは、竹くらいしか考えられないな…。竹ならナタで割って竹ひごを作れるし、先を削って尖らせて一列に束ねれば、すり鉢の中に溝をつけられるじゃないか。これはやってみる価値はありそうだな…』
炭焼きのほうは、ある程度うまく行っていたので、耕平は次にすり鉢の製作に、本格的に取り組もうとしていた。
「まずはすり鉢を作るにしても、中の溝をつける道具を作るのが先決だな…。よし、竹を切り出しに行ってくるか」
耕平は山本の小屋から、ノコギリを持ち出すと近くにある、竹林へと出かけて行った。
竹林も邑外れの雑木林同様、邑人たちも滅多に入らないのか、竹林の中は人がひとり通り抜けられるか、というほど竹が密生して生えている。耕平は、その中から節目の幅が広いものを選び、持ってきたノコギリを取り出すと、根元の部分に片足をかけ軽快に切り始めた。切った竹を二節分くらいに切断して、節の部分は切り離して捨てた。
「これでよしと…、これだけの厚さがあれば充分だ。これで、ある程度の細かい細工ができそうだ。あとは細かい溝をつける、道具をどうするかだけだな…。
山本のヤツ、穴を開けるキリなんかは、持ってきてなかったかな…」
耕平は再び山本の小屋に行くと、キリのようなものはないかと,道具箱の中を探し始めていた。しかし、キリは見つからなかったが、代わりに半分以上錆びついた、ハンドドリルが出てきた。
「アイツ、こんもの何に使ったんだろう…。だいぶ錆びついてはいるが、使えないこともないか…。しかし、本体はあっても先につける、ドリルの刃がないと何にもならんぞ。どこかにきっとあるはずだ。探してみよう…」
道具箱をひっくり返さんばかりに、耕平は探しまくり仕舞いには、箱の中のものをすべて、外に取り出してみても、それらしいものは見当たらなかった。
逆さにした箱を元に戻し、取り出したものを片付けようと、箱の隅に目をやった耕平は、歓喜の声を上げていた。
「あったぁ…、あったぞ! くそぉ、こんなところに挟まっていたのか…。これじゃ、見つからなわけだ」
耕平のいう通り、箱底の隅っこのほうの、板と板が縦と横になっている、隙間のところにそれは挟まっていた。ハンドドリルの刃先は、大小合わせて三本だけだったが、そのうちの二本は竹ひごを埋め込むには、ちょうどいい太さのものがあった。
「この二本なら何んとかなりそうだな…」
独り言をつぶやきながら、耕平はハンドドリルと穂先につける、三本のドリルの替え刃を持つと、小屋を出て自分の仕事場へ戻って行った。
『これで道具が揃ったのはいいが、すり鉢を作る前に中に溝をつける、道具を細工しなけりゃいけなかったな…。どんなものなのか、オレも見たことがないから、自分のイメージに頼って作るしかないな。これは…』
まず、切り出してきた竹を割り、さらに幾重にも割り分けてから、耕平は竹ひごを作る準備を整えて行った。
細く裂いた竹を、それぞれ一本づつナイフで削ぎ落して行き、次第に耕平の手の中で割られた竹は、竹ひごの形状を成して行った。それでも耕平は、実際にすり鉢を見たこともなかったが、三種類の竹ひごを用意するのも忘れなかった。
「さあ、できたぞ。あとは竹ひごの先を削って、山本が残して行った手製のろくろを使って、すり鉢の原形なるものを作らねばならないな…。
よし、イサクに頼んで粘土を取って来てもらおう…」
耕平は自分の仕事場を離れると、イサクを探してあちこち歩き回ったが、一向にイサクの姿は見当たらなかった。時折り擦れ違う邑人にも聞いてみたが、みんなが一様に「さあ…、おらァ、今日はまだイサクのことは見てねえな…」と、いうばかりで邑人からは、イサクの足取りがまったく掴めなかった。
『イサクのヤツ、一体どこに行っちまったんだろう…。これほど探し回っても、イサクの姿を見かけたという者も、誰ひとりとしていないのだから、どうしたものだろう…。
仕方がない…。いつまでも、こんなところにいてもしようがない。一遍邑に戻って、コウスケとイナクに頼んだほうが、早いかも知れないな…」
そんなことをひとりつぶやきながら、邑へ戻ろうとして踵を返した時だった。邑のほうからひとりの老人がやってきた。
老人とはいっても、おそらく歳は耕平よりも若いのだろうと思われる、わりと小柄な男だった。耕平は、どうせ無駄だろうと思いながら、邑人の男に訊いてみた。
「やあ、おはようさん…。いや、もうこんにちはの時分かな…。実は朝からイサクのことを探しているんだが、どうしても見つからないんだ。お前さん、どこかでイサクを見かけなかったかい…」
「ああ、見だどもよ。邑長、何だが血相を変えて山のほうに戻って行ったな。ああ、そうそう…、そう云えば背中に娘っ子を負ぶっていたが、あれはイサクの娘っ子だがね…。邑長…」
「何、娘を背負って山に向かって行っただと、アイツ嫁さんがいたのか…。いや、そんなことより、山から娘がわざわざ下りてきたということは、何かそれなりの重大なことが起こったのに違いない…。これからイサクの山に行って見ようと思う。お前さんも一緒に来てくれるかい…」
「ああ、おらか。邑長の役に立つんだったら、おらは喜んで行ぐだ」
「ところで、お前さん。名前はなんて云ったっけ…」
「おらか…、おらは邑外れのコゲンって云うだが、一番邑の外れだがらその分影が薄いんだべ…」
「そうだった。邑外れのコゲンだったな。最近は、どうも物忘れをしていかん。オレももうそろそろ年なのかな…」
「ほんでもなんで、邑長がイサクのことを探し回っているんだべ」
「いや、イサクに頼んで、粘土を取って来てもらおうと思っただけだ」
「なんだそったなことが、そったなことはイサクでなくても、誰にでも頼めば取ってきてくれるだろうに。何だったら、おらが取ってきてやってもいいぞ。邑長…」
「まあ、それは後でも頼めるが、いまはイサクが心配だ。とにかく一刻も早くイサクの山に、行って見るのが先決だろう。急ごう。コゲン…」
耕平はコゲンの案内で、イサクが住むという山の奥深くまで分け入って行った。
行けども行けども立ち並ぶ木立ちは、うっそうと生い茂り獣道らしい、道なき道が延々とどこまでも続いていた。コゲンは慣れた道らしく、鼻歌交じりで進んで行ったが、耕平にとっては平地ならともかく、こういう山岳地帯を進むのは、昔から大の苦手中の苦手であった。
それでもコゲンに離されてはならずと、耕平も必死になって後を追いかけた。コゲンも耕平を心配してか、時折り様子を見に戻ってきては、耕平の姿を確認して戻って行き、そんなことを繰り返しながらも、ふたりはどうにかイサクの住む、地域まで辿り着いたらしかった。
耕平が登ってくるのを待っていたように、コゲンが大きな声で叫んだ。
「ほら、あそごだで。イサクんどこは、早ぐ行って見っぺ…。邑長」
