第39話『次女』
一人目が追放されてから二分と経たないうちに、二人目が来た。
「お話して大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
通話アプリを操作して、しろさんが声をかける。
答える声は、がるる先生よりも少し幼かった。
「諸君、わが名はマオ・U・ダイである」
「あ、マオ様来てくださってありがとうございます」
「うむ、来たぞー」
【マオ様じゃん!】
【銀髪コンビきちゃ】
銀色の腰まで届く髪、山羊のような、ねじくれた漆黒の双角。
服装は、マフィアが着るような黒く重厚なコートだが、サイズがあっていないためにぶかぶかになっている。
ワインレッドの瞳は大きく、引き込まれる。
背丈は、小さい。
確か、しろさんよりも小さく、線も細い。
人外ゆえに実態はともかくとして、見た目の年齢は、十二歳くらいに見える。
マオ・U・ダイさんは文字通り大魔王系Vtuberであるらしい。
彼女の所属している企業のホームページによれば、「魔界から地球を征服しにきた大魔王。地球征服のため、同志獲得と広報活動に精を出している」という風に書かれている。
実際、普段の振る舞いは尊大かつ、口調は大仰で、まさに大魔王という言葉がぴったりだった。
ただし。
「あの、声大丈夫かな?音量大きすぎたりしない?」
「あっ、大丈夫ですよ。今くらいのボリュームで話していただければ」
「わかった。じゃあ、改めて一周年おめでとうございます」
「ありがとうございますぅ」
【草】
【全然大魔王らしくない会話で草】
【企画が破綻しないように、真面目に考えるマオちゃんかわいい】
【いい人やん】
「あの、マオ様って本当にいい人ですよね」
「おいやめろやめろ」
「以前コラボをしたときも、スケジュールの調節を積極的にしてくださって」
「んー?いや、記憶にないけどね」
「じゃあ、チャットの履歴視聴者のみんなに見せてもいいですか?」
「ねえ本当にやめて、企画の趣旨上大声でキレ芸できないから……。リアクション取りづらいから」
打ち合わせの通話を聞いていた時も、こんな感じだった。
彼女には、おそらく裏表というものがない。
だから、メタ発言というか失言がそれなりに多い。
一方で、素直に相手を気遣う性格が表に出ており、「いい子」「優しい魔王様」などとも呼ばれている。
魔王でありながら、魔王っぽくないとファンから言われるのもそれゆえだ。
だが、その飾らない姿がファンから愛されている所以でもある。
徹底して冥界の女子高生を演じるロールプレイ主体の永眠しろさんとは対極だが、そんな二人がこうして話したりするのもまたVtuberというコンテンツである。
Vtuberの在り方は多様だからね。
「まあ、一応『がるる家歌リレー』は一大企画だったからね。そりゃあ姉として色々やったりもするさ」
「マオ様は、がるる家次女ですもんね」
羽多さんが長女で、マオ様は次女。
そして、まだ来ていないもう一人が三女で、しろさんが四女となっている。
「そうだね。あ、我はお姉さまとか呼ばなくていいよ。マオ様って呼ばれてる方が好きだし」
「わかりました、お姉さま」
「ん?わかってなくね?全然我のこと敬ってなくね?」
【草】
【ちゃんとプロレスしてて草】
【羽多ちゃんとは全然接し方が違うけどこれはこれでよいよね】
「そういえばさあ、トークデッキとかってないの?」
「ああ、一応用意してますよ」
さっきは全く使わなかったが、一応しろさんも凸待ち定番の会話デッキなるものは用意している。
凸待ちというのは、会話がメインなわけだが、誰しもが多数の相手とコミュニケーションを円滑にアドリブで行えるわけではない。
なので、予めトークテーマをいくつか考えて、準備しておく。
これがトークデッキである。
「『永眠しろの第一印象と今の印象』」
「定番だな」
「あはは、定番ですね」
一番スタンダードなトークテーマだった。
まあ、いきなり冒険する必要もないよね。
羽多さんやがるる先生と違って、一対一で話したことはほとんどない相手だし。
「似ているって、思ったかな」
「……似ている、ですか?」
「まあキャラ的に、ね。ほら、死神も魔王もどっちも闇属性っぽいじゃん。あと、結構初配信を観る限りでは口調もちょっと偉そうだったし」
「確かにそうですね」
第一印象だとそういうものかもね。
実際は、そこまでキャラクターとして似ているわけではないのだけれど。
魔王様でござい、というマオ様の口調と、リアルの言葉遣いそのままの少し突き放したようなしろさんの物言いも少し違う気もする。
とはいえ、似ているとは言われればそうかもしれない。
ただ、しろさんの関心はそこにはなかったようだ。
「あの、初配信って結構昔から、見ていてくださったんですか?」
「昔というか、存在自体はSNS開設した時点で知ってたよ」
「……ちゃんと調べてるんですね」
がるる先生から知ったという線もたぶんない。
彼女は、自信の影響力を恐れてしろさんの宣伝はほとんどしていなかったらしいから。
だがしかし、マオ様はあくまでも自力で調べてたどり着いたということであろう。
