第22話 煌雪祭

カビやほこりの匂いでミカエラは目を覚ました。

薄い、古木の板壁が目に飛び込んでくる。


(ここは…?)


木箱がいくつかある…倉庫代わりの小さな小屋だろうか。

両手はロープで縛られ、中央の柱に括り付けられている。後ろ手になっていないのは、ロープを引いて歩かせやすいようにしているのだろうか。

外套下のウェストポーチは盗られていない。見た目髪細工しか入っていないから煌雪祭の飾り用くらいにしか思われなかったのだろう。

私はそのうちの2つを右手と左手、それぞれに握りこんだ。


(ああ、背後から袋を被せられて誘拐されたんだ…奴隷商だろうか?)


確かフレデリックとローヴァンと共に煌雪祭のため繁華街へとやってきていたのだ。

夜の祭りの為ランタンや蝋燭が灯され、白い紙で切り絵が施されたモールが店先などに吊るされ、とても幻想的だ。

冬の前と言うことで食料は主に備蓄に回され、食事系の屋台は数えるほどだった。


「今年は麦害があったから、酒や菓子類を売る屋台は殆どないね。」


ひる義兄様は残念そうに仰っていたが、代わりに素朴なものから煌びやかなものまで、白を基調とした装飾品からちょっとした雑貨が並び、祭りを華やかに彩っている。

私がいた村では収穫祭などももっと小規模だったし、そもそも遠くから眺めるだけで参加してはいなかった。

なので祭りによる高揚した雰囲気を誓うで味わうだけでも十分楽しめた。

その話をしたら、2人とも眉尻を下げてしまったが。


その時鋭い悲鳴が上がった。


「誰か! ひったくりよ!」


犯人はかなり素早いようだ。

ローヴァンは身体強化を使って屋根に上って、犯人を追い始めた。

フレデリックは、自分にここにいるよう言い含めて、仔細を聞こうと人込みをかき分け被害に合った女性の元へ。

すると屋台の間の細い路地から怪しい人影が現れ、このすきま風吹き込む粗末な小屋に連れ去られた というわけだ。

路地周辺の屋台もグルで、ひったくりだと騒いだ女性も一芝居打った仲間だと考えるのが妥当かもしれない…などと寝転んだまま考えていると荒々しい靴音がし、乱暴に扉が開けられた。


「なんだぁ? コイツまだ寝てるのか? 呑気なガキだな」

「まだ傷つけるなよ? ソイツは見た目地味だが見目麗しいマクレガー兄弟と一緒にいたから、どこぞのお嬢様には違いないだろうからな」


伯爵家ゆかりの者として身代金でもゆする気なのだろうか。


「なぁ、金を取ったらちゃんと殺してくれよ? ホリンの頼みは”消してほしい”なんだからさ」

「分かってるって。でもホリン嬢ちゃんからのはした金じゃ殺害依頼には届かないから、殺す前に身代金を取ろうってことに決めただろ? …ハサン、あまりゴチャゴチャぬかしてんじゃねぇ」


