12