「しかし、お前はその体でずいぶんタフなヤツだな…。オレなんて着いてくるだけで、精一杯だったのに、お前は息切れひとつしてはいない。お前のような小柄な体で、一体どこにそんな力があるんだろう…。
イサクなら,あの体つきだ。いかにも力がありそうなことは、一目瞭然に分かるがことお前さんに関しては、どこにそんな急な山の斜面を上り下りできるのか、オレには皆目見当も付かないよ…」
「まあ、ほだなごどはどうでもいいがら、早ぐイサクのどこさ行って見っぺ。邑長…」
イサクが住んでいるという場所は、急斜面が一旦そこで切れていた。上のほうを眺めると、切り立った岩山の先端は、雲の中に隠れて見えなかった。
下に視線を戻した耕平は、どうせここも獣道なのだろうと思いながら、道らしいなだらかな坂道が、山を取り巻くように続いているのを見えた。
「さあ、行ぐべ。イサクんどこはこっちだ。着いてきてけろや。おらが案内すっから…」
断崖の上を続く坂道は、しばらく行くと行き止まりになっているらしく、そこから先には行けなくなっているらしかった。その代わり行き止まりになった道の側面には、大小さまざまな横穴が空いているのが目についた。
「ほら、あそごだでイサクの家は、向うから三番目の横穴がイサクんどごだで、おらぁ、ちょっくら行って見てくっから、邑長はここで待ってでけろ。どうもおらには今朝逢った時の、血相を変えた姿が気になってなんねえ…」
「いや、オレも行こう。曲がりなりにも、オレは東の邑の邑長だ。邑の者が困っているのに、黙って見ているわけにもいかんだろう…。それにイサクは、オレにとっては大亊な友達のひとりだからな…。さあ、行こう。コゲン」
耕平はコゲンの肩をポンと叩くと、先頭に立って行き止まりの崖路を、コゲンに言われた通りに、イサクが住んでいるという、奥から三つ目の横穴を目指して、コゲンが耕平のあとを追う形で進んで行った。
「おーい…、イサク。いるか…、オレだ。耕平だ」
耕平が声を掛けると、少し間があって中からイサクが出てきた。いつものイサクとは違って、その顔からはすっかり精気を失われていた。
「これは、邑長…。わざわざ、こだなどごまで来てくれだのが…」
「うむ…。今朝、お前を探していたらコゲンに逢って、女の子を背負ったイサクが血相を変えて、山のほうに走って行ったと聞いたから、コゲンに道案内を頼んでここまで来たというわけだ。それにしても、この山は断崖というほどではないにしても、かなりの急勾配の山だな。登って來るのにひと苦労したぞ…。
お前が山に住んでいるのは知ってはいたが、まさかこんなもの凄い山だったとはな…。
ところで、お前はかなり慌てていたように聞くが、普段のイサクならいつもどっしりと構えていて何ものにも動じない。大きな岩のような存在のお前が、慌てふためいたように山へ向かっていたのは、どういうことなんだ。何かあったのか…、イサク」
「む、邑長ぁ…。お、おらの…、おらのおっ母ァが今朝方に、急に死んじまったぁ…、つうて娘が泣きながら、おらのどこに知らせにやってきただ。
「何…、奥さんが亡くなられた。それでお前はこれから、どうする気だったんだよ。イサク…」
「ほだがら、これがらどごさが穴でも掘って、埋めてやっかなと思ってだんだども、こごいら辺はみな岩ばがりだがら、どごがに柔かいどごでも見っけて、何とか埋めてやんねばなんねぇ。ど、考えてたとごろだったんだ…」
「こんなところではダメだ。こんなところじゃ、お前の奥さんが浮かばれまい。イサク、お前が奥さんを背負って、この山を下りて邑に戻って、邑のみんなと葬ってやらなければならないんだ。
幸い、オレはきょう万が一の時のために、山本が置いて行ったロープを持ってきたんだから、これを使って背負うといい。ほらよ…」
と、耕平が腰からロープの束を外すと、イサクの足元に放ってやった。
「ありがてえ…。邑長、恩にきるだぞ…」
イサクは耕平の放ってよこした、ロープの束を掴むと大急で自分の住む、ここに空いている穴の中では、かなり大きめの横穴の中の駆け込んで行った。
少し間が空いて、イサクは妻らしい女の亡骸を背負い、後ろからは女の子か゚シクシク泣きながら、イサクの後を追いかけるようについてきた。
「おお…、イサク。今回はご愁傷さまだったな。あまり気を落とすんじゃないぞ」
耕平がなぐさめの声を掛けたが、そんなことは耳にも入らない様子で、眼をうつろに見開いたままで、絶壁の断崖を降りようとしている、イサクを見た耕平はコゲンに声を掛けた。
「おい、コゲン。お前はひと足早く降りて、できるだけしっかりした足場を見つけて、オレに知らせてくれ。イサクはあの調子だから、オレはイサクと一緒に降りるから、お前は安全な足場を見極めて、オレたちに知らせてくれ。頼んだぞ」
「ガッテン、おらに任せてけろじゃ。ほんじゃ、おらは先に行ぐだで、イサクば頼んますよ。邑長」
そういうと、コゲンはその身軽さを生かして、絶壁の崖をたちまち下って行った。
「さあ、イサク。オレたちも行こう。コゲンがしっかりした足場を、探してくれているから安心して着いて行こう。それから、イサク。いくらお前が怪力の持ち主でも、死んだ人を背負っているんだ。死んだ人の体重は、生きている人の倍に感じるというから、お前も充分気を付けて降りるんだぞ」
「すまねえ、邑長。心配ばがりかげで…、だども、おらぁ、おっ母ァに先に死なれっちまって、どうすたらええがわがンねえだ…」
「それは邑に帰って、奥さんを弔ってからでも、ゆっくり考えればいいさ…。それにお前には、こんなに可愛いお嬢ちゃんがいるじゃないか。
これからは邑に戻って、親娘ふたりでのんびりと暮らすんだな…。そう、そう、お嬢ちゃんの名前まだだったね。お名前なんて云うんだい…」
「あたいの名前はアケビっていうの…」
「アケビちゃんか、可愛くていい名前だね。お父は先に行ってしまったから、アケビちゃんはおじさんと一緒に行こうね。きみは山の娘だから、こんな崖くらいじゃびくともしないだろうけど、おじさんはどうもこういうところは、あんまり得意じゃなくてね。われながら、よくぞここまで来たもんだと思うよ…。
さて、ぼちぼち降りるとするか。あ…、それから最初に断わっておくけど、おじさんはゆっくり行くから、オレのことは気にしなくていいし、きみは先に降りているといい…」
「うん…。それじゃ、あたいはひと足先に行くけど、おじさん本当にひとりで大丈夫なの…」
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくも、オレのことはいいから先に行きなさい…」
「あ、そうだ…。おじさんは、さっきあたいの名を聞いたけど、おじさんの名はまだ聞いてなかった。おじさんはなんていうの…」
