遥か遠くの君達へ

第1話 プロローグ

 この世は不平等で、天才と俺達は全くの別物で、なにをしても彼等の領域に入り込むどころかその欠片に触れることさえ不可能である。


 俺達が死に物狂いで続ける努力を横であっさりと駆け抜ける天才の影を見た時には、あっさりと心が折れてしまう。


 ならば、もう努力はせず、自分に見合ったそこそこの未来が掴めればそれでいい。


 そんな舐め腐った持論を捨てたのは小学五年生の時だった。




 俺の身近には天才と呼ばれる幼馴染がいる。


 俺が百の努力でようやく会得するようなことを彼女は五の努力で成し遂げる、そんなレベルの天才。元々はよく遊んでいた仲だったが、そんな彼女の隣にいる自分が随分と小さく見えて、近づくに比例して惨めに思えて、いつしか俺の方から離れていった。


 少しマイペースだが友人も多い彼女は、不思議なことに学校が終わればすぐに家に帰るのが常であった。


 彼女との付き合いが無くなりしばらく経った。


 その日はなんだか憂鬱で、俺は町をぶらぶらと歩き回っていた。




 ふと視線を巡らせ、ある施設が目に入った。


 いや、施設というよりかは窓越しに見える中の様子というべきか。数多いる人の中で一人だけに視線が吸い寄せられた。


 そこには天才の彼女がいた。


 いつもの飄々とした様子はなく、汗水たらして必死な表情を見せる彼女の姿がそこにはあった。


 俺は無意識に足を止めしばらくその場で止まっていた。

 立ち止まり、ただただ彼女を見つめていた。


 その時何を考えていたのか詳しくは覚えていない。


 ただ、当たり前のことを忘れていた、考えないようにしていたことに気付いた。


 天才であろうと努力しているということに。


 子供の言い訳が親にバレた時のような錯覚を覚えた。を一気に恥ずかしくなってその場を駆け足で去った。

 あんな姿になるまで自分は努力したことはない。ただ才能が違うのだと努力をしないための免罪符を作って逃げてきただけなのだ。


 自分の未来を正確に分析できていると思い込み、ただただ可能性を潰しているだけに過ぎないことに強引に気付かされた。


 そして一つの結論に辿り着く。


 才能を言い訳にしていいのはまずは彼等以上の努力をしてからだ。まずはスタート地点に行かなければ話にもならないと。





 ◇





 季節は春。


 桜舞い散る快晴なその日、俺は制服に身を包み、新しく入学した国立関東冒険者高等学校へと足を運ぶ。




 冒険者学校。

 その名の通り冒険者を輩出することを主とした学校である。

 現在の西暦は2035年、このおよそ30年前の日、世界各地に【迷宮】という名の遺物が姿を現した。


 その様相は様々で、城のような姿をしたものや雲のような移動型、そして突如として現れる霧の迷宮など全てを上げればきりがない。


 そんな摩訶不思議の遺物。

 すぐに調査団が結成され内部へと侵入した。当時の記録の一部を紹介しよう。


 曰く、

『迷宮内はまるで黄金卿だった。現代では製作できないようなアーティファクトが多数存在する』

『幻想的な光景が広がり、意識が奪われるほどである』


 その発言を肯定するように、持ち帰ってきたアーティファクトと写真が世界中に拡散された。誰もが情報に興奮し、迷宮に行きたいという思いが強くなる。が、続く情報に浮かれた気持ちは現実に引き戻された。


