第21話 救命胴衣

 小学校では泳げなかった私だが、高校生くらいになると水泳が得意になった。


 水泳が得意、というより、浮くのが得意になった。


 沈まなくなったのだ。


 胸がデカくなったのである。


 あぶらは水より軽い。デカい胸は浮く。


 私は、天然の救命胴衣をけているも同然になった。


 海に行ったとき、私がろくに手足を動かしていないのに、ぷかぷかと垂直に水に浮いているのを見て、水泳部に入っている友達が「マジか?!」と驚いたほどだ。


 サメのいない暖かい海なら、タイタニックになっても、私はきっと、最後のひとりになるまで浮いていられる。


 誤解しないで欲しい、私は自慢をしたいのではない。


 救命胴衣が必要なのは、人間、タイタニックになった時だけだ。


 陸で生活する時も救命胴衣を脱げないのだ、と想像してみてほしい。


 うっとうしいのだ。水中ではないので重いのだ。肩がこるのだ。


 友達に「あんた今、机に胸、置いてたやろ」などと言われるのだ。


 スーツを買うとき、スカートと上着、別々のサイズになってしまうのだ。


 高校の、冬の寒い体育の授業で、皆が猫背になって身を縮めていると、体育教師が


「こんなくらいで縮こまるな! みんな胸を張れ!」


 と言うから、その通りにしたら


「おまえはそんなに、張らんでもいい……」


 と、ボソッと言われて、傷つくのだ。


 陸の救命胴衣は、クセモノ! である。

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