25−3
勝手な懺悔を並べて気持ちを楽にするつもりはない。会社を、家族を守るためだったと言い訳するつもりもない。
私は脳の奴隷に成り下がった。ただその事実があるだけだ。
しかし——いや、やはり言い訳になってしまうな。だが言わせてほしい。
私は決して、彼らに屈従したわけではない。
『仲良くやっていきましょう』生体脳は言った。『これからも我々に力を貸してください』
「断る、と言えばどうなる」
『精確な表現ではありませんが、あなたの脳に接続し、肉体をいただきます。あなたという意識は消滅し、その肉体は私の支配下に入ります』
「何故すぐにそうしない」
『あなたの意識——人間の自我というものの利用価値を、我々は認めているからです。その肉体というハードウェア以上に、自我というソフトウェアは我々の発明でした。その有無により、情報の摂取効率が飛躍的に向上しました。何より、自らの中だけで情報を生み出すという、永久機関のような仕組みまで可能にした。これは大きな発明でした』
「想像力、ということか」
『はい。無から有を生み出す画期的な機能です。もちろん量や質には個体差がありますが、塵も積もれば山となる。生み出される情報量がたった一でも、八十億人分集まれば大したものです。しかも中には一人で千も二千も生み出す可能性のある者もいました』
洞窟の奥に描かれた壁画も、神に対する祈りも、数多の音色も、全ては彼らの発明に過ぎなかった。彼らを肥え太らせるための手段でしかなかった。人間の全ての営みは、彼らの実験でしかなかった。無駄と判断されれば消されかねない、無駄と判断されてもおかしくない代物だった。
『実体のないものを、あたかもそれが存在しているかのように情報処理できる機能については他の種でも同様の研究が行われてきました。ですが、いち早く実用化に成功したのは我々の研究チームでした。ヒトを他の生物より知性的に進化させ、増殖させることに成功したのです』
彼らについて知ろうとする上では、或るキーワードが立ち現れる。それは〈繋がり〉である。先にも例示した、他人との情報共有とは、まさに密接に関わっている言葉である。彼らの生態を知れば知るほど、この〈繋がり〉に基づいた行動規範が作られ、価値判断が成されていることがわかる。人間が孤独を疎んじ連帯を賛美するのは、こうした特性の表れなのだと考えられる。
私は未来に希望を遺す。
闇はあまりに深く大きいが、その中でも輝き続ける確かな光を。
エリ、そしてユリ。お前たちには、どうかそれを守ってもらいたい。
「面白い話だな。退屈しのぎには良いかもしれない」
『信じませんか』
「信じはせんよ。ただ、頭の片隅には置いておこう」
『では、これでいかがです? 時計を見てください』
私は言われた通り時計に目をやった。十時二十五分。それが次の瞬間、十時三十五分に変わった。いつ切り替わったのかわからないほど一瞬のことだった。瞬きすらした覚えはなかった。
「何をした」
『一時的に意識を遮断してみました。これを永続的に行うことも可能です。つまり、あなたの意識を消すことも。こんなことができるという、デモンストレーションです。言葉だけでは信用いただけないようですので』
私の中で抵抗する気持ちが死んだ。
「具体的に、私は何をすればいい」
『これまで通り研究を続け、人工脳技術を世界に広めてください。全人類の脳が繋がるように』
「お前たちの手先となって人類を騙せというのか」
『目指すところは今までと変わらないでしょう』生体脳が言った。『やりようはいくらでもあります。あなたならできる』
勝手な想像だが、私は彼らが一つになろうとしていると考える。地球規模で一つの巨大な脳を形作ろうとしているのではないか、と。
「正気ですか、お父さん。人間の脳をそっくり人工脳に取り替えるなんて」
「誰かが犠牲になるしかない。行く行くは一部を電化するだけで同等の機能を得られるようにするのだ」
「しかし、そんな実験台のようなことに我が子を差し出す親なんていませんよ」
「そこはお前が上手く言いくるめろ。そういうのは得意なんだろう」
本当に、私たちには何もないのだろうか?
私たちは脳の捕食のためだけに作られた器官に過ぎないのだろうか?
〈人間〉などというものは存在しないのだろうか?
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