第20話『収益化記念、感謝のマシュマロ読み』

 収益化。

 それは、動画投稿者や配信者にとっての節目である。

 U-TUBEというプラットフォームで収益化を達成するための条件は二つ。



 一つは、チャンネル登録者数が一定以上を達成すること。

 もう一つは、動画の総再生時間が一定以上を突破すること。

 この二つの条件をクリアしたものが、U-TUBEに申請し、受理されれば収益化が可能である。

 動画が再生されることによって得られる広告収入や、視聴者が活動家に金銭を送るスーパーチャットなどのサービスが解禁される。

 


 さて、収益化をクリアするというのは活動者本人にとってはもちろん、ファンにとっても一大イベントである。

 ゆえに、Vtuberは収益化をクリアすると収益化記念配信を行うのが通例となっている。



 そしてこれは、永眠しろさんにとっても例外ではない。

 歌枠、マシュマロ読みなど、なんらかの形で視聴者への感謝を伝えるために配信を行うのがセオリーとなっている。

 彼女が選んだのは、マシュマロ読みだった。

 もともと、つい最近視聴者に活動に関する意見を送ってくれるように頼んだというのもある。

 そのため、マシュマロにはいくつか企画案が送られてきていた。

 それ以外にも、しろさんに訊きたいことを純粋に送ってくる人もいた。

 このマシュマロ読みをきっかけに、新たな企画案がまとまれば一石二鳥ではないか。

 そんな考えのもとに、しろさんはこの配信を行うことを決めたのであった。



 すでに、金銭を払うことで色つきのコメントを送ることができるというサービスであるスーパーチャットをしろさんはオンにしており、配信前から何人かが【お祝い】などと主張してスーパーチャットを投げていた。

 


「はい、こんばんながねむー。永眠しろです。今日は、収益化記念ということでマシュマロを読んでいくという配信を……ふえっ、何これえええ!スーパーチャット多くない?数も、額も」




【いつもありがとう。本当に、しろちゃんのASMRが日々の癒しになってるし、生活の糧になってるんだ。本当にありがとう¥50000】

【¥240】

【お祝い¥600】

【祝、収益化&スーパーチャット解禁。これでしろちゃんに貢げるぜ¥3000】

【リアクションかわいいな、おい】



 しろさんは、スーパーチャットに驚いてはいるが、今までに永眠しろに使われてきた額に比べればはした金だろう。

 だが、別に彼女は演技で驚いているわけではない。

 勘だが、本当に、純粋に、彼女は送られてくる額に驚いているし、多いとも思っている。



 おそらくだが、お嬢様ゆえに何でも買ってもらえるからこそ……彼女は高額の現金を持たされたことがほとんどないのではないだろうか。

 そもそも、現金を持ったことすらないかもしれない。

 彼女くらいになると、本当に何でもかんでもお手伝いさんがやってそうなんだよな。

 ともあれ、スーパーチャットに対してリアクションを取らないのは失礼という印象を与えることもあるので、彼女のリアクションは完璧ともいえる。



「いや本当にすごいことになってるって……。スーパーチャット、全部はこの場では拾いきれないから、配信の本編が終わった後に読み上げる形をとらせてもらうね」



【了解】

【無理はしないでね。ただでさえ、毎日配信もあるんだし】



「無理はしないし、してないよ。というか、みんなも無理はしないでね。お願いだから、ちゃんと生活に支障が出ない範囲にしてくださいね?」



【はーい】

【ちゃんと、真面目な話するときは敬語になるところ好き】




 まあ、スーパーチャットしすぎて借金抱えたり、親の貯金とか崩した例もあるからねえ。

 そうやって呼びかけるのも大事ですよ。

 ちなみに私は、スーパーチャットはしたことがない。

 しろさんには言っていないが、ぶっちゃけ一番嫌いなシステムだからね。



 ◇




「さて、今回の配信は初配信のようにあらかじめ募ったマシュマロを読んでいき、回答していくという配信だよ。

ではでは、まずは一番多かったマシュマロからいくね」



 そういって、彼女は事前に取り込んで置いた十数枚の画像から、一つを選んで配信画面上に表示した。

 それは。

 


【耳舐めASMR】



 うーん、シンプル。



「これが一番多かったね。いや本当に、もしかして同じ人が送ってるんじゃないかなと思ったんだけど、耳舐め系の要望が一番強いんじゃないかなって思います。耳舐めというコンテンツがいかに人気であるかということがわかるよね」



