32. 根付いた体質
海渡は立派な正門に立って、そこから伸びる道を眺めた。正面にあるのが高校の本校舎で、その左側に中学校の校舎が佇む。
学生時代にいい思い出なんてなかった。あの事件があってから小学校に通うことができず、中学生になってやっと通学するようになった。それでも、謙人と佑のような友人ができることはなかった。
大切な誰かを失う経験は二度としたくない。深層心理が人と親しくなることを避けてきたのかもしれない。
周りの学生たちも、教師も海渡の過去を知っていて、腫れ物に触るように接した。それがまた、海渡を孤立させる要因になった。
高校までは卒業したものの、その後、峯山と紅音といろいろあって警察という組織に足を踏み入れた。
楽しそうに友人や恋人と歩いている学生を見ると、自分にもそんな人生があったかもしれないと思うことがある。どれだけ願っても時間は戻らず、二度と手に入らないものだとわかっているのに。
「海渡、どうした? 行かないのか?」
「行くよ」
光正中学校、高等学校の敷地に入った海渡の隣を峯山が、その背後を雪平が歩く。
普段は放任されている峯山だが、最近の行動が自由すぎたために監視役をつけられた。
四ノ宮雪平は峯山と同じ警視庁捜査一課の刑事であり、階級は警部。父親は警視副総監というエリート街道を突き進む男だ。
残念なのは、彼が捜査員としての能力に欠けること。まだ若い彼は現場で経験を積むようにと捜査員をしているが、その場所は彼に合っていない。無理して成果を上げなくてもいずれは父親の力で出世するだろう。
そんな彼を妬む人物はきっと一定数存在する。
私立の学校は設備が非常に整っていて、正門を入ってすぐに警備員が常駐している建物があった。ガラス戸の受付になっており、峯山が警察手帳を示して立ち入り許可証を受け取った。
「中学校はあっちだな」
中高で建物が分かれているので、前回紅音と咲良が訪ねた高校とは別の建物を目指した。
対応した警備員が職員に連絡を入れてくれるとのことで、玄関を入るとすでに職員が待機していた。若い男性は事件のため警察が来ることをすでに覚悟していたのだろう。事前に打ち合わせをしたかのように手際よく応接室に通された。
今頃紅音たちは病院で被害者の少女に話を聞いているだろう。もしかしたら、何か情報を手に入れてこの学校に来るかもしれない。
海渡の提案で光正中学校を訪ねたのは被害者についての情報を得るためだが、彼が現場をトレースしたときに気になることがあったからだ。
理由のない無差別殺人であれば、後先考えずに広い場所で暴れることが多い。目的がひとりでも多くの人を殺害することであれば、あんな狭い路地でたった三人だけを狙うだろうか。
もちろんその可能性もなくはないが、犯人は三人の少女を刺してすぐに逃走した。標的が彼女たちでなければならない理由があるかのように思えた。
すべては海渡の憶測であり証拠は何もないが、この違和感を排除しなければ正しい捜査ができない。
応接室に通された海渡たちは対応する責任者が来るまで待つことになった。掃除が行き届いた綺麗な室内に、高級そうなソファや机がある。学費が高い分投資ができるのだろう。
「二永くんは被害者の三人に何か襲われる理由があったと思うのか?」
「かもしれない」
「それが事実ならば、確かにこれは単なる通り魔じゃなくなるな」
「まあ、話は峯山さんに任せるよ。俺はそういうの苦手だし」
関係者や一般人への聞き込みはすべて峯山に任せている。海渡は初対面の人間と話すことが苦手だった。あの事件が関係しているのか、もともとそういう性格なのかは、今となってはわからない。
捜査員であれば致命的な弱点であるが、海渡はそれを余りある才能で補っていた。
「失礼します」
四度ノックがあってゆっくりと扉が開いた。室内に顔を出したのは中年の男性と若い女性だった。おそらくは校長か教頭あたりの責任者と、被害者の担任教員だ。
「警視庁捜査一課の峯山です。こちらは二永と四ノ宮。こんなときに突然お邪魔してすみません」
「いえ、いずれ警察の方が来られることはわかっていました。とても残念です」
「心中お察しします」
中年男性の疲弊した様子を察した雪平が見舞いの言葉を述べた。こういった気配りは峯山や海渡より、彼の方が秀でている。
「私は教頭の
教頭である則本に紹介された深田は表情を強張らせて緊張した様子で座った。背筋を伸ばし、何かに怯えているような態度だ。
「早速ですが、被害に遭った生徒さんたちのことを教えていただけますか?」
峯山の問いかけに則本は、深田に説明するように指示をした。日頃から身近で見ている彼女の方が生徒を詳しく知っていることは自然なことだ。
「高木さん、根岸さん、上谷さんはとても仲がよくて、いつも一緒にいます。明るい性格でクラスでも目立つ存在で、交友関係も広いと思います」
「例えば、異性交友などはどうでしょうか? 中学生なら交際相手がいても不思議ではないと思いますが」
「学校の外まではわかりませんが、少なくとも校内にそういう相手はいないはずです。彼女たちはなんというか、その・・・」
深田が何を言いにくいことがあるのか、言葉を濁して止まってしまった。室内が静寂に包まれたとき、雪平が口を開いた。
「教師の立場として言いにくいことでもこの場では構いません。我々は言葉を悪いように受け取ってあなたを責めることはありませんから」
「彼女たちは容姿が整っていてスクールカーストでは上位にあたるので、目立たない生徒に意地悪をするようなこともあったようなんです。私の前ではしないので直接見たことはありません」
「虐めがあったということですか?」
雪平はオブラートに包んだ深田の言葉に勢いよく水をかけて溶かしてしまった。
「いえ、虐めなんて。ちょっとした悪戯ですよ」
慌てた様子の則本がすぐに雪平の追及をかわした。則本がたいして暑くもないこの部屋で汗を拭う姿を見て、何かを隠していることはすぐにわかった。
雪平はそれを好機と捉えてさらに則本に口撃を加える。
「そのちょっとした悪戯とは、具体的にどのような行為だったんです?」
「詳しいことはわかりません」
「わからない? 深田先生の前でしなかったということは、他の生徒からの報告があったということですよね。であれば、普通は具体的に何をしたのかを聞いて、内容によっては対応しないといけませんよね。調査を一切せずにただの悪戯だと教師側が決めつけても、されてる方にとっては苦痛なことだったかもしれませんよ」
雪平がいつもと違って強気に攻めていく姿を見て、峯山は彼を制止すべきか悩んだが、この場は彼に任せてみることにした。やりすぎると警察に苦情が入るが、そんなものは慣れっこだ。
それよりも、普段の雪平と様子が違うことが気になる。
「生徒がひとり、不登校になりました」
「深田先生!」
深田が小声で話した内容を知られたくなかったのか、則本が大声でかき消そうと試みたものの、すでに彼女の言葉はこちらに届いた後だった。
「私のクラスで問題が起きたのに、私は何もできなかった! それどころか、生徒が虐めに苦しんで自殺未遂をしてしまったんです!」
「深田先生、黙りなさい!」
則本が深田の肩を強く掴んで身体を揺さぶった。
「黙るのはあなたです。そんなことを知っていながら、学校は事実を隠そうしたんですね?」
雪平の質問に深田は頷いた。両手で顔を覆ってしくしくと後悔の涙を流しながら、肩を上下に揺らす。
「則本さん、詳しい話、お聞かせ願えますか?」
初めてかもしれない。雪平が刑事としてここまで相手を圧倒したのは。
海渡の望み通りにことが進んだわけではないだろうが、峯山が隣に座る彼の顔を見ると、確かに微笑んでいた。
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