『同時に迷宮内は地獄でもあった。恐ろしい化け物がそこら中に闊歩している』


 150人いた調査団の中で生きて戻ってきた数はたったの8。

 内4人は重傷で他の4人も負傷、なにより精神的なダメージが大きいようだった。


 冒険者とは、そんな危険を孕んだ場所にも関わらず理想を追い求める阿呆共を指す言葉である。


「そんな阿呆がここに一人っと」


 俺こと新界一。

 映像で見た幻想的な光景に憧れ、更には自分の目指す存在になるため冒険者になる道を選んだ馬鹿な男である。


 両親には幾度となく反対された。

 そりゃそうだ。調査団が殆ど全滅するような場所に好き好んで息子を行かせたいとは思わないだろう。


 当然俺も親の気持ちは理解できる。

 だから条件として、冒険者として親に認められるまではC級以上の迷宮には入らないことでなんとか入学することは叶った。


 C級とはなんぞや? という疑問だが、実は迷宮にはE~SSまでの7つの段階が存在する。

 危険度によって割り振られたそれらだが、EとDは比較的安全な迷宮として知られている。E級は冒険者学校に通っている学生が普通に入場することが認められ。D級も比較的優秀な部類の学生であれば入場できる。


 問題はC級だ。


 このレベルになると学生の間に行くのは難しい。本職の冒険者でも中堅以上が行くレベルにまで上昇する。


 ならそこまで徐々に鍛えていけばいいのではと思うのが普通だが、俺は学生の間にC級に行けるレベルまで登りたい。


(そんくらいの気概がないとあいつには会えないしな)


 あいつ、俺の目を覚まさせた幼馴染のことだ。


 一度離れてからまだ一度も話していない。自分から離れておいてどんな顔をして喋りかけられるというのか。もしまたあいつに喋りかけられるとしたら、それは努力であいつに追いついた時だ。


「・・・・・・ま、どんだけ時間がかかるか分からないけど」


 思わず苦笑が漏れる。

 あの天才も同じ学校だ。おそらく目指す場所も同じ。


 そして彼女の実力も以前とは比べ物にならない。現状、その背中に手が届く未来が全く想像できないでいた。




 ◇




 校門を潜る。


 所々におそらくは上級生であろう人達が立っており、新入生の案内をしていた。彼等の案内に従い集められたのは大きなホールだ。


 時間的にはまだ余裕があるが、既に半分以上の席が埋まっている。

 特に席の指定はないようなので後ろの方の席に腰を下ろし周囲を軽く見渡す。


(知った顔がちょくちょく、後は知らないメンツだが、全員やる気に満ちた表情って感じだな)


 楽しい学校生活になりそうだと口角が上がる。


 しばらくして時間がくる。

 マイクの放送と共に周囲が静かになり、壇上に一人の男性が立つ。


「皆さんおはようございます。私はこの冒険者第三高等学校の校長を任されている波瀬はぜ弓弦ゆずる。新しい卵が訪れるこの日が来るのを心待ちにしていました」


(あれが一級か)


 波瀬弓弦、見た目は二十代後半の細身の男性だ。


 彼を知らない冒険者は殆どいないだろう。冒険者には五つの階級があるが、彼はその上から二番目に位置する一級の冒険者。世界人口のおよそ十万分の一の領域に踏み込んだ、紛れもない怪物。


「この場で多くを学びなさい。そして君たちが新風を巻き起こすことを願います」


 簡単に挨拶を終え波瀬校長が下がる。


 次いで、生徒会長の女生徒が新入生に挨拶を済ませる。彼女もまた有名な人物であり、その容姿から呆けたような声が周囲から聞こえたが、俺は高まり続ける高揚感に満たされそんな場合ではなかった。


 しかし、すぐに意識は正常に戻される。


「新入生挨拶。新入生代表、音無蕾」


「はい」


 覇気はない、それでもその声は俺の感情を大きく揺らす。

 あらかじめ決まっていたのだろう。前席から立ち上がった少女が壇上に上がっていく。


 ウルフカットの透き通った青い髪。

 ここからでは見えないが翠の瞳は眠たげに潤んでいることだろう。


「暖かな風に誘われ桜の蕾も開き始め、私達・・・・・・」


 音無おとなしつぼみ、俺の幼馴染。


 俺の心を挫き、そして再起させた女。


 正真正銘の――天才。

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