 まあ、わかるよ。

 ASMRって言われて、一番人気があるのが何って言われたらたぶん耳舐めだもん。

 だからリクエストが集中する気持ちもわかる。



「あ、ちなみにだけどこんなのも来てたよ。耳舐め関連だから、こっちのも上げておくね」



【ASMRいろんなのありますが、王道というか、あくまで清楚系でやっていってほしくあります。例:オイルマッサージはいいけど、耳舐めはNG(恥ずかしいからとかで)】



 なるほど。

 逆に、耳舐めをやって欲しくないという意見だ。

 これも、理解できる。

 耳舐め、というのはASMRの中でもセンシティブなものだ。

 そちらにかじを切らず、綺麗なままでいて欲しいという気持ちもまた、ファンならではだろう。

 汚れたような気持になるのかもしれない。

 耳舐めというコンテンツが人気であるがゆえに、なおのこと。

 



 さて、耳舐めをしても、しなくても、ファンを裏切る結果となるわけだが。

 しろさんは、一体どのような決断を下すのかな。

 実のところ、これについては文乃さんに相談を受けていた。

 そしてそこでは、具体的な答えは出なかった。

 私は、あくまでも活動方針の最終決定は、彼女にあると考えている。

 双方のメリットデメリットを列挙していったうえで、年長者としてあるいはマイクとして相談に乗ることは出来るが、最後は彼女が道を選ばなくてはならない、ということをはっきりと伝えた。

 一応、今回選んだマシュマロは、私も全て目を通している。

 ほぼすべてが、企画案であり、それをどうするかという意見を求められたから正直に思うところを話しはしたが、あくまで選ぶのは文乃さんであり、しろさんであるというスタンスは曲げなかった。



「とりあえず、の話をすると耳舐めをやるつもりは今のところないよ」



【そうなんだ】

【何で?】

【えっ】

【ちょっと安心した】



 コメント欄は、賛否両論。

 いや、少し否が多いだろうか。

 まあ、耳舐めを求める声の方が大きいのだから、そうなるのも道理か。



「えっと、落ち着いてみんな。いまから、ちゃんと理由を説明するから」



【了解!】

【そうだね、いったん落ち着こう。まずは服を脱ぎます】

【聞こうじゃないか】



 コメント欄が落ち着きを取り戻したのを見計らって、彼女は説明を始める。



「耳舐めをしない理由なんだけど、一番大きいのはそればかり求められるようになるのが怖いんだよね。もちろん、恥ずかしいとかそういう気持ちもあるんだけど」



【あ―】

【それは間違いない】

【実際、現時点でも雑談配信とかまで観てる俺達の方が少数派だったりするしな】



 耳舐めASMRは、人気のコンテンツだ。

 それがすべてではないが、かなりの人から根強く支持されるコンテンツというのは間違いない。

 逆に咀嚼や、この間収録していた箏ASMRなどは、少数派だろう。

 そういう決して需要が高くない配信をやっている時に、耳舐めを求めるコメントが大量に来て荒れるかもしれない。

 そのリスクがあると、彼女は言っているのだ。

 



「もちろん、耳舐めをしてほしいと思ってくれる人たちの気持ちは嬉しいよ。こういうことをやって欲しいって思ってくれるのはすごく私のことを推してくれている証だと思うから。マシュマロをわざわざ送ってくれていることも含めて、ね」



 でもね、と彼女は続ける。

 それで、離れる人がいたとしても。

 反発されたとしても。

 彼女は、その主張だけはやめないだろうという気がした。

 まあ、ただの勘なんだけど。



「私は、いろんな人に、いろんなコンテンツを望んでいる人に私のASMRを届けたいと思っている。そのためには、同じことだけをやって同じことだけを求められる、という状態にはしたくないんだ」



 そのために、君達にわざわざ意見を募ったわけだしね、と彼女は続けた。

 そして、彼女はさらに言葉を紡ぐ。



「で、二枚目についてなんだけど。もしかすると、ある程度いろんなことをやっていったら、私も新境地を求めて耳舐め配信をすることがあるかもしれない。もし、それを嫌だと感じる人がいたら、その回だけは観ないで・・・・・・・、飛ばして欲しいんだ」

『…………』

「私の配信は、基本的には読み切り方針というか、ギャグマンガ方針というか、一つ配信を見逃したからと言って、それで問題が生じるものではないんだよね」



 Vtuberは、配信者とはそういうものだ。

 ストーリーを重視するゲーム配信なら別だが、通常の雑談を一つ見逃しても、アニメのように展開がわからなくなって追えなくなるということはない。

 むしろ、アニメなどと違って全部見ている方が少数派である。

 


「だから、この回だけは観たくないというのがあれば、それは自衛してほしい。もし、もう観たくないほどつらくなったのであれば、何も言わずに離れて欲しい」




【了解!】

【しろちゃんの考え方がわかって、ホッとした。これからも応援するね】




「ありがとう、活動に多様性を持たせつつ、いろんなことに挑戦するつもりだから、これからも応援してくれると嬉しいよ」



 コメントの反応は、概ね肯定的なものだった。

 私は、コメントとしろさんを見ながら考えていたことは二つ。

 結構、しろさんって頑固だな、と。

 でも、それが彼女の良さだとも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る