「オレか…、オレは耕平というんだ」
「ふーん…、コウヘイか。それじゃ、あたいもそう呼んでいい…」
「ああ、好きに呼べばいいさ。おれもお前のことをアケビと呼ぶから、これでお相子だな…」
「それじゃ、あたいは行くよ。お先…」
アケビはいうより早く、さすがに山育ちの身軽さで、あっという間に耕平の視界から消えて行った。
「それじゃ、オレもそろそろ下りるとするか…。ドッコイショット…」
そういって、耕平が岩場から身を乗り出した時だった。
「遅ぐなって申すわけないですだ。邑長…」
できるだけ緩やかな下り口を探しに行った、コゲンがようやく帰ってきたようであった。
「おお、コゲンか、だいぶ早かったな。どうだ。適当な道筋は見つかったのか…」
「へえ…、なだらかな道とは云ねえがも知んねども、絶壁よりは少しはましな道を見つけたで、邑長もこれがらすぐに下りっぺが…」
「うむ。イサクもアケビも、もうそろそろ下に着く頃だ。われわれもすぐに下りてみよう。道案内を頼むぞ。コゲン…」
「邑長。こっちだで、おらの後さついできてけろ」
耕平はコゲンの後について、恐る恐る断崖の岩場を降り始めた。登る時は、上ばがり見ていたからそうでもなかったが、いざ下りるとなると下方にも目をやらねばならず、自分のいる断崖と下界までの空間が、直に視界に飛び込んでくるから、その恐怖心からも逃れなくてはならない。耕平は出きるだけ下を見ないように努めていた。
「邑長、こっちが割となだらかな岩場だで、早ぐ来てみろや…」
コゲンの声に、耕平が左下方を見下ろした。なるほど、また獣道なのだろうが、人間がやっと通れるくらいの道が、細々と続いているのが見て取れた。
「よし、あそこまで降りられれば、何とかなりそうだ。コゲン、お前はひと足先に下りて、詳しく調べておいてくれ。オレはもう少し時間が掛かりそうだからな…」
「ガッテンだべ。邑長、ほんじゃ、おらは行ぐだでよ。邑長はゆっくりでいいだぞ…」
「ああ、わかった。そうするよ」
耕平が下まで降りてきた頃には、コゲンが細長く続く獣道に転がっている、落石らしい小岩の塊を片っ端から、絶壁の崖下に蹴落とし終わったばかりだった。
「いやぁ…、いつもお前の身軽で素早い動きには、いつも目を見張らされるものがある。お前もそうだしイサクの怪力と、石つぶての妙技もそうだ。それから、ムナクの弓の技がずば抜けて、素晴らしいものを持っている…」
縄文時代という、日本史の中のほんの始まりの部分ながら、一万年も続いたというのは、日本という国土と深い関係があるのではないか。ご存知のように、日本列島は四方を海に囲まれていて、大陸のように他国から攻め入られることもなかった。
こうして、縄文人たちは外敵を知らずに、一万年もの間平穏に生活を送っていたのである。
耕平はコゲンに先導されながら、絶壁の山から無事下りたってきた。
耕平たちが邑に戻ると、イサクもアケビも帰っていて、イサクの妻が亡くなったということで、邑を上げてイサクの妻の、葬儀の準備に取り掛かっていた。
邑人がひとりでも死ぬと、邑の者が総出で弔ってやるというのが、この邑の長い間の仕来たりになっていた。
葬儀は二日間にもわたって行われたが、イサクのほうは相変わらず、その顔からはまったく精気も感じられなく、これがこの界隈で泣く子も黙る、剛力と石つぶての名手と謳われた、あのイサクの姿かと思うほどの、落ちぶれた姿を晒していた。仏は掘られた墓穴に横たえられ、上から土が静かに盛られて行った。
埋葬が済むと、まず邑長の耕平が墓前に立ち、両手を合わせて仏のために祈った。
『私はまだ、一度もあなたにお逢いしたことも、名前さえも知らなかった…。イサクやアケビのことは心残りでしょうが、後のことは私たちに任せて、どうぞ安らかにお休みください。南無阿弥陀仏…』
と、耕平が手を合わせて心の中で、経文を唱えいる姿を見た邑人たちは、誰が始めるともなしに邑人もみんな、墓の周りに集まって手を合わせて拝み始めた。
こうして、二日間かけて行われた、イサクの妻の葬儀もようやく終りを告げ、縄文の里西の邑にもまた、穏やかで平穏な日々が戻ってきた。
3
イサクは妻がいなくなってから、その顔からも体からもはあの豪快さが、すっから鳴りをひそめていた。いつまで経っても元気にならないイサクに、耕平は一計を案じて自分の計画は、先送りにしてもいいから、イサクを誘って旅に出ようと考えていた。
前回の時は、途中からほとんど素通り状態で帰ってきた。
今回は東の邑と北の邑を中心に、回ってこようと耕平は思っていた。
ただ、問題なのはイサクの娘アケビのことだった。いくら山育ちの元気な子供とはいえ、まだ十歳にも満たない女の子である。そんな娘を、どんな危険が待ち受けているか知れない。野あり山ありで獲物を狙う、野獣が待ち構えているところへなぞ、年端も行かないアケビを、連れて行くわけにも行くわけにも、いくまと耕平は思った。
それではどうしようと、耕平は頭を悩ませいた。あれこれ思い悩んでいるうちに、耕平にもひとつの名案が浮かんできた。
『そうだ…。オレが留守の間イナクも寂しいだろう…。アケビをイナクに預けて行けば、歳もそんなに離れていないはずだから、何とかうまくやってくれるだろう…』
耕平はイサクが妻を亡くして以来、ずっと落ち込んだままでいるから、また旅にでも引っ張り出して、昔のような元気なイサクに戻したい旨を、イナクに話しふたりが留守の間、アケビの面倒を見てくれるように頼んだ。
気のいいイナクは、ふたつ返事で耕平の申し出を引き受けた。話し合いの結果、ふたりは翌朝に出発することになり、イサクにもそのことは前もって伝えてあった。
イサクは朝になると、アケビを連れて耕平の家を訪ねていた。
「おお、イサクか。すまんな。急に旅に出ようなどと云いだしたりして…」
「邑長…、今度はどっちさ行がれるつもりなんだ…」
しばらく見ない間に、頬はこけ落ち目は落ちくぼんだイサクが訊いた。
「うむ…、前回はオレの都合でただ単に、素通りしてきたに過ぎない、東の邑と北の邑に行って見ようと思ってな。お前さんも奥さんを亡くして、悲しい気持ちは解かるが、いいつまでも悲しんでばかりいても、死んだ人は戻ってはこないんだ。分かるな。イサク、だからお前ももっと元気を出せよ。オレだって、最初の妻ウイラを亡くしたから、お前の気持ちは痛いほど解かるつもりだ。
そんな、いつまでも落ち込んでいるイサクなんて、オレの知っているイサクらしくもない。あの豪快で怪力自慢の、邑の英雄は一体どこへ行ったんだろうな…」
耕平の話を聞いていたイサクは、それまではボーっとしていた顔を、急に真顔になって耕平にこういった。
