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頭脳警察の取調室は所轄のそれより一層味気ない場所だった。というより、デスクライトの明かりが強すぎて部屋の隅などはほとんど闇に没して見えた。もっとも、いつかのように漫画の資料用に室内のスクリーンショットを撮る気も起こらなかった。撮ったところで、それを使う機会は恐らくないだろう。
扉が開いて、閉まる音がした。人の気配が入ってきた。椅子を引く音が二つ聞こえた。一つは部屋の隅、もう一つは目の前。机の向こうに、濃川捜査官の顔が闇の中から浮かんできた。
「ご気分はいかがですか」彼女は興味なさそうに言った。
「よくはないですよ」おれは答えた。
「そうでしょう」彼女は手元の書類を捲りながら言った。「どうしてご自分がここに居るかは理解していますか?」
「娘と会う約束をしていたんです。待ち合わせ場所に居たら、いきなり拘束された」
濃川捜査官が眼鏡の向こうで目を上げた。
「どうして連行されたかわからない、と?」
「心当たりはありませんね」無駄だとはわかっていたが、言ってみた。粘るうちに何か方策が見つかるかも知れない。とにかく情報を得る時だった。「それに、娘に見られていないか心配だ。父親が警察に連れて行かれる姿なんて教育に悪すぎる」
「その点はご安心を。娘さんはそもそもあの場に来る予定はありませんでした」
「妻がおれを売った、と?」
「俗っぽい言い方をすればそうなります」
何となく考えていたことだからショックは小さかった。元妻に対する憤りより、娘に見られなかった安心の方が勝った。
「元奥様の名誉のために言い添えますと、話を持ちかけたのは我々の方です。MINDを得た夢野さんが娘さんとの面会を望むことは容易に想像できましたので」
「おれが連絡するより前に、あなた方は妻と接触していたということですか?」
「そうなります」彼女は頷いた。眼鏡のレンズが白に染まった。
少なくとも面会を申し入れた時点で、おれの拘束は決まっていたということだ。おれは奥歯を噛んだ。
「だったら、こんな回りくどい方法をとらずにさっさと捕まえにくればよかったんだ。わざわざ泳がすような真似をするなんて趣味が悪い」
「たしかに、真っ当なやり方だとはわたしにも思えません」ですが、と彼女が続けた。「真っ当なやり方で対処できない相手に対しては、それ相応に道を外れるしかありません。犯罪を撲滅するためならば、我々は手段を選んではいられないのです」
「どんな手を使ってでもおれを捕まえるつもりだった——そう言っているように聞こえるんですが」
「残念ながらその通りです。今回、あなたを連行したのは、不正受給したMIND使用の容疑によるものです」
「本当は別の容疑で逮捕したかったということ?」
その質問に対する答えはなかった。
「そんなに手の内を明かしていいんですか? それほど余裕のある立場には思えないけど」
すると濃川捜査官は小さく言った。
「捜査に協力していただいた、せめてものお礼です」
おれはそれを皮肉と受け取った。
濃川捜査官は事務的な口調に戻って取調を始めた。彼女が言うところによると、頭脳警察側で作った追跡プログラムと、おれの拵えたダミーのアイデアを結合するところまでは計画通りに進んでいた。何なら、おれの脳に置く囮用のデータまでできていたくらいだ。そこまでは誰もが、計画は順調に進んでいると思っていた。
ところが、それから程なくして頭脳警察内のサーバに不正アクセスの痕跡が現れ始めた。それも外部ではなく内部から。つまりウイルスの仕業である。国内屈指の堅牢さを誇る警察機関のサーバを散々に食い荒らしたウイルスはどこからやって来たのか。タイミング的に見れば、わざわざ検証チームを立ち上げて調査するまでもなかった。言わずもがな、おれが提供した偽のアイデアに仕込まれていたのだ。
そこまでわかっていながら、頭脳警察はおれをクラッキング容疑で捕まえたりはしなかった。重要参考人として任意同行すら求めなかった。この件は十中八九おれの仕業であることは明らかだったが、万が一にもそうではない可能性が残っていたため断定は避けたのだ。それぐらい巧妙に、犯行の足跡は消されていた。
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