第19話 ローヴァンと買い物(後)

「ショートソードと…もう少し刃が短いグラディウスもミカエラには良いかもしれないな。…曲刀は刃が薄い分軽いが、相手の刃を受け止めることは出来ないんだよな…。でもシミターも使ってみる? レイピアもいいな。あとウィップと…」

「坊のエモノじゃないんだろ? お嬢ちゃん連れて裏庭で試してから買うようにしろよ?」

「そうする」


ローヴァンはいそいそと店内を見て歩き、商品棚にある細身または小振りの武器を手に取っていく。


「月義兄様は何を使うのです?」

「僕はロングソードかな。騎士団では標準の武器だからね。…辺境警備はその辺緩いから、使いやすい武器でいいはずだよ。見た目そろった武器より各々の生存率を上げる方が重要だから」

「分かりました」

「坊、棍はどうだい? 嬢ちゃんのリーチはカバーできるしメイスよりは軽くて取り回しが利くぞ? 榧で作ったものが奥にあるから持ってくる」

「棍か、いいね。致命傷は与えにくいけれど、相手を無効化出来れば十分だし」


結局かなりの種類の武器を一通り試し、グラディウス、レイピア、棍を試しで買って家で更なる適性を見ることになった。

大体が軽めの武器なので、ローヴァンが右手でまとめて担ぎ、左手はミカエラと繋ぐ。


「…醜聞なんて気にする必要はないよ。ウチは元海賊だからそんなお上品じゃないし。何したって問題ないよ」

「でも義兄様方が私のせいで更に悪く言われるのは嫌です」

「言われないと思うよ。元王族の母上が可愛がりぶりをあちこちで言いふらしているから。元王女の顔に泥を塗るような真似が出来るのは余程の厚顔か、今の国王に睨まれても平気な人か…。まぁあまりいないはず」


2人の影が長く尾を引く。

そろそろ迎えの馬車が来る頃だ。


「…華やかな世界に出たいとは思いません。領地で皆と穏やかに過ごせたらと思います」

「分かった。大体現状維持でいいんだね」

「はい、今がいいです。可愛く綺麗な服はお義母様にいただいていますし、アントンのお料理は美味しいです。これ以上は望みません」


ほんの少し笑顔になるミカエラを見て、ローヴァンもこのままでいれたらいいな、と思った。

…父にはどやされるだろうが。


「まぁ! 偶然ですわね! ローヴァン様」


商館で馬車を待とうと、入口の受付と話していると、キンキンと大きな声が後ろから掛かる。

苦虫を嚙み潰したような表情をした後、無表情になり声の主に向き合う。


「やぁ偶然だね。とは言えもう帰るところだが」

「私も帰るところです! 馬車に乗せていただいてもいいでしょう?」

「1頭立ての2人用だから君が乗るスペースはない。大体家の方向も違うだろう?」

「2人用なら私も乗れるでしょう? それに伯爵様のお屋敷に行きたいの」


隣にいるミカエラを完全に無視したいようだ。

ローヴァンは繋いでいた手を放し、腰に手を回した。


「あ、そうだ。君に紹介しよう。僕の婚約者のミカエラだ」

「ミカエラです。はじめまして。ローヴァン様のお知り合いの方かしら?」


ミカエラはこの場を逃れるための方便くらいに思っているのかもしれないが、戸惑うことなく婚約者のフリをしてくれる。


「わ、私は子供の頃からローヴァン様と親しくさせていただいてますホリンです!」

「子供の頃何度か会っただけだ。別に親しくはないな。四六時中一緒にいた騎士団の連中なら親しい方だが」


変なマウンティングにローヴァンが水を差す。

するとホリンは怒りで顔を赤らめる。


「何でローヴァン様はそんなダサいドレス来た子なんか連れてるのよ! 髪も目も地味な色だし、絶対私のがローヴァン様に似合うのに!」


癇癪を起したように叫び出し、周囲の目を引く。

少し前にやってきた馬車の傍らにいる御者も心配そうに見ている。


「…忠告痛み入る。ドレスは我が母が選んだものだから、母にその旨伝えよう。勿論君の父親にもな」

「え 嘘」


虚を突かれたようにホリンが目を見開く。

ローヴァン様のお母さま? ジュリエッタ元王女殿下が選んだ?


「迎えも到着したようだ。行こうか、ミカエラ」

「はい」


さっさと馬車に向かって歩き出す2人にホリンは縋りつこうとする。


「すみません…私、冗談のつもりだったんです…! 王女殿下のことを悪く言ったんじゃ…」


ローヴァンは素早く馬車に乗り込み、ホリンの手は空を切る。

御者はすぐさま馬を動かし、ホリンはその場にくずおれた。


「あれが前者なのですね」

「前者?」

「お義母様の顔に泥を塗る、厚顔な人」

「ハハ、その通りだね」


ローヴァンはミカエラの目線に合わせ、少し上体を屈める。その目には罪悪感が浮かんでいる。


「ミカエラの色は地味じゃないよ。…初めて会った時神秘的な色だと思ったんだ」

「私も母と同じ髪色、父譲りの目の色は誇りに思っています」

「…ごめんな。アイツ…まさか外見を貶めるような罵り方をしてくるなんて…」


ローヴァンの膝の上の拳が怒りのあまり震える。

その拳を包み込むようにミカエラの手が添えられ、ローヴァンの心拍数が思いがけず上がる。


「あの程度の戯言は気になりません。如何にもいわくありげな女2人暮らしをしていた時の方が、口さがない人は多かったですし」

「…ミカエラ。その村の名前と位置を教えてくれる?」


さきほどまでの自責の念は吹き飛び、ローヴァンに新たな怒りが湧いてくる。


「もう済んだことです。義兄様たちやお義母様たちが一緒にいて下さるのなら大丈夫です」

「勿論だよ。伯爵邸はもうミカエタのおうちだ。好きなだけ…一生いてもいいんだよ? 僕たちとずっと暮らそう」

「はい」


”家族として”だが、おそらくミカエラが描く”家族”と僕たちと父が描く”家族”は少し違う。

僕は”まだそれでもいいか”と思う。

村八分的な生活から少しずつ今の生活に馴染もうとしているのだから、父や兄ほど性急でなくてもいいんじゃないか、と。


(でも心からの笑顔は早く見てみたいかな…)


伯爵邸まではまだ少しある。ローヴァンは笑顔を空想してみようと目を瞑った。

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