「そうが…、邑長もウイラさまを亡くしまったんだったな…。邑長もずいぶん辛い思いをしてきたんだったな…」
そういうとイサクの顔は、あれほど精気を失くしていたのがまる嘘のように、すっかり元の元気な姿のイサクに戻っていた。
「よす、わがった…。死んだヤヅは、二度と戻っちゃ来ねえんだな。
「よし、その意気だ。そうでなくちゃ、世界一の力持ちの名が廃るってもんだぞ。イサク」
こうしてウイラにアケビを頼んで、耕平とイサクの気ままなふたり旅が始まった。ふたりにしても久々の旅でもあり、イサクに至っては窮屈な邑での暮らしから、逃れられて意気揚々とした様子である。口笛なぞを吹きながら道もない、だだっ広い平原のど真ん中を、東の国を目指してただひたすら歩いて行った。
周りには何もない、ただの草原だけが果てもなく広がっていた。
「この辺は、まったく山も見えないほど、果てしもない草原地帯なんだな…。日が暮れるまでに、森とか洞窟のようなものを、探さなければなるまいな…。こうだだ広いと夜になって、オレたちが眠ってしまった後に、夜行性の獣たちがうじゃうじゃと、出てこないとも限らないからな…。とにかく、陽の高いうちに何とかして、森か洞穴のようなものを探さなちゃいけないぞ。イサク、今回も手分けして、この前みたいに一緒に探そう」
「だども、邑長。おらはこの辺は初めてだで、土地勘が丸っきりだァ。どうすたらいいべが…」
「うーむ…。それでは仕方がない。これだけの広い荒野だ。ボヤボヤはしてはおれん。日が暮れるまでになんとかしよう。行こう。イサク」
耕平は必死だった。雑草が生い茂るだけの荒地に、山も森も何もかもが見当たらない。今晩の食糧にする獲物さえ見当たらないのだ。
「どこかに鳥でも飛んでいないのか…」
耕平がつぶやきながら空を見上げたが、天気は快晴で青空のところどころに、白い雲が昼寝でもするかのように浮かんでいた。しかし、耕平が獲物にするようなものは、どこにも飛んでいなかった。
「どうすたんだべ。きょうは鳥も飛んでねえなんて、どうなっていんだべな。こだに天気がいいっちゅうのに…」
「こんな日もたまにはあるさ…。それより、もっと別なほうに行って見よう。何か別なものに出逢えるかも知れない」
「だども邑、邑長。来たごどもねえどごさきて、さらに遠いどごさ行ぐのは、もっと危ねえんじゃねえのが…」
「オレのいたところには、『虎穴に入らずんば虎児を得ず』という言葉がある。つまり、虎という猛獣の児共を捕まえるには、虎の穴に入るような危険も、犯さなければならないという意味だ。だから、新しく獲物を得るためには、こちらも新しい狩場を広げなけば、ならないということだ。イサク」
耕平とイサクのふたりは、そんな話をしながら果てしもなく続く大草原に、新しい狩場を求めて北上してきた。
どのくらい歩いたかは定かではないが、しばらく行くとやっとこんもりとした、森のようなものが見えてきた。
「邑長…、これは天の助けでねべが…。ほら、ずうーと向こう見えんのは、林が森でねえのが…。早ぐ行って見っペ」
「うむ。あれはまさしく森のようだな。探し回った甲斐があったぞ。早く行って見よう…」
「こんで食いぱぐれずに済んだぞ。おらは食い物ば食わねえど、力がさっぱり出ねえんだ。これでたらふく食えっつぉ…」
「これ、イサク。そんなにガッツクものじゃない。まだ獲物がいるとは限ってはいないんだからな。もし、あの森の中にも獲物がいなかったら、お前はどうするつもりだったんだ…」
「いんや、ほだなごどはあるめえ…。おらは知ってるだぞ。木や森があるどこには生き物がいで、家や邑があるどごろには、おらだち人間が住んでいるんだ。ほだがら、あの森の中にだって、おらだちにだって食えるような、生き物が絶対いるど思うんだども、邑長はそうは思わねえだが…」
「うむ、オレもそう思うよ。
だがなぁ…、イサクよ。そういうなことには、あまり期待はしないほうがいいぞ。昔から、努力は裏切らないというが、期待のほうは平気で人を裏切るし、その期待も度合いが、大きければ大きいほど、期待が外れた人の落胆は大きなものになるんだ。
だから、オレはひとつの物事に、努力はしてもあまり期待は掛けないようにしているんだ」
「いんやー…、邑長の云ってるごとは難すくて、おらにはさっぱりわがンねえなぁ…」
「わからなくたっていいんだよ。イサク、お前にだって、きっといつかわかる時が来るさ…」
「とぬかく,あの森さ早ぐ行って見っペよ。行って何が食いもんになるようなものを、獲らなくてはおらの腹の虫が治まらねえし、第一おらの力が出ないんでは話になんねえ…」
「わかった、わかった。ここはお前に任せるから、好きなようにやってみろ。オレがじっくり見ててやるから…」
耕平に言われて、イサクは一歩ずつ森のほうに近づいて行った。一歩森の中に足を踏み入れると、森閑とした中湿ったような風が吹きけて行く。草原を吹く乾いて爽やかな空気とは、一線を画してじっとりとした思い風だった。
「よーす…。ほんじゃ、おらがひと踏ん張りして、おらだちの餌になる獲物ば 獲ってくっか…」
そういうと、イサクは足元に落ちている、拳大の石を五・六個拾い集めると、深い森の中へと分け入って行った。
しばらく森の中を進んで行くと、どこからかチョロチョロという、水の流れる音が聞こえてきた。
「すめた…。こだな森ン中さ川が流れでいるごとは、滅多ぬねえごどだぞ。邑長、川があるっつごどは、そごさ水ば呑みにくる獣がいんだべ…。
おらだちの餌になるとも知らねえでよ。可哀そうに…、だどもおらだちが食わなかったら、こっちが死んじまうがら、勘弁してけろや…。さてど、どんなヤツらが水吞みに来てんのが、ちょっくら覗いて見っか…」
イサクは足音を忍ばせて、音がしないように木の枝や藪を、掻き分けて進んで行った。川のすぐ側まで握り寄るように、近づいて行き何がいるのかと、覗いてみると一匹の野ブタが、周りを一切警戒する様子もなく、のんびりと水を呑んでいる姿があった。
「む、邑長、野ブタだぞ。アイヅを仕留めて、おらだちの食糧さすっペが。よぐ肥えでて美味そうだぞ。あれは…」
「しかし、イサク。あのブタはかなり大きいぞ。お前の石つぶてでも、下手をすれば取り逃がすかもしれん。オレも弓で加勢してやるから、ここは共同作戦で行ったほうがいいぞ…」
「ほだな心配はしなくていいで、邑長はとくと見物してでけろや…」
イサクは藪から這い出ると、野ブタの背後に周るとと、足音を立てないように近づいて行った。至近距離まで近づくと、イサクは石つぶてをひとつ握りしめた。
至近距離といっても、イサクの場合には通常の人の、三倍は有にはあろうかと思われるほど、実に広大なものであった。
