Ep.2 初雪

 「あ、」

「遅いんだけど」


 アパートの玄関前。

 しゃがみこんだ、大学の同期の彼は、寒そうに両手を擦り合わせながら、ジトッとした目で私を見た。


 「今日、私、飲み会」

「21時に終わるって言ってたから、それから行くって返した」

「うそ! ごめん、見てなかった」


もう一度、ごめんね、と返しながらスマホを確認する。彼の言った通りのメッセージが、22時という今の時刻の下に通知として表示されていた。


 「雪も降ってきたしさぁ……もうちょっと遅かったら俺トーシしてたわ。早く鍵開けて」

「お湯すぐ沸かす。昨日ココア買ったから飲も」

「おー」


 コートのポケットから鍵を取り出す。廊下を照らす蛍光灯がチカチカと音を鳴らし揺らいでいる。かじかむ手で握った鍵はうまく鍵穴にささらなくて、痺れを切らした腕が後ろから伸びてきた。


ひどく冷たい手に触れられて、心臓がばくりと跳ねた。マフラーに口許を埋める。小さく鳴った喉は、きっと「さみぃ」と身体を揺らしながら連呼する彼にはバレていないだろう。


「ちょっと。そっちも手、めっちゃ震えてんじゃん」


ハハッと笑ってみせる。


「1時間も極寒の地にいたら手くらい震えるわ」

「っていうか、今日、初雪じゃない?」


だなぁ、と後ろで笑う声は近い。きっと彼の白い吐息は私に当たり、解けていく。きゅっと鳴る心臓と一緒に目を閉じれば、やっと鍵が開く音がした。


 離れていく手が名残惜しいのにホッとする。


 寒空の下、1時間も私を待つくせに。

こんな時間から二人きりの部屋で過ごすくせに。

初雪だって一緒に見るくせに。


 私たちは恋人でも何でもない。

触れた手にドキドキするのはきっと私だけだから、勘違いしないように誤魔化していく。


 踏み出す勇気のない私は、粉雪が地面に落ちて跡形もなく消えていくように、恋心を誤魔化していく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る