魔王先生 が あらわれた! ~孤児院を開いた最強魔王、子どもたちを酷い目に遭わせた連中へ鉄槌を下す~

和成ソウイチ@書籍発売中

第1話 ゴミクズどもに最悪のエンカウントを


 とんでもないが現れた――と、ヌヴァヌ・ツェーリ男爵は思った。


 深夜。こぢんまりとした領主の館。小綺麗だが広いとは言い難い一室。

 そこに今、三つの人影があった。


 ひとつは、領主の服装をまとった小太りの男――ヌヴァヌ男爵。腰を抜かし、床にへたり込んでいる。

 ひとつは、全身を黒いローブで覆った仮面姿の者。ローブ越しでもわかる身体の凹凸から、女だとわかる。


 そして最後のひとつ。


「夜分に失礼する。ゴミクズの偽領主殿」


 同じく黒ずくめで仮面姿の、大柄な男。

 男がまとうローブは、夜空をそのまま切り取ったかのように滑らかで深い黒だった。身長百九十に迫ろうかという体躯が、まるで闇夜の奥に潜んでいるように感じさせる。それでいて威圧的で、隙がない。立っているだけで、相手の自由意志を粉砕してしまうほどの――。


 なにより。

 仮面の隙間からのぞく瞳が異様だった。

 男爵をじっと見下ろすそれは、禍々しい深紅に輝いている。


 赤い瞳は『魔族』の証。


 とんでもないモノが現れたと、男爵は思った。同時に――ほんの少しだけ、安堵していた。


「あんたら……だろ? 


 そう告げると、男爵は自らの顔に両手を当てた。直後、黒い魔力がすすのように舞い、男爵の顔と体型が変わっていく。

 細身。ずる賢そうな顔付き。尖った耳に、赤い瞳。


「お、御見込みのとおり、俺も『魔族』さ。間抜けな領主とすり替わっていた。こうするとなにかと便利なんだ。も、もちろん、本物の領主はもう生きちゃいない。俺が偽物だとすぐバレちまうからな。ハ、ハハ……」


 仮面の男は、微動だにしない。ヌヴァヌ男爵に変身していた魔族の額に、汗がにじむ。


「なんなら、あんたらのために人をさらってこようか? 子どもがいい。あいつらの魂を喰えば、かなりぜ。能力低下なんて一発で解決だ。あんたも困ってるんじゃないのか? ん?」


 仮面の男の視線が、険しさを増す。魔族は身を乗り出して訴えた。


「今の俺はヌヴァヌ男爵で、この辺りの領主だ。その気になれば、子どものひとりやふたり、すぐに貢がせることができる。わざわざ見つかるリスクを冒さなくても、簡単に力を取り戻せる。な? 俺を信じて任せてくれよ! 絶対、あんたの役に立つ!」


 魔族は、機嫌を取ろうと必死だった。

 ちらりと、彼は自分の左側を見る。


 床と壁に大穴が空いていた。まだ焦げ臭い。仮面の男の魔法によって、一瞬で蒸発してしまったのだ。

 魔族は唾を飲み込んだ。冗談じゃない。こんな化け物相手に、命がいくつあっても足りやしない。どうしていきなり乗り込んできたのかわからないが、ここはなんとか切り抜けるしかない。


「じゃあ……宝か!? あんたらもお宝が目当てなんだろ。そうなんだろ? ああいいとも。お近づきの印だ、持っていきなよ。お、俺はもう十分採取したし、。今日にでも魔界に帰ろうと思ってたんだ。さあ、ほら」


 魔族は懐から赤色の鉱石を取り出し、仮面の男に差し出す。媚びた笑みを貼り付けたまま、逃げ出す機会を慎重にうかがう。


 ――が。


「……へ?」


 気がついたときには、魔族の腕は肘から先が吹き飛んでいた。

 いつ、なにをされたかわからない。

 赤色の鉱石は、部屋に空いた穴から空しく落ちていった。


「ぐ――おおぉぉおおぉっ!?」

「我が欲しているのはそのようなガラクタではない」


 仮面の男が近づいてくる。そして、魔族の胸ぐらをつかんで持ち上げる。


「貴様のようなゴミクズに我が望むのは、たったふたつだ」

「ふた、つ……?」

「ひとつ。貴様が人間世界に来て喰らった子どもの魂だ。

「返す……? あんた、魔族のくせにいったい何を言って――」


 皆まで言わせず、仮面の男の手が魔族の胸にめり込んだ。そしてすぐに引き抜かれる。

 男の手には、白く輝く小さな火の玉が握られていた。

 魔族が、こちらの世界人間世界で喰らってきた、人間の魂の集合体である。


 活力の源を失い、がっくりと頭を落とす魔族を、仮面の男は無造作に放り投げた。


「そしてもうひとつ。貴様ゴミクズがこの世から消えることだ」


 空いた手を、魔族に向けて掲げる。

 おぞがするほどの力が、仮面の男の周辺で渦巻いた。魔族はただ、歯を鳴らして命乞いすることしかできなかった。


「た、助け――」

「これは制裁だ。消えろ」



◆◇◆



 ――『魔族』。

 それは、魔界という『人間世界とは異なる場所』からやってきたモノたち。


 魔族は己の力を高めてくれる『宝玉』を求め、人間世界に来る。ぶしつけな冒険者のように。

 そして、人間世界で本来の能力を発揮するために、人間の――特に幼い子どもの魂を好んで喰らう。ろくな装備も持たず現地調達に頼る冒険者のように。


 魔族とはいわば、人間世界というダンジョンをあさる冒険者である。


 だが、ここに。

 最強の魔王とも称される魔族でありながら、子どもたちを護り、育て、時には同族に対し苛烈な制裁まで行う者がいた。


 これは、亡き恩師の遺志を継いだひとりの魔王が、自らの正体を隠しながら、子どもたちのため、その強大な力をもって鉄槌を下していく物語である。

 

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