イサクは目に留まらぬ素早さで、立ち続けに腕に抱えていた石つぶてを、野ブタの足と頭目掛けて、持っていた五つのつぶてを投げつけた。何も知らない野ブタは、何も知らないまま息絶えて行った。
「いやぁ…、イサクの怪力ぶりはいつ見ても、背中がゾクゾクするほど迫力があるな…。ますます磨きが描かかっているようだ…」
゜邑長、ほだぬ褒められっと、おらぁこっ恥ずかしくなっから、やめでけろじゃぁ…」
「わかったよ。イサク、草原のほうまで運ぶのも大変だし、ここで調理して食おうか…」
「ほだな…。おらも今日はずいぶ歩いだがら、腹が減ってもうダメだァ…」
「よし。それじゃ、オレがブタを解体するから、お前はそこいらから枯れ木を拾って、火でも焚いててくれないか」
「わがった…。邑長がブタばバラしてる間に、おらは枯れ木ば集めてきて、火ば起こせばいいんだな。ほんじゃ、行ってくっから…」
こうして耕平とイサクは、それぞれの役割を果たすべく、枯れ木拾いとブタの解体に専念して行った。
それから、一時間ほど経った頃には、野ブタの串焼きがいい具合に、焼けてきていた。
「まだだが…、邑長。そごいら辺のどこは、もう食えんでねえべがな…」
よほど腹が空いているのか、イサクは野ブタの肉を焼いている、耕平にもう食えそうなところを指さして、やいのやいのと声を掛けている。
「まあ、待て。イサク、そんなに急かさなくても、もう直に食えるようになるから、少しは辛抱しろよ」
そんなやり取りをしているうちに、耕平の野ブタの肉も食い頃加減に、焼けてきたよようだった。
「よす…。こごいらは、もう食えそうだ。おらはお先に頂ぐだよ。邑長…」
イサクは耕平が焼いている、串刺しにした野ブタの肉に手を伸ばした。その中でも一番焼けていそうな、一本を掴み取ると串の両端を手に持つと、いきなりガブリとかぶりついた。
とたんにイサクは、大きな叫び声を上げていた。
「アジッ、アヂヂヂ、アヂアヂアヂアヂ……」
焼きたての肉に、腹を空かしたイサクが噛り付いた。その熱さに目を白黒させながら、口に入れたものは意地でも吐くまいと、躍起になっているイサクに耕平が言った。
「ほら、云わなことではない…。お前は前後の見境もなく、何でも力任せにやってしまうから、いつもそういうことになるんだぞ…」
「ほだなごど云われでも、おらはただ腹が減ってるだけだ。腹の皮と背中の皮が引っ付きそうで、いまにも死にそうだがら食ってるだげだべ…」
「バカなことを云うもんじゃないよ。イサク、いいか。よく聞けよ。人間というものは、そんな一食や二食くらい食わなくても、簡単には死なないようにできているんだから、そんなにガツガツ食うこともなかろう。どうせ食うにしても、もっと味わって食ったらどうなんだ…」
イサクは耕平の話していることが、聞こえているのかどうかは分らないが、ただひたすら野ブタの肉を食い続けていた。
「邑長も少し食ったらどうだべ…。どうせ、おらひとりでは食い切んにんだべがら…」
「よし、それではオレも少し頂くとするか…」
耕平は、手頃に焼けた肉を取ると、懐中から持参した塩を取り出すと、焼いた肉の上から、パラパラと振り掛けて食べ始めた。
この時代の塩は大変貴重な物で、海辺の近くに住む者たちが、藻塩造りという手法で作ったものを、魚介類の干物などと一緒に持ってきて、毛皮や干し肉果物木の実などと物々交換して行くのである。
縄文人たちの多くは、狩りで遠くに出る時などには、これらの塩は人間にとって絶対的な必需品で、縄文以前はどうであったのかは、まったく分からないとしても、少なくても縄文人は人間には、絶対塩は欠かせないことを分かっいたようである。
草原地帯の遥かな果ての、初めてきた森の中で野ブタを狩って、食事を済ませた耕平だったが、
「こりゃ、いかんぞ。イサク、きょうはかなり遠くまできたから、ボヤボヤしてたら、邑に着くまでに日が暮れてしまうぞ。今回はテントも持って来ていなかったし、野宿となると周りに何もないから、この辺はあまりにも危険すぎる。
食事も済んだところだし、オレたちも帰ったほうがよさそうだ。それに、ここは初めての土地だし、何が起こるか分かったものじゃない。早いとこ引き上げよう…」
と、まだ残っている野ブタの肉に、夢中で噛り付いているイサクにいった。
「…ん、わがった…。もう、ちょこっとだけ待ってでけろ…。すぐ終わっから」
食い意地が張っているというか、イサクはなおも食い続けていたが、ようやく食い終わったのか、ふらっと立ち上がると耕平のほうを向いた。
「いんやぁ、食った、食ったぁ…。おらも、おっ母ァが死んじまってがら,すっかり食欲が無くなってたんだども、ひさすぶりに食った野ブタの肉、あれはまだ特別うめえがったんでねべが…」
「そうか。そんなにうまかったか…。いや、それだけでも、あんなに落ち込んで いた、イサクを無理にこんなところまで、誘い出した甲斐があったと云うものだ。さあ、帰ろうか。イサク」
森を抜けると、またただ広い草原が待ち構えていた。空を見上げると、朝と同じように快晴の空だったが、東の空からは黒くて厚い雲が、急速に広がりを見せていた。
「こりゃ、いかん…。ひと雨来そうだ。イサク、一遍森の中に戻ったほうがよさそうだ。このままここにいて、雨になんか見舞われたら、オレたちはずぶ濡れになっちまう。それよりも、一回森に戻って出来るだけ、太い木を探したほうがいいようだ。森の中には樹齢何千年という、古木が無数に生えているだろう…」
「だども、邑長。太い木なんか探すたって、どしゃ降りの雨だったら、たぢまぢずぶ濡れになっちまうんだど…」
「何だ、お前は知らんのか…。太い古木には、それこそ何千年級の古木には、根元が朽ち果てていて、中が空洞になって人間四・五人は、楽に入れるような穴が空いていることが多いんだ。
だから、あの黒雲がこっちにやってくる前に、オレたちも穴の空いた巨木をさがすんだ。そんなに大きくなくてもいいぞ。人がひとりでもふたりでもいい、とにかくオレたちが中に入れれはいいんだ…」
こうして、耕平とイサクは手分けして、人が入れそうな穴の空いた、巨木を探し始めたのだった。
これだけの巨木が密生している、ジャングルのような森の中でも、いざ探そうとなると根元が朽ち果て、中に空洞が空いている巨木も、いくら縄文の世の数千年は経つかと思われる、大森林中であってもそう簡単には、見つかるはずもなかった。
「邑長…、どうするべ…。穴もめっかんねえす。なんだが、こごいら辺も真っ暗ぐなってきたども、もう間もなぐ雨が降ってくんでねえべがな…」
雨雲が近づいてきたと見えて、森の中も一層暗さを増してきたようだった。