なるほど、ハサンという悪党の下っ端がホリンと知り合いで、私を消してほしいと依頼されたのか。

…これが明らかになると、郷士の娘もその家族も多大な罰を受けると思うのだが…あの少女はそこまで考えなかったのか…。

そろそろ起きようかと思っていた時、外で見張りに立っていたらしい男が小屋の中へ飛び込んできた。


「兄貴! ベンがこっちに走ってきます!」

「バカが…適当なところに身を隠せっていったのに…。合流したら足がついちまうだろうに。」


扉と男の隙間から見える小柄の男…ベンと言う男だろう。

いやいやするように左右に振る顔は恐怖にひきつっており、足元はキラキラと光を反射する粒子のようなものが見える…。風魔法だ。

このベンという男…ひったくり犯は一度義兄に捕まり、その後風魔法によって強制的にアジトに向かって走ることを強制させられているのだ。


「た、助けてくれ…足が勝手に…」


入口に辿り着くとひったくり犯は泡を吹いて倒れ伏した。

見張りの男が看病しようと近づくが、ボスらしき男がそれを制すると柱からロープを外し、私を引きずり上げた。


「ぅ…っ」

「ベンを囮にしたようだが…近くに警邏か誰かがいるのは分かっているんだ。このお嬢様の顔をザックリやられたくなかったら出てきな!」


私の顔にナイフの背をピタピタと当て隠れている相手をあぶり出だそうと言うのだろう。

果たして、木々の間に身を隠していたらしい月義兄様が出てきた。


「おや、マクレガーの弟が追って来るとは…余程のお姫さんみたいだな? お姫さんを無事帰して欲しいのなら3億ドゥカート用意しな」

「おい、無事にって…それじゃ話が」

「黙ってろ」


ハサンが絡んだことでボスらしい男の目線が横にズレる。

それを見逃す月義兄様ではない。彼は瞬時に相手の懐に入り込み、鳩尾に風圧を加えた掌底を叩き込んで弾き飛ばす。

見張りの男が義兄様に襲い掛かり、ハサンが人質(私)を確保しようと動くが、月義兄様が私を抱えて瞬時に距離を取ったため、誘拐犯たちの手は空を切っただけとなった。


「…ハァツ、ミカエラ…大丈夫か…?」


義兄は魔法も体力も使い続けていて息が上がっている。増援も来ないようだし、このままでは不利になるだろう。

私は頷き、義兄にお願いをする。


「小屋に向かってほんの少し、風を送って下さい」


月義兄様が頷いたのでこちらに向かって来る3人に向かって左手で握りこんでいた折形を放った。


「…花?」

「はい。これはアサガオ…ダチュラという花です。…少し危険な種類の花にしたので念のため触らないようにしてくださいね」


効果てきめん。風に乗った花が彼らに辿り着くと男たちはバタバタと倒れていった。


「主に幻覚や幻聴などの症状が出るので、モンスターと戦いたくない時に使ったりします。…今は眠ってもらっていますが、量が多ければ呼吸が出来なくなり死にます」

「殺すことも出来る毒なのか…」


月義兄様がギョッとして後退る。


「今のうちに自警団か警備兵を」

「分かった」


月義兄様は風魔法で声を飛ばし応援要請と、日義兄様にも被害者の女性を捕まえておくよう依頼すると地べたに座り込んだ。


「ハァ…ちょっと休む」

「はい」

「ミカエラ、無事でよかった」

「はい、ありがとうございます」

「怖くはなかった?」

「はい…奥の手もありましたし」

「奥の手?」


私は右手を開き、義兄に見せた。


「二足歩行で…これは翼? これってもしかして…」

「ドラゴンです。母に教わったのは簡易版だと言ってましたが…。なんでももっと本物に近い形に、立体的に作る方法がたくさんあるのだとか」

「ハハッ。 さすがミカエラだな。…でもまぁ、使うことがなくて良かったよ。ソイツが現れたら大騒ぎになるしな」

「フフ。義兄様が来てくれるって信じてました。…義兄様たちは優しいからきっと助けてくれるって…」

「うん…何度でも助けるよ。僕も兄上も。君のことが大切だからね」


私の頭を撫でる月義兄様の手が優しい。

このままずっと3人で仲良くいられたら良いのに…でもその関係に終わりが来ることにも気づいている自分がいる。


(お母さんの心配していた通りになってきている…。このままだと…)


いまだ気を失っている連中を見ると、郷士の娘ホリンの顔が浮かぶ。無邪気に、周囲の迷惑を顧みず、2人を求めた少女…。

いずれ連中が口を割り、郷士の娘のことは分かってしまうだろうが、今は心労を増やしたくないから黙っておこう。

奥の手も使わないで済んで良かった…右手に握りこんだ折形…ドラゴンをそっとポーチの中に戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る