第4話『金野ナルキのASMR』
配信内容を見たければ、U-TUBEのチャンネルを見たほうがいい。
チャンネルではアーカイブの一覧を見ることができるために、普段どのような配信を行っているかがすぐにわかるし、どの程度の頻度で行っているかということが分析できる。
一覧をざっと見て、しろさんは結論を出した。
「やっぱり、ASMRが中心の活動みたいだねえ」
『そうですね』
一応、活動方針が似ている、ということはSNSのプロフィールを見て知ってはいた。
が、具体的にどの程度の割合なのかは知らなかったし、そもそも本当にASMRを頻繁に行っていたのかどうかも確認していなかった。
配信のアーカイブを見ると、その三分の一くらいはASMRである。
割合としては、一見すると彼女に劣っているように思える。
しかし、それは彼女がASMRを軽んじているということではない。
コラボやゲーム配信などを行っている結果として、割合が少し減っているだけ。
文乃さんは、ヘッドホンをつけてASMR配信の中の一つをクリックする。
「あれ、これ見れないや。メンバー限定なのかな」
『そうみたいですね』
U-TUBEは基本的に動画を無料で見れるコンテンツだ。
だが、何事にも例外はある。
メンバーという制度は、その中の一つだ。
チャンネル主が設定した金額を月ごとに収めることによって、メンバーになることができ、特典を得られる。
特典は、主に二つ。
一つは、チャンネル主が設定したスタンプをコメントで使えるようになるということ。
二つ目は、チャンネル主がメンバー限定に投稿した動画などを閲覧できる権利だ。
つまるところ、無料で観たいものは無料で観れるものだけを観る。
お金を払ってでも、すべてのコンテンツを観たいという人は、お金を払ってメンバーに入る。
そういう、棲み分けをしているのだ。
こういうメンバー限定配信をする側のメリットとしては、単純に金銭がもらえること。
もう一つは、選別ができること。
お金というハードルを設けることで、コアなファン層向けの配信ができるようになる。
ライト層と、コアな層では需要がどうしてもずれるため、どちらにも対応できるようになるという意味でも、メンバーというシステムは非常に良いものだった。
閑話休題。
問題は、ナルキさんのアーカイブだが。
「これも、これも、これもだ……」
ASMRはメンバー限定のものしかない。
つまり、彼女のASMRを観ようと思ったら、メンバーに入らなくてはならないということになる。
「しょうがないね。あとでメンバーに入っておくことにしようか」
『いえ、そこまでする必要はないかもしれませんよ』
「え?」
チャンネルの今後の配信の欄を見ると、タイトルが「睡眠導入ASMR【アーカイブはメン限】」と書かれている。
配信は、誰もが見れる状態で行い、アーカイブをメンバー限定に公開することもできる。
タイトルを見る限り、ほぼすべてのASMRはこのように配信されて、アーカイブはメンバー限定で公開されるのだろう。
道理で、生前観たことがないわけだ。
私、お金払わないタイプだったからな。
……いやまあ、ちょっと奨学金やらの支払いで余裕がなかったのである。
逆に言えば、配信をリアタイする分には、メンバーに入る必要がないということである。
「……今日のASMR配信は、なかったよね?」
『ええ』
「よかったー」
金野ナルキさんの、次のASMR配信は今日の十一時。
つまり、いつもしろさんがASMR配信を行っている時間帯である。
このままだともろかぶりになってしまうことを危惧したが、たまたま今日は雑談配信のみの日であった。
一応、私はヘッドホンをセットしてもらったので、聞くことができる。
「はい、始まりましたー。ご主人様、こんなるきー。メイドVtuberの金野ナルキです」
『おお……』
金髪巨乳美女というだけあって、その見た目に合った艶やかな声である。
立ち絵では黒を基調としたミニスカメイド服だったが、今は別の衣装であるピンク色の胸元が大きく開いたネグリジェを着ている。
ASMRの時は、これを着るのがデフォルトなのかもしれない。
サムネイルを見ても、結構パジャマの割合が大きかったような気がする。
しろさんも、パジャマ衣装とか着て欲しいな。
せっかくASMRがメインコンテンツだし。