「ここだけじゃダメだ。もっと奥のほうも探すんだいいか。イサク、絶対オレから離れるんじゃないぞ。離れ離れになったら、ここは初めての土地だし、探すにしても相当面倒なことになる…」
「わがっただ。できるだげ、離れねえようにすっから、心配いらねえ…」
「よし、それじゃ行くぞ。イサク、オレに続け…」
耕平はイサクとともに走り出していた。この時、彼らの頭上には雨雲が低く垂れこめ、雨粒がポツリポツリと落ち始め、やがて雨脚は次第に強さを増して行った。
とにかくふたりは走った。激しさを増してくる、滝の流れのような雨の中を、ふたりはただひたすら走り続けた。雨脚の激しさは衰えることもなく、一寸先も見えないほどの豪雨の中、耕平もイサクもひと言も話さず、優に一時間は走った頃だろうか、
イサク。少し休もう…。この雨では、あまりにも激し過ぎて一寸先も見えない。そこいらの、大木の下にでも潜り込んで、一旦休憩でも取ったほうがよさそうだ。
そこらの大木を見つけたら、とどこでも構わないから飛び込むんだ。オレのことなど気にしなくていいから、構わず飛び込むんだ。いいか、わかったか…。イサク」
「だども、村長。こだぬ雨が強いど、おらの
「ううーむ…、それは弱ったな…」
しばらく、考え込んでいいた耕平だったが、急に思い切ったように言った。
「よし、イサク。お前がオレのことを背負って走るんだ。オレが右とか左とか指示を出すから、お前はその通り走ればいいんだ。どうだ。これなら眼が開けられなくても、イサクはこの森の中を走り抜けられるだろう…」
「なるほど…、そいづはいいがも知んねえな。ほしたら、邑長は早ぐおらの背中さ乗ってけろ」
耕平がイサクの背中に、負ぶさる形で乗っかると、イサクは耕平を背負ったまま、一気に走り出していた。もちろん、イサクの背中で耕平が、「そこは右だ」「こんどは左だ」と、指示を出していたことは言うまでもない。
4
どしゃ降りになった森の中を、耕平を背負ったイサクは走った。走るといっても、草原とは違って樹木や枝葉が邪魔をして、真っ直ぐに走ることが出来なかった。
それでも、森の中では平原地帯と違い、樹齢何千年という巨木の枝が、降ってくる雨を防いでくれるため、思いのほかずぶ濡れになるまでは行かなかった。
「あったぞ。イサク、あそこの木の根元大きな穴が空いている。オレをいますぐ下ろしてくれ。そして、急いであの穴の中に飛び込むんだ。急げ…」
それは、偶然といえば偶然であった。あれほどイサクと探し回った、空洞の空いた古木が見つかったのだから…。
イサクも耕平も必死に走り、古木の根方に空いた空洞に飛び込んだ。ふたりが古木に空いた穴に潜り込んだ途端、一気に雨脚も激しさを増してきて、一寸先も見えないくらいの雨になっていた。
「機器一発のようだったな。いや、いや、ひどい雨になったものだ…」
耕平が濡れた髪を拭いながら言った。
「しかし、イサクよ。この樹も見たところ、かなり朽ちてるようだから、お前さんのバカ力で、もたれ掛かったり無暗に力を加えないほうがいいぞ。万一そんなことで、この樹が倒れることになったら、この雨の中をまた穴探しをしなくちゃならん。それだけは止めてくれよ…」
「わがっているだよ。邑長、おらだって好き好んで、こだな雨ン中ば動き回りだくはねえがらな…」
巨木の根元に空いた、穴の中に籠ってから約一時間が経った頃。ようやく雨は小降りになってきた。
「ふう…、やっと雨も上がりそうだ。そろそろ邑に戻らないと、日暮れまでに間に合わなくなる。早くこの森を抜けて草原まで戻ろうか…」
ふたりは古木の穴から抜け出るると、まだ小雨がパラついている森の中に立った。 相当強い雨だったから、地面がすっかり
「さて…、こっちのほうから来たんだったよな。確か…」
耕平は、自分にいい聞かせるようにつぶやいた。
「いんや、そいづはちっとばっかり、違うんでねえのが、邑長…。おらだちの来たのは、絶対こっちのほうだぞ…」
耕平とイサクでは意見が、真っ向から違っていた。
「これはどういうことだ…。オレとイサクは、まったく同じところを、走ってきたはずだぞ。それなのに、ふたりの意見がまるっきり違っている。
イサク、お前はオレの後ろを走っていたんだよな…。その時、オレの姿はお前には、どんなふうに見えていたんだ…」
「ほだの決まってっペ。おらは邑長の後ろのほうがら、着いて行ったんだし後ろ姿に決まってい…、あ…。可笑すいな…。確か、おらは向こうがら来たのに…」
「気づいたようだな。イサク、同じ方向から走ってきた人間が、 ひとりだけ違う方向を指すなどということは、まずないと見ていいだろう…。
それなのに、オレは向こうからは来たというのに対し、お前はあっちのほうから来たと云った。本来なら、こんな馬鹿気たことが起こるはずがないんだが…」
耕平は腕組みをして考え込んでしまった。
『ああ…、こんな時に吉備野博士がいてくれたら、率直な意見が訊けるのに残念だ…。
……そうだ。思い出したぞ。オレはいつかも、博士に連絡が取りたくて考えた末に、博士への連絡用に大きなポールを、立てようとしてそのままになっていたんだった…。それが何だかんだと雑用に追われて、延び延びになっていたんだったな。
あれをなるべく早く完成させて、吉備野博士に連絡を取らなくては…、あの博士は自分のほうからは自由に、こっちの動きを常に観察できているはずだから、ポールを立てたらきっと見つけてくれるはずだ…』
イサクとの話など、そっちのけで吉備野博士に連絡を取る方法を、考えていた耕平だったが、やっと目の前に光が差したような思いがした。
「よし、イサク。お前も手伝ってくれないか…。オレひとりじゃ、時間ばかり掛かってしょうがないんだ」
「そいづは構わねえだども、おらは何を手伝えばいいんだべ…」
「これはな。オレが作ったすり鉢というものだ。それから、こっちも…、いつかお前にも話したことがあるだろう…。木を燃やして作った炭だ。この炭を石か何かで細かく砕いて、すり鉢でさらに細かい粉末状になるまで、すり潰してほしいんだよ…。やり方はこうだ。よく見ていてくれよ…」
耕平は傍らに置いてあった、木炭をつかみ取ると石で細かく砕いた。それをすり鉢に入れると、これも手製のすりこぎ棒を使って、最初ある程度まで砕いてから、すり鉢を両足で押さえ込むようにして、両手ですりこぎ棒を回し始めると、たちまち木炭の破片は細やかな、黒い粉末にその姿を変えて行った。
「あひゃ…、こいづはぶったまげただ…。邑長は何でもできんだなァ…」
「こんなのは誰でもできるさ。だから、これをイサク。お前にやってもらいたいんだよ」
「うひゃ、邑長に出ぎだがらって、おらにも出ぎっとは限らねえぞ…」
「いいから、やってみろよ。お前はオレなんかと違って、怪力の持ち主なんだからオレよりも、ずっと早く粉末にできるはずだ」
