第28話『君がいるから大丈夫』
『文乃さんはコラボとか、本当に考えないんですか?』
「うーん」
彼女は、目をつむってうつむいた。
別に寝ているのではなく、彼女は考えをまとめているのだろう。
少し時間がたって、おもむろに、口を開いた。
「配信では、はっきりとは言わなかったけど、正直なところを言えば、あんまり人との交流に慣れてないんだよね」
『……それは何となくわかってます。でも、私とか普通に会話してませんか?』
少なくとも、私と彼女は会話に困ることはない。
それこそ、初対面の時点で普通に接していたような気がするのだけれど。
私とのやり取りのような感じで接することができれば、コラボとしては成立するはずだろうに。
「いや、君は正直初対面のびっくり度合いがすごくて、コミュ障を発揮するどころじゃなかったんだよね」
『そうでしたっけ……?』
そういえば、私は文乃さんが死ぬ直前に見かけた女の子であることに気付いて動揺していた。
ゆえに、それ以外の情報にあまり意識を割いていなかったが、彼女は違う。
文乃さんにとっては、いきなり物言わぬはずのダミーヘッドマイクが脳に直接語りかけてきたのだ。
そんな異様な状況を、私はともかく彼女はいきなり前準備なしに突き付けられたのだ。
誰だってぎょっとする。
その驚きのまま、雰囲気にのまれて会話をしてしまったのだろう。
思えば、褒められ慣れていなかったり、話し方がいささか固かったりと、人とのかかわりが希薄なのではないかと思える部分はあった。
そして彼女の話を実際に聞いて、その仮定が事実だと確信できた。
『いえ、やっぱりお友達を作ったほうがいいのではないのでしょうか?』
「親みたいなこと言うね?」
『確かにそうですね』
年齢差もあるし、保護者のような気持ちで接してしまっている部分はあると思う。
年の差は十程度しかないはずなのだが、親みたいなことを言ってしまう。
いや、親というのが本来どうあるべきなのか、私は知らないのだけれど。
誰も、いやどちらも、正しい親がどうあるべきかを知らない。
どちらも子を持ったことなどないし、親との関わりも真っ当なものではないだろうから。
「君がいるから、大丈夫だよ」
『私、ですか?』
「うん。私にとっては、君は初めての友達なんだ」
『……そう、ですよね』
一緒に映画を観たり、アニメを観たり、音楽を聴いたり。
コンテンツに対する感想をお互いに言いあったり。
あるいは、それは友達のような関係なのかもしれない。
『すみません、私にもよくわかっていません。友達がいたことなかったので』
「えっ、そうなんだ!」
文乃さんが驚く。
意外だっただろうか。
まあ、学校で話すような知り合い程度ならそれなりにいた。
ただ、放課後に遊んで寄り道したり、休日に互いの家に遊びに行くような仲のいい友達は一人もいなかったということだ。
そういえば、私はあまり自分の過去の話をしたことがない。
暗い話が多いから盛り上がらないし、何より私の正体を知られたくないというのもある。
「あのさ、君の昔の話とかしてくれないかな?」
『私の?』
「うん。君の学生時代の話とか聞きたいかな」
しれっと私が学生時代を終えて、それから死んだことは彼女の中で確定事項になっているらしい。
まあ、事実だから何かを言うつもりはないけれど。
『そうですねえ。友達と言える人はいなかったですよ。知り合いは沢山いましたけど』
「そうなの?」
『ええ、せいぜいで休み時間とか昼休みとかに談笑するくらいでしたよ』
「ちょっと待って」
文乃さんは、真剣な顔で、姿勢を正す。
そしてすう、と息を吸い込んで口を開いて。
「それは友達でしょうが!」
彼女にしては珍しく、彼女は叫んだ。
『いやあの、待ってください。待って待って待って』
叫ばれると、パニックになってしまう。
私の悪い癖だ。
どうしたらいいのか、わからなくなる。
たいていは、そうなる前になだめるための手を打っていたのだけれど。
「いやあの、ごめん」
あわてて、彼女はボリュームを落とした。
「でもそれは、どう考えても友達だよ」
『でも、互いの家に遊びに行くとか、一緒に帰るとか、休日に遊びに行くとかはなかったですよ?』
「普通にいい関係を築けていたんだろう?なんで遊んだりしなかったんだい?」
『……学生時代は、色々な事情からお金に困っていて、バイトしてたんです』
「…………」
彼女は、何も言わなかった。
言えなかったのかもしれない。
もしかすると、文乃さんにはお金がないからバイトをするという感覚すらよくわからないものなのかもしれない。
そんな価値観の差に、生まれの差にめまいを覚えながら、私は説明を続けた。
『だから、人並みに遊んだりということはできませんでした』
「……そっか」
だから、私には友はいないと思っていた。
私のような弱者は、彼らのように普通に生きている者達とは相いれないのだと。
『私のことを、友達だと思ってくれていた人もいたのでしょうか』
「えっと、ごめん。わからないね、私には。友達がいたことがないから」
『……ですよね』
「でも、想像することは出来るんだ。今までずっと、そうしてきたから」
今しれっと悲しいことを言われた気がしたが、スルーしておこう。
そうしたほうがいい気がする。
「もしも、例えば楽しいことが少しでもあって、それを笑いあえたら」
「もしも、辛いことがあっても、それを打ち明けて相談に乗ってもらったり、あるいは何でもないように振舞ってバカ騒ぎしたり」
「夜寝る前に、今日の会話で何か変なことを言わなかったかって悩んだり、逆にこの時は面白かったなって楽しい気持ちになったり」
「友達が私にいるとしたら、そんな風なんだろうなって」
『…………』
ああ、そうか。
ブラック企業で精神が摩耗したせいか、あるいは転生の影響か。
もう、顔もはっきりと思い出せないクラスメイト達のことを思い返す。
私は、友達とは思えなかったけど。
彼らは、思ってくれたのだろうか。
『まあ、君がいるから、大丈夫、ですね』
「ふえっ」
文乃さんはまた、トマトになる。
あるいはリンゴか。
「きゅ、急に口説くのはよしてくれよ!」
『いや別に口説いてませんけど』
全然、一切、微塵も口説いてない。
何なら、さっき言われたセリフを使いまわしただけだし。
正直、クサいセリフだなとは思ったけどね。
「き、君なんてそんな夫婦みたいな……」
『ええ……』
やっぱり、免疫がなさすぎると思う。
文乃さんは、私を友達であると認識しているし、私は彼女の心の支えにもなることができている。
だが、それはそれとして、やっぱりコラボをして人に対する免疫を身につけないといけないと思った。
……将来が不安だからね。
ああ、また親目線で接しちゃってるなあ。
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