第23話 領地視察
雪が解け、少し寒さが和らいだ頃、豪華な4頭仕立ての馬車が伯爵邸の前に止まった。
「数時間前の伝令の言葉を聞いた時は耳を疑いましたけどね」
「ニコラスめ、先王と同じ過ちを犯そうとするとはな…」
「”視察”というふれこみだから、応接間と執務室だけ案内すればいいんじゃない? ついでに麦害のこと保証してもらいましょうよ」
伝令が持ってきたのは”領地視察”であった。
そして第二王子と―何故か婚礼準備で忙しいはずの第一王子も別の馬車で到着した。
「一週間ほど前に書簡を送ったはずなのだが…不慮の事故で届かなかったようですまない。突然のことで驚いたと思うがしばし滞在させてほしい」
と、涼しい顔の第一王子のクリスヴァルト。本当は書簡など用意せずに押し掛けたのだろう。
「そうですね。突然のことだから貴方方やお付きの方々の食料も寝床も用意出来ておりません。準備が整うまでは街中のホテルに滞在してもらえますかしら?」
叔母にあたるジュリエッタ夫人は、尤もな理由で王子の要望を叩き切った。
それに乗じてマクレガー伯爵も陳情を始める。
「国王陛下には報告させたいただいておりますが、今年は麦害が出て食料が不足していましてね…その視察をした上で何らかの措置を取っていただけるのでしょう? まさか、陛下からお聞きになっていない なんてことはありませんよね?」
「そうだな…。状況を確認して豊作の知らせがあった他の領地から融通するようにしよう」
伯爵領が常でない状況は聞きかじっていたが、食料が足りないところに何十人も押し掛けたのであれば、飢える領民は良い顔をしないだろう。
クリスヴァルトは心の中で舌打ちした。
「大変な状況の時に訪問してしまってすまない。…2,3日でもいいのだが…」
控えめにクリスラインは交渉しようとした。本来は伸ばしに伸ばして2~3ヶ月滞在するつもりでいたが数日でも歓迎されないことを痛感していた。
(普通の臣下は笑みを湛えて「ようこそおいでくださいました」と言うのだがな…。父上の妹の叔母上もいるし、この辺一帯の元締めだったからか、まるでへりくだる様子がない)
クリスラインはあまりに勝手の違う伯爵とその夫人に面食らっていた。夜会で上っ面だけの会話ならしたことがあるが、交渉となるとこの年の功には敵いそうもない。
元々遠回しなことが苦手だし、外交はまだ任されていないし、普通は臣下が唯々諾々と従うのだから交渉などロクにしたこともない。
「では2日でよろしいですわね。それだけあれば麦害の調書にも目を通していただけますでしょうし」
あ、これは我らを自由に動き回らせないようにする策だな、とクリスヴァルトは気づいた。クリスラインは今、渡り人様の娘のことは頭の片隅にもいないかもしれない。
「そう言えばもう一人のご子息が不在のようだが」
出迎えたのはマクレガー伯爵、ジュリエッタ夫人、長男のフレデリックだ。
「申し訳ございません。書簡が届いてさえいればここで出迎えさせていただくのですが…。自警団に訓練をつけてやってますよ。冬場は飢えた獣や盗賊が増えますからね、領地の防衛力は高めておかないと…」
急に来たからいないのだ、とチクリと応酬される。
実際の所、伝令を受けるや否やアネッサと共にミカエラの衣類などを避難場所…ローヴァンが経営している画廊の2階へと運び込んでいた。数ある美術品に紛れ込ませるように、しかし別物と分かるよう箱の隅に小さな印を入れて積んで置き、最小限の荷物と当人は隣の部屋―小さな明り取りの窓しかない部屋に移動している。
「ロー、仕事だ」
「仕事?」
ボールルームでミカエラに武器の取り扱いを教えていたローヴァンに、フレデリックが駆け寄る。
「たった今王家の伝令が来て、数時間後に王子方が視察に来ると」
「抜き打ちですか?」
「横領や脱税も確認したいのだろうが、最たる理由はミカエラだと思う。」
「彼女の知識を王家に…ですか」
ミカエラは彼らに見つからない方がいいことを察して、道具の片づけを始める。
「父上の話だと、前回のことがあるから陛下には居場所を言わないよう口止めしたとのことだったが」
「うっかり話したのでは?」
「あの…日義兄様、どこか私が身を寄せられるような場所はありますか? 私、村でつましい生活をしていたのでどこでも大丈夫です」
兄弟は顔を見合わせて頷く。
「私の画廊の2階に、私やスタッフが寝泊まりできる部屋があるからそこを使うことにしよう。美術品保護の為に大きな窓は無いから、外からは誰がいるかは見えないはずだ。…長男の私は外せないからローがミカエラを連れ出してほしい」
「仕事ってそういうことか…。武器は置いておくとして、運んだ方が良いのは衣装類か? …ミカエラがあまり物を買わない子で良かったよ」
傍にいたアネッサを呼び、ミカエラの荷物をトランクなどに詰め込むよう支持すると、アネッサはミカエラの衣裳部屋へと飛んでいく。
「ミカエラのことを訊ねてこなければ良し、訊ねてきたら…先日の誘拐事件で男性は怖がるので面会謝絶とでも言っておこう」
「兄上、伝令が来たと言うことは周辺で動向を見ている者もいるのでは?」
ローヴァンの進言にフレデリックはその可能性を考えて頷く。
「私の部屋に開梱していない美術品がいくつかある。それに紛れ込ませる形で…「あの」」
ミカエラの声に2人が彼女を見る。
「『扉』を用意できます」
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