耕平に言われて、少しは自信を持ったのか、
「ほんじゃ、ひどづやって見っけども、うまぐ行がなぐても笑わねでけろな…」
と、イサクは手を伸ばして耕平から、すり鉢とすりこぎ棒を受け取った。
イサクは、いま耕平がやったのと同じように、木炭を石で細かく砕いてから、耕平のすり鉢とすりこぎ棒で、さらに細かく潰してから、耕平がやったようにすり潰し始めた。
しかし、そのすりこぎを回す速さと言ったら、縄文の世の力自慢のイサクだけあって、到底邑長である耕平の、比ではないくらいの速さだった。
「こだなもんでえがったが…。邑長」
炭を細かい粉末になるまで、すり潰し終えたイサクがいった。
「ああ、上等だとも。もういいぞ…。イサク、これだけ細かく粉末にしてもらえば、充分
過ぎるくらいだよ。ありがとう。そうだな…。ついでということもある。念のためにもう少しすり潰してもらおうか…」
「ほだのお安いご用だべ。すぐ終わらせっから待ってでけろ」
イサクは耕平の見ている前で、あっという間に耕平の傍らに置いてあった、炭をすべて黒い粉末に変えてしまった。イサクのすりこぎ棒捌きは、目にも止まらぬ速さというのが、ピタリと当てはまるほど、実に芸術的な手捌きであった。
「いやぁ、ありがとう、ありがとう。これだけあれば充分だ…。あとはこれを火に掛けて溶かすための、動物の油が必要だな…。よし、これから獲りに行こう…。イサク、お前も付き合ってれないか…」
粉末になった木炭をかき集めて、横に置いた土器に手ですくい入れながら、耕平はイサクのほうを振り向いて言った。
「いぢ番、油がのった獣っつうと、やっぱり野ブタがな…。イノシシもいいけんども、あいづは気が荒くって危なくてなんねぇ。ほだがら野ブタにするべぇ。邑長」
「よし、決まりだな。これからすぐ行こう。もう、こうなったら一刻の時間だって、無駄にはしたくない…。行くぞ。イサク」
「よーす。行ぐべ、行ぐべ。たっぷりど肥えだ野ブタば獲ってやっぺが…」
イサクもすっかり、その気になって耕平とふたりで、野ブタ狩りに出かけて行った。
この前野ブタを獲った辺りまでやってきた。
「こごいら辺りだべ。おらが、あのでっけえ野ブタを捕まえたのは…」
「そうだな。確かこの辺りだったかな…。しかしな。イサク、一度は捕まえたからと云っても、またいるとは限らないんだぞ。その辺はちゃんと肝に銘じておけよ。後でガッカリするのは、お前なんだからな…」
「ほだの心配するごどはねえよ。邑長、野ブタでなくても他の物でも構わねべ。獣の油であれば何でもいいんだべ…」
「まあ、そうだが…、お前に何か心当たりでもあるのか…」
「野ブタみでえに、でがぐなくてもいいんなら、なんぼでもいっから心配いらねえ。タヌキどかキツネだったら、あだのはどごぬでもいっから、こごはひとづおらに任せで、邑長は先に邑さ帰って待てでけろや…。どうせタヌキでもキツネでも、五匹もあれば間に合うんだべ…」
「ん…、それはまあそうなんだが、そんなことよりも、お前ひとりだけで大丈夫なのか…」
「いいがら、いいがら。後のごどは、おらぬ任せて邑長は邑さ帰って、ゆっくり待てでけろ。おらもすぐに帰っから…」
「お前が、それほど云うのなら、オレは帰ってみよう…。まだ、少しやり残したことがあるんでな…。しかし、イサクよ。くれぐれも注意を怠るんじゃないぞ。ここいら辺りは邑の周りと違い、どんな危険なものが、待ち受けているか知れんのだ」
「大丈夫だってば、邑長。おらは、この世の中ぬおっかねえものなんか、何もながったんだがらな…。ただひとづだけ、あったのはあったんだども、いまはもう何もねえぐなっちまった…」
「ほう…、力自慢で怖いもの知らずのイサクでも、怖いものがあったとは驚いたな…。そ
れで、そのひとつだけあって、いまはなくなったという。イサクのたったひとつの怖いものとは、一体どんなものなんだ…。オレにはまったく想像もつかないが…」
「ほだぬ聞ぎだいのが…、邑長…」
「いや、お前が云いたくないのであれば、無理してまでは聞きたいとは思わんが…」
「いんや…、ほだごどねえ。おらはいままで、誰ぬも云わなかったんだども、死んだおっ母ァが世の中で、一番おっかながったんだ…。何ぬすろ怒っと、おらのキンタマば掴んで、握りつぶしてやるー。つって離さながったごども、一遍や二遍じゃ利かなかったな…。とぬかぐ、おっかねえおっ母ァだったでよ…。ほんでは、おらはタヌキがキツネば、獲って帰っから邑長は先に、邑に帰って待ってでけろや…」
「すまんな。イサク、オレも少しやることが残ってるで、先に帰らせてもらうが、イサクも十二分に気を付けて、陽が落ちないうちに帰ってくるんだぞ」
「おらは大丈夫だ。心配いんねえがら、邑長も気ばつけて帰ってけろや…」
「それじゃ、オレは戻るから後のことは頼んだぞ。イサク」
「ああ、任せでおいでけろや。おらもすぐ帰っからよ。なんぼ獲れっか楽しみぬすてでな…」
イサクは、そう言い残すと耕平に背を向けて、邑とは反対方向に行ってしまった。
「さて、オレも邑に帰るとするか、イサクが戻るまでに済ませなくては、いかんこともあるしな…」
耕平は、独り言のようにつぶやいて、踵(きびす)を反すと邑のほうに戻って行った。
邑に帰ると、真っ直ぐ山本の建てた、ログハウス風山小屋へと向かっていた。小屋に入ると耕平は、何かを物色するように道具箱の中を、引っかき回して行った。
『うーん…、これだけ探しても、見つからないと云うことは、アイツやっぱり持ち込んでなかったのか…。と、なと、これもまた自分で作らなきゃならんな…』
そんななことを考えながら、山本の小屋を出てきた時だった。
「おーい、邑長ァ…。いま帰ったぞー」
タヌキとキツネを数匹背負った。イサクが片手を振り回しながら、こっちに走ってくるのが見えた。
耕平のところまで来ても、息ひとつ切らしてはいないのだから、このイサクという男の心臓と肺は、どれだけ頑丈に出来ているのだろう。
「おお、イサク。ずいぶん早かったじゃないか…」
「へっへっへへへへ…。邑長ァ、おらは誰もいなくって、自由ぬ好ぎなようぬやったほうが、なんぼが捗が行くんだ。邑長、こだなもんでいいべがな…」
イサクが背中から下ろした動物は、タヌキが三匹キツネが三匹で、どれも丸々と肥えていて、体内の脂肪分もたっぷり取れそうだった。
「いやぁ、イサクよ。オレは感心したよ。どれもこれも丸々太っていて、油を取るには最高だぞ。ガリガリに痩せたのなんて、どれを見ても一匹もいやしない。さすがだな。イサク…」
「それは…、中ぬは一匹や二匹ぐれいは、ガリガリぬ痩せこけたのも、いたごどはいだんだども、ほだの獲ってきたって、何の役ぬも立だねえど思ったがら、可愛そうだけんど間引いて捨てできた。あだのでも持ってきたほうがえがったが…。邑長」