普段から、Vtuberにどんな人がいるのかをリサーチしているのだろうな。
だから、無名の個人勢であるしろさんの存在も察知しているのだろう。
「初配信も観てたよ。その後のASMR配信もリアルタイムでね?」
「え?み、みていたんですか?」
しろさん、めちゃくちゃ動揺している。
まあ、初配信から見られていたというのであればそうなるかな。
もはや緊張で声も体も震えている。
それはそうだろう。
登録者数五十万の、一年以上しろさんよりも早くデビューした大先輩が。
自分のことを、初期から見てくれていたというのだから。
「それ、なんで裏で言ってくれなかったんです?」
「いやまあ、単純に言いそびれたんだよ。あと、ASMR観てますって本人に言うの恥ずかしいじゃん」
「ところで、今の印象は?」
「うーん、まあ全然違うよねって思った。私はASMRとかやらないし」
「なんでやらないんですか?」
声を潜めたまま、しろさんは問う。別にそういう意図はないんだろうが、内緒話をしているみたいでどきどきする。
というか、そう考えると私ぬすみぎきしているポジションになっている気がする。
「いや、だって、その、恥ずかしいじゃん」
『「今なんて?」』
私は、そしてしろさんは何をマオ様が言っているのかわからなかった。
「恥ずかしいって、何がですか?」
「ASMRをやるのが」
「……どこがですか?」
「いや恥ずかしいだろ普通に考えて!」
【そう言えば、しろちゃんが普通にやってくれるから忘れがちだけど、ASMR恥ずかしいっていう人一定数いるよね】
【ASMRに限らず、ガチ恋向けのコンテンツは抵抗ある人も多い気がする】
【確かに、しろちゃんがASMRそのものに照れてるの見たことないかも。褒められて、とかはともかくとして】
「そんなにさ、ASMRっていいわけ?」
「めちゃくちゃいいですよ。人を癒してるっていう実感がわくのが最高です」
「あー、まあそれはちょっとわかるかも。私も、視聴者が元気になってくれたらうれしいし」
しろさんの言葉には、嘘がない。
収益すらどうでもいいと考える彼女にとって、配信活動というのは人を癒すという理想の体現に他ならない。
企業に所属するタレントである以上、利益を求めていないと言えば嘘になるだろう。
だが、それでも一人のVtuberとして、マオ様にも共感できる部分らしかった。
「じゃあ、ASMR今度やりましょうか」
「えっ」
【あっ】
【ロックオンされてて笑う】
【うちのしろちゃんが済みません】
【ASMRのことになるとちょっとタガが外れちゃうんです】
コメント欄にも指摘されているが、しろさんはスイッチが入る。
普段の早音文乃さんから、永眠しろさんへと切り替わるのだ。
だが、それとは別にもう一段階スイッチが入っている。
それは、ASMR配信をするときだ。
ASMRに対して並々ならぬ情熱を注ぎ込んでいるしろさんは、ASMRになると羞恥心というものがなくなる。
それこそ、私に対して耳舐めをしても羞恥心を一切感じないくらいには。
配信外で、私にその、キスをしたときは顔をトマトにして照れるというのに。
「い、いやでも我はやり方とかわからないしさ」
「今度、内に遊びに来てくださいよ。全然教えますよ?私でよければですけど」
「じゅ、需要もないと思うな。我、そういうのやったことないし、シチュエーションボイスとかもほとんどまともに販売してないし」
「うーん、コメント欄見ると、そうではないみたいですよ」
コメント欄に、視線をやるとそこには。
【#ASMRしろマオ様】
【#ボイス出せマオ様】
【しれっと家に誘ってるの強すぎない?】
【しろちゃんがどんどんコミュ強になっている……。これが成長か】
【二人のASMRが聞いてみたいな】
いや、めちゃくちゃ望まれてるじゃんマオ様。
「う、うーん。そういえば、セリフリクエストをやってるんだよね?」
「そうですね」
「じゃあ、『お姉ちゃん、いつもありがとう』って言ってもらってもいい?」
少しの間隔を開けて、緊張から息を吸って、吐いて。
きっとしろさんは、心から言葉を口にした。
「いつもありがとう、お姉ちゃん」
「んふっ」
【あっ】
【いい……】
【俺女の子になるわ】
「最高だったよー、さっすがASMR系Vtuber」
「マオ様もASMRやらないんですか?逆に私を妹扱いするセリフとか、言ってほしいんですけど」
「う、い、いやそれじゃあもう終わりでいいかな?」
あ、完全に逃げようとしていた。
「では、次回のコラボはASMRということで」
「おいおいおいおいちょっと待ってくれよ」
「何か問題でも?」
「……ノープロブレム」
「あと」
「何ですか?」
「一年間、見守らせてくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
そうして、通話が終わった。
大魔王は、彼女に感謝と激励を残して、立ち去った。
「あっ、また通話がかかってきたね」
そして、次の来客が来る。
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