第11話 折形
伯爵領に着いた翌日、ミカエラは熱を出した。
疲れや喪失感が一気に出たのだろうとの医者の見立てで、一週間部屋に籠って過ごした。
豪奢な天蓋付ベッド、美しいカブリオールレッグのチェストや鏡台、磨き込まれたテーブルに優美なソファ、葡萄のレリーフが施された可愛らしくも重厚感のあるクロゼット…場違いな気がして気後れするが、他に居場所もない。
何より、廊下にも高そうな調度品があちこちに飾られており、歩くのも緊張するのだ。部屋にいた方が少し落ち着く。
熱で朦朧としている時、マクレガー伯爵も、ジュリエッタ夫人も、義兄たちも見舞いに来て花や菓子、本を持ってきてくれた。
ジュリエッタは子守唄も歌ってくれた。優しい方だ。
後で皆に何か礼をしなくては。
元気になったミカエラは、両端の調度品に気を付けながら朝食室へ向かった。
「ご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんて誰も思ってないさ。疲れている所をこちらの都合で振り回してしまって悪かったね。さ、朝食にしよう」
伯爵に促され、ローヴァンが引いてくれた椅子に座る。
すぐに朝食の品が運び込まれてきた。柔らかいロールパンにカリフラワーのポタージュ、豆とチキンの煮込み…胃の負担が少なそうなものばかりだ。
ミカエラの体調に合わせて用意したのだろう。
「やはり領地の方が豆や野菜は美味しいわね」
「パンはアントンが作ったものが一番美味いな」
料理を楽しむ声が、多くはないが飛び交う。
おもむろに、向かいにいるフレデリックと目が合った。
「本は読めた?」
「あ、はい。読み書きは母に習ったので…面白かったです。物語は母が語るものを聞いていたので、紙で読むのは新鮮でした。ありがとうございます」
フレデリックからは少し子供向けの本数冊を、ローヴァンからはリボンを数巻を見舞い品としてもらっていた。
ローヴァンからもらったリボンはメイドのアネッサによって髪と一緒に編み込まれている。
「月義兄様もリボンありがとうございます。レースで縁取られたリボンが可愛くて気に入ってます」
「良く似合っているよ」
フレデリックもローヴァンもミカエラに微笑みかけるが、対するミカエラはほぼ無表情だ。
嘘を言っているとは思わないが、喜びの度合いが全く見えない。
「いただいたお見舞いのお礼をしたいのですが」
「じゃあ息子のどちらかとけっゴフ!「お礼なんて私と一緒にお茶してくれたらそれでいいわ~」
マクレガーが
「父上と僕たちは折形を少し見せてもらいたいと思っているのだけど…良いかな?」
「はい。そんなもので良ければ…」
「うん、十分だよ。…本当はミカエラが元気でいてくれればそれだけで十分なんだけどね」
麗しい義兄たちの言葉にミカエラは胸を撫でおろした。
(あまり見返りを求めない人たちみたい…搾取されそうになったら逃げなさいって言われてたけれど…よかった)
食事後、早速ミカエラの部屋に3人が入室し、テーブルをはさんで向かいのソファに3人が並んで掛ける。
「作るところから見せてもらえるかな?」
マクレガー伯爵の言葉にミカエラは頷き、両の掌を上に向ける。
淡く光る、薄く真四角に伸ばされた魔力が可視化されていく。
それを近くのテーブルの上に置き、すぐ角を合わせて折っていく。
「この魔力で作った紙は何もしないでいると5秒ほどで消えますが、一度折りたたむと使用するまで残ります」
「紙を折りたたんでいくのが折形なんだ? ちなみにこれは何を作っているのかな?」
「…少し分かり易いものを。時間が少し掛かりますけどいいですか?」
「勿論。見せてと言ったのは僕たちなのだから」
細い指がくるくると動き、どんどん小さく折られ、今度は広げているがこれはどうなってしまうのか。
「ツバメです」
「へぇ…何となく分かる形をしているね
平坦な細工がふわりと光を帯びると、本物と同じような羽やくちばしを持ち軽く体を震わせて飛び立つ。
部屋の中を飛び、クロゼットの上に止まるツバメを見て3人は唖然とした。
「…こんなことが…信じられない」
たかが鳥。だがこのような魔法を初めて見る伯爵は呻くように呟いた。次いでフレデリックが害虫対策でも気になっていたことを訊く。
「まるで本物だね…ずっとこのまま?」
「虫のように小さいものはひと季節の間くらいは本物のように動いてくれます。大きいものになると湯が沸く程度の時間しか持ちません。それと、声は出せません」
「稼働させるには大きさに比例する魔力がいるのかもしれないな…四辺の魔力に戻るのではなく消えるのかな?」
風属性のソーサラーでもあるローヴァンが推察する。
「はい。消えてしまいます」
「ちなみにツバメはどんな時に折るの?」
「近くに水場があるか、集落はあるか、危険な魔物はいるかなどを空から見てもらうのに使います。ツバメが見聞きしたものは、私にも見えたり聞こえたりするのです」
「偵察用か…。エミリオの検知魔法以上の性能になるんだな」
それまで呆然としていたマクレガー伯爵が正気と取り戻し、ミカエラの肩をガッシと捕まえる。
「ミカエラ、ここの生活に慣れて勉強が終わったら…辺境警備をしないかい?」
「へんきょう…けいび?」
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