「いや、これで充分だ。ただ生きてるだけで、巻き添えを食ったタヌキやキツネには、えらい迷惑だったとは思うが、これも仕方のないことだ。許せよ…」
何の関係もないのに、巻き添えで殺されたタヌキとキツネに、耕平は深く頭(こうべ)を垂れた。
「ほんで、これがら何すんだ…。邑長は」
「うむ…、これからタヌキとキツネを捌くんだ。油分だけ切り離して、それを火にかけて溶かすんだ。充分に溶けたら、お前に粉にしてもらった炭を入れて、さらに煮詰めるんだ。
そうすることによって、炭の粉はトロトロになって、この前イサクにも話した、文字を書くためのペンキと云うものを、作らなくてはならないんだ。
これが出来たら、一番最初に削ってもらった。大木に文字を書いて明日の明日の、そのまた明日の遠いところにいる、偉い先生に読んでもらわなければ、いけない理由があるんだよ。どうせ、お前に話したって、解らないだろうけどな…」
耕平は、そう言いながらも、二十一世紀にいた頃に、一度だけ連れて行かれた。吉備野博士の研究室の、室内全体が照明装置になっていて、足もとも天井もどこを見ても、影そのもが存在していなかった。
『一体、あれは何世紀くらい先の、未来だったんだろう…』
吉備野は自分の用が済むと、すぐに送り返してよこしたので、残念ながら外に出て未来の都市を、見られなかったことについては、一緒に行った者たちにと取っても、非常に悔やまれるところでもあった。
そんなことを考えながら、耕平はタヌキとキツネの解体を始めた。全部皮を剥ぎ取ってから、肉と脂分を切り離した耕平は、油身の部分だけをかき集めた。それを土器に詰め込むと、用意して置いた手製の竈(かまど)に掛けた。
「これでよしと…、後は弱火でじっくりと煮て、時間をかけて油分を溶かせば、半分は成功したようなものだ。
それに、あの炭の粉末を加えさらに煮詰めれば、イサクに切ってもらった大木に、文字を書くペンキは出来上がったよ。これもみんなイサクのお蔭だよ。本当にありがとう…、イサク」
「と、とんでもねえ…。邑長、おらは何ぬもしてねえ…。おらは、ただ邑長ぬ云われたとおり、やっただけだでよ…。ほだぬ褒められっと、おらはまだ、こっ恥ずかしぐなっから、やめでけろでばよ。邑長…」
「わかった、わかった。もう云わないよ。その代わり、お前もこれからはオレのことを、邑長と呼んではいかんぞ」
「うひゃ…、邑長ば邑長ど呼ぶなど云われでも、おらぬは他ぬなんて呼んでいいが、わがんねえだども、どうすたらいいんだべ。邑長…」
イサクは耕平から、邑長と呼ぶなと言われたショックと、なんて呼べばいいのか解らなくて、困惑気味の様子だった。
「イサクよ。何をそんなに戸惑っているんだ。オレには耕平という名前があるんだ。きょうからな。お前もオレのことを耕平と呼べばいいさ。もうオレとお前は、兄弟みたいなものだからな…」
それを聞いたイサクは、驚いたような口調で叫びをあげた。
「ひえー…、む、邑長ァ…。それはなんぼ何でも、恐れ多いことだべ…。ほだなごどしたら、邑の長老だちから大目玉を食っちまう…」
「邑の長老と云っても、みんなオレよりも、年下の者ばかりじゃないか。何をそんなに気にしているんだ。もし、長老たちに何か云われたら、オレがきちんと話をつけてやるから、安心してオレのことを名前で呼んでくれ…。イサク」
耕平になだめられても、体が人一倍デカくて、怪力を誇るイサクでも、ただオロオロとするばかりだった。
「オレはな。イサク…、お前が好きだから云ってるんだぞ。別にオレは、お前を困らせてやろうなんて気は、さらさら持ってないんだからな。何もお前がそんなに、オロオロすることはないんだよ」
「だども、邑長…、やっぱす邑長はおらだぢど違って、何で知ってる神さまみでぇな人だべ。ほだな偉い人をおらぬは、どうすたって呼び捨てなんか、出ぎるわげねぇべ…」
「よし、いいか。イサク、オレが神様か神さまでないか、よーく見ているんだな…」
耕平は腰から下げている、サバイバルナイフを引き抜くと、いきなり自分の左腕に切りつけた。その切り口からは音もなく、真っ赤な鮮血が辺りに飛び散った。
「な、なぬするだ。邑長…」
「どうだ…。イサク、この通り切れば赤い血が流れるんだ。オレは人間だからな。神さまならば、人間じゃないから血も出まいが、オレは残念ながら人間だから、切ればご覧のように赤い血も流れるし、下手をすれば死ぬことだってあるんだ…」
ナイフを仕舞うと、耕平は傷口を着衣の裾で押さえ、しばらくそのままの状態で立っていた。
「どうだ。分かったか、イサク。オレもお前たち同じ人間で、切れば赤い血も流れるし、神さまなんかじゃないってことを…」
「わ。わがった…。邑長、おらが悪がっただ。カンベンしてけろ…」
「そうか…、解ってくれたか。それではきょうからオレのことを、邑長と云わずに名前で呼んでくれるんだな。イサク」
「……おらは構わねだども。邑の長老だちが…」
「もし、お前に何か云うものがいたら、オレが掛け合って言わないようするから、何も心配などすることはない…。オレとお前は兄弟のようなものだからな。それでも何か云うヤツがいたら、オレは邑長を辞めて旅にでも出ると云えば、それでもう何も云うヤツもいなくなるだろうよ…」
「頭(あだま)いいなァ…。さすがは邑長だ。やっぱす明日の明日の、そのまた明日の世界の人は、おらだぢとは違うんだベな…。うーん」
イサクも、耕平と長く付き合っているうちに、自分たちのいる縄文の世と、耕平がいた二十一世紀の世界とは、何にから何までまったく違うのだろうと、イサクは解らないまでもうっすらと、何かが見えてきたような気がしていた。
「なあ…、わかったらオレのことを、邑長じゃなくて名前で呼んでくれるな…」
耕平に、そう言われながらも、イサクはやはり
「うーん…。やっぱす、こっ恥恥ずかすいな…。よーす、おらも男だべ。一遍決めたごとはやられぱなんめぇ…。コ、コウヘイ兄イ…。うわぁ…、やっぱすこっ恥ずかすいな…」
「よし、それでいいんだ。イサク、オレと出逢ってから初めてだぞ。お前がオレのことを名前で呼んでくれたのは、ありがとう…。イサク、オレもこれからはお前の兄貴として、恥じないように生きなければなるままい…」
耕平は自分の目頭に、熱いものが溢れてくるのを、どうすることもできなかった。
こうして、耕平の住む縄文の里にも、また新しい季節が訪れようとしていた。
移り行く季節のほうも秋は半ばを過ぎて、また間もなく北国の厳しい冬がやってくる頃だった。
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