第28話『カラオケデートをしよう』
私が、早音家の外に出ることは滅多にない。
自分で出るための足がないから文乃さんに出してもらうしかないのに加え、精密機械である私を傷つけずに運ぶのにも準備を要する。
他のVtuberについて正しい情報を持ち合わせているわけでもない私だが、それでも自分のダミーヘッドマイクを持ち出して出かける文乃さんのようなことをする人はいないだろう。
とはいえ、文乃さんと私の関係性はかなり特殊だ。
デートをするためなら、常識なんて何のそのである。
因みに、今日のデートは、一応私がナルキさんにデレデレしていたことへの埋め合わせとなっている。
まあ、別に埋め合わせ関係なく文乃さんが望めばいつでも行くけどね。
多分だけど、私が精密機械だしそこまで頻繁に連れ出すのもなという意識があるのかもしれない。
だから、何かしらのきっかけがないと連れ出せないということなのかも。
今日も今日とて、梱包材と箱に包まれて私はリムジンで運ばれる。
運転手である内海さんと、メイドさんが一人同行してる。
というか、二人がそばにいることが
『久しぶりのデートですが、楽しみですね』
「そ、そうだね!ていうか、はっきりというのはちょっと恥ずかしいんだけど」
文乃さんの顔が、うっすらと赤くなる。
いじめなどが原因で、恋愛経験の皆無な文乃さんは初心だった。
「君も歌ったりしたい?」
『いえ、全然……。正直、歌う機会が全然なかったので』
人生で、カラオケというものに行ったことはある。
あるが、それは会社の付き合いで行かされたもの。
歌うことより、歌ってもらうこと、つまりは接待がメインだった。
就職以前は、遊ぶ機会もほとんどなかったしね。
普通に考えれば、カラオケなんて安い方なのだろうが、当時の私にはそれすらも高かったんだよね。
『何か歌いたくなるような曲があるんですか?』
「あるよ、最近見始めたアニメのオープニングとか。ほら、これこれ」
文乃さんは、スマートフォンの画面を見せてきた。
アニメソングは、一話までしか流さないことが多々あるので、しっかり全話見ていたとしても後半の歌詞は知らないという人も珍しくない。
事前に歌詞を調べて歌おうとする姿勢は、正しい。
それにしても。
文乃さん、こんなに歌に積極的な人だったっけ?
あんまり歌うことってないんだけど。
永眠しろさんとしての活動も、ASMRと雑談、あとはゲーム配信がメインである。
歌枠など、やったことは一度もない。
それこそ、コラボ相手の中に歌を中心に活動を行っている人がおり、その人にも歌枠を行うように勧められたがやんわりと断っていた。
視聴者にも、歌枠を望む声はあったが、未だに実行していない。
どうも、歌にはさほど自信がないということらしい。
前に一度カラオケに行ったときは、確かに音程はずれまくりだったし、リズムもあっていない。
お世辞にも、うまいとは言えなかった。
声はきれいだし、そもそも音程とか関係なく文乃さんが一生懸命歌っているだけで私は好きだけどね。
多分、視聴者も納得してくれるんじゃないだろうか。
まあ、ただの勘なのだが。
◇
「そういえばー。最近その曲ラジオで聞きましたね」
「お、そうなんだ。というか、ラジオとか聞くんだね」
「聞きますねー。折角なんで、文乃さまも聞いてみたらいいと思いますよ?」
「うーん、私普段アニメとか動画とか、映像作品ばっかり見ているんだよね」
今日同行しているのは、メイドの一人こと火縄さん。
メイド三人の中では、一番若く、ポニーテールと細い目が特徴的だ。
性格的には、かなり緩く、距離感も比較的近い。
あと、細かいこともあんまり気にしないタイプみたい。
何しろ、傍から見れば文乃さんはずっとうんともすんとも言わないマイクを運ばせておいて、ひたすら話しかけている痛い人間である。
文乃さんが、ひたすら私に話しかけていることには頓着せず、音楽について話していることだけを聞き取って、その音楽について話す。
なんというか、ボケた人に対する対応と同じものを感じる。
◇
ともかく、カラオケに到着。
以前にも行った、かなり遠いかつ大きな駅前にあった。
カラオケで二人分の料金を火縄さんが払ってくれる。
ちなみにだが、彼女たちはその場にいた人たちからチラチラ見られていた。
火縄さんが、クラシカルメイド服を着ていたというのが一つ。
内海さんが、執事服をびしっときめていたオシャレなイケおじだったというのが一つ。
文乃さんは地味な私服を着ているものの、私が入るような巨大な箱を持っているのでそれはそれで目立っている。
あと、文乃さんはかわいいので、それもあるかもしれない。
ひいき目かもしれないが、正直テレビで見る女優さん達とかよりもずっと綺麗で、可愛いと思う。
カラオケ三人分の料金を払い、内海さんと火縄さんは部屋の外、受付の辺りで待機することに。
二人とも、彼女の安全のために、部屋内で待機したそうだったが、文乃さんが「デートだから」と頑なに拒んだ結果である。
妥協案として、いつも通りGPSをオンにして、なおかつそれとは別に盗聴する。
何かあれば、二人が突入する。
まあ、二人とも文乃さんを心配してのことだからね。
仕方がないね。
「さて、歌おうか」
『そうですね』
あれ?
今、なんて?
「せっかくだし、君にも歌ってほしいんだよね」
『いいですよ』
まあ、彼女が喜ぶならそれもいいだろう。
私も、文乃さんがセットした音楽を一緒に歌うことにする。
まあ、あくまでも今日は埋め合わせ。
そうでなくても、お姫様のために尽くすということは道化師の前提条件だ。
しばらく、共通で知っていた音楽を歌った。
『……そういえば、なんですけど』
「何?」
『いや、何で歌を歌い出したんだろうって。結構楽しそうだし』
あんまり歌いたがってなかったのに。
今日は妙に楽しそうだったから、つい聞いてしまった。
「楽しそうなのは君がいるからだけどね」
『…………』
そういわれると、なんだか恥ずかしい。
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