というか、ほぼ一日中寝間着兼部屋着で生活しているので、ちゃんとしたかわいいパジャマを着た文乃さんを観たいという気持ちもある。
もちろん普段着の彼女が可愛らしいことを否定はしないが、まあそれとこれとは別である。
ちょっと透けたネグリジェとか、可愛らしいふわふわもこもこのパジャマとか、寝間着特有の日常生活とは違った感じの文乃さんが見たいんだよ。
さて、オープニングトークが終わり、ナルキさんが耳かきを始めようとしていた。
「今日は、私がみんなのお耳を掃除していくことにするね」
「『ママァ……』」
私としろさんは、ハモっていた。
いや、違うのかもしれない。
これは何も、しろさんと私に限らずこのASMRを聞いているすべての人の意見ではあるまいか。
甘やかしてくれるオーラ、おねえさん、ママ特有の雰囲気が醸し出されている。
しろさんにママみがないとは言わないが、ナルキさんには及ばない。
なにも劣っているということではなく、キャラクター性がかなり違うというだけの話だ。
しろさんは、声が女性の中でもかなり高めであり、見た目もロリ系だ。
どちらかと言えば、可愛い系、妹系、あるいは後輩系だろう。
だが、ナルキさんは違う。
すらりとした長い手足、豊満な胸部装甲、やや低めの声など、おねえさん系、あるいはママ系と呼ばれるタイプの系統だった。
つまり、甘えたい、と思わせるオーラ、いわばママみというものがナルキさんにはあった。
しろさんも、もちろん視聴者を甘やかす類のASMRを配信したことはある。
あるが、ここまでのママみは出せていない。
そういえば、本人が見れない状態でASMRを聞くのは久しぶりだね。
よくよく考えると異常なことでもあるが、私はしろさんのASMRばかり聞いていたから、仕方がないんだよね。
かり、かりという耳かきの音が響く。
多分だけど、竹の耳かきかな?
金属系ではない気がする。
半年間、色々聞いてきたせいで、色々と分かるようになってしまった。
「今日は一日お疲れ様。本当に、みんな大変だったよね」
落ち着いた声で、優しく語りかけながら耳かきを実行する。
「ふーっ」
「『んんんんんんんんっ!』」
突然の耳ふーによって、私たち二人はそろって悶絶した。
しろさんのとはまた違う、大人の女性特有の色気が耳道を伝わって脳まで流れ込んでいく。
しろさんは、体を伸ばして硬直してしまっている。
私も体が残っていたら、同じことをしていたかもしれない。
シンクロ率が高くていいね。
「あれ、びくびくしてるの?可愛いね?よしよし」
そういって、ナルキさんは頭を撫でた。
目で見えないのに、マイクでしか情報が伝わらないから触覚なんてないはずだったのに。
確かに、手が頭と髪をなでる感覚が伝わってくる。
「お疲れさまでした。はい、ぎゅー」
周囲から、圧迫感が伝わってきた。
ぎゅっと、抱きしめられたのだと実感する。
やわらかい胸が、二の腕が、押し当てられている。
とくとくと、豊満な胸越しにナルキさんの心臓の音が伝わってくる。
「今日は一日しっかり頑張ったんだからさ、今は何も考えずにリラックスして、ぐっすり眠るんだよ?」
「『はーい』」
そうやって一時間ほどでその日のASMR配信は終わった。
◇
『どうします……?』
「コラボするよ」
ヘッドホンを外しながら、きっぱりと、しろさんは断言した。
先ほど迷っていたとは思えないほどに、すっきりした顔をしていた。
賢者タイムだろうか。いや流石にそれはないか。
「あんないいASMRをする人なんだよ。これは、コラボするしかないでしょ」
『まあ、そうですね』
確かに、彼女のASMRは最高と言ってもいいレベルだった。
しろさんとはまた少し違うキャラクター性であるが、クオリティでは甲乙つけがたいのではないだろうか。
彼女が興味を持つのも無理はない。
しろさんにとっては、尊敬できる先駆者なのだから。
「君も、随分とデレデレしていたしね」
『えっ、いや、あのですね』
「してたよね?」
『……はい』
その後めちゃくちゃ言い訳した。
あと、むしゃくしゃしたしろさんのASMRのリハーサルに付き合わされて、一晩中悶絶させられたのだった。
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