第48話 聖女Ⅱ

7日掛けてお城に連れてこられた。

エライ人に「異世界から来た渡り人様で合っていますか?」と言われたので「別の世界から来ました」とアタシは言った。

「どんな世界か?」と聞かれたので、このエライ人から見えたこの国の遠い未来を伝えた。

「大変だったのだな」と同情され、お城から離れた建物に、広いお部屋とたくさんの服を与えられた。

これから暮らす「神殿」というところだそうだ。


しばらくは礼儀作法のお稽古で、他者の未来を見るのは後回しになった。とは言え、たまに自分じゃどうすることも出来なくて見えてしまうのだけど。

シスターが見た”上質なおくるみ”が”見たことも無い材質のおくるみ”に言い換えられるようになっている頃、先生の根気強い教えによってアタシはワタシになった。

アンという子はいなくなり、エルジュナという名前の子になった。

勉強も教えてもらい、養父と養母が何を言っていたのか、どんな人間だったのか分別がつくまでになっていた。

それからお披露目として国の上流階級に紹介され、隣国に訪れる魔獣の脅威などを予言した。

…でも何だろう?

所々黒く塗りつぶされた部分がある。ワタシの未来視が通らない何かが。

今までこんなことなかったのに。


色々な国がワタシの訪問を希望していた。

サンドレアやスファスリエなど、希望しない国も多々あったが。

ワタシは大神官様にお願いして真っ先にラエドニアを選んだ。

昔本当に渡り人がいた国で、王子様がおきさきさまを探している国だと習ったばかり。

もしかしたらお城に住めるかもしれないわ。

ワタシは作法も教養も、多分母譲りの美貌(父親が平民女を見初めたってことはきっと母親は美人だっただろうから)も身に着けた。

後で養父母に強請られないよう、伝手の伝手を使ってプロにこっそり始末してもらった。

シスターは「静養してほしい」という計らいの形で辺境へ飛ばしたし、ワタシの出生はあまり辿れないんじゃないかしら?

肝心の本当の親は…不義の子相手に名乗りを上げるとは思わない。もしも恥知らずにも名乗り出てきたら、同日に孤児院に捨てられたマリーと間違えていませんか?と言ってやればいい。


ワタシはもう捨てられ、利用されて売られた可哀相なアンじゃない。不思議な能力で王様や国の行方を読む聖女・エルジュナなのだから。




❖❖❖



夜風がほんの少し涼しくなった。

今年の社交シーズンももう終わりだ。

それでもじきに聖女が慰問するとのことで、王都のタウンハウスには多くの貴族が残っていた。


「…王都の食料は足りるだろうか…」

「地方の余剰を送ってもらうしかないのでは?」

「物価が上がるがそうだな…。…輸送費分は上流階級持ちにすればよいか…」


ニコラスが本日最後の決裁を済ませる。


「聖女はクリスヴァルトの婚約者最有力候補らしいな」

「どこからそんな話が出たんでしょうね」


当人はどこ吹く風だ。

王室にはヤルマールが所属していた”王の黒き剣”がある。聖女の素性も父親が誰なのかすらも既に掴んでいた。


「民衆の支持を得られるのなら聖女を奉るのも悪くはありませんが、婚姻する気はありません」

「養い親を殺しているのが気になるか?」

「いえ、邪魔者や裏切り者を葬るのは我らとてしている。その辺は些事です。ですが騙りはいけない」

「そうだな、国や王族を相手にそれを成すのは反逆だ」

「ですので顔だけ拝んでおこうかと思いまして」


婚約者のことは残念だった。

王妃ともなると各国への訪問、賓客の出迎え、夜会では貴族の前に姿を現し、日中は民の前へ姿を示すこともある。

足に力が入らず歩けない では国母は務まらないのだ。


だが彼女のことよりくすぶり続ける小さな炎が胸の奥にある。

取り立てて美人でもない少女だったが、鶺鴒たちに気付かれずに画廊に移動した方法など秘め事が多い。

謎が多い女は魅力的だ。


(ネタが分かってしまうと一気に冷めもするが…)


クリスヴァルトが鶺鴒から「あの少女が体調を崩しランシアの長男と伯爵領に戻った」と聞かれたのは、父の執務室を離れた直後だった。

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