SPIRITRACE
がみ
プロローグ
意味と使命
ひとりの男が小学校のグラウンド沿の歩道に立っていた。
東京都内だが都心のようにビルが乱立しているわけじゃなく、公共交通機関は不便なことはないが、都会ともいえない住宅地の中にあるその小学校は、彼にあれから十五年の月日が流れたことを感じさせた。
何も考えずに毎日をただ楽しんでいたあの頃はまだ遠い記憶じゃないようだ。
身長は伸び、顔つきも少なからず大人のそれになったのに、心はいつまでもこの場所に置き去りになっている気分だった。
男はフードが付いた黒いロングジャケットを着ており、その歩道を眺めた。かつて、毎日歩いて通っていた歩道だ。
グラウンドの奥には校舎があり、敷地と歩道の境には電柱と同じ高さがある緑のネットが張られ、ボール遊びをしていても外にそれが出ることはない。等間隔に並んだ電柱にワイヤーが張られ、そのネットはどれだけ押してもそれ以上の力で押し返してくる。
まだランドセルを背負って、毎日友達と馬鹿な話をしていた当時、彼もまた無邪気な小学生だった。
誰もがそうやって成長して、いずれ大人になってあの頃はどうだったと成長した同じ面子と酒を交わして盛り上がる。ほとんどの人はそんな経験を経て過去を懐かしく思うのに、彼にはそれができない。
小学生の頃、仲のいい友達がふたりいて、必ず彼らと三人で登下校をした。そのふたりとは、もう会うこともない。
正確にいえば、彼らは会えない場所に行ってしまった。
あの日、事件は起こった。
いつまで、この光景は俺の目に映るんだろうか。
何度瞬きをしても、それは消えない。包丁を片手に狂った形相で下校中の子供たちに襲いかかる若い男。
かけている眼鏡に飛んだ血が、彼の表情をさらに歪んだものに見せる。
首や腹から血を流してその場に崩れ落ちる子供たち。
グラウンドで遊ぶ子供たちは悲鳴を上げて先生を呼びに行き、校門から刺股を持って男性教師が三名叫び声を上げながら駆けつける。
男は奇声を発しながら捕らえられ、通報を受けた交番勤務の制服警官がふたりで男を現行犯逮捕した。
その出来事は、まだ社会やこの世界を理解していなかった子供の命を理不尽に奪った。
なのに、俺だけは助かった。
腹を刺され、朦朧とする意識の中で俺は何を思っていただろう。
命が尽きる直前、人は走馬灯を見るというが、まだ生まれて十年ほどの子供たちに懐かしむほどの記憶があっただろうか。
これから長い人生を歩むはずだった者たちは、覚悟する時間も与えられずにその生涯を閉じた。
刺されたときの痛みはもう覚えていないが、瀕死だった俺に声をかけ続けたあの女性警察官の涙は脳裏に焼き付いている。
この命が救われたことに意味はあるのか。
正しい答えなど見つかるはずがない。
だけど、命ある俺にできることは、理不尽に奪われた命の無念を晴らすこと。
きっとそのために、この力は目覚めた。
だから、俺は追い続ける。
この命がある限り。
男はかつての凄惨な記憶に背中を向けて、その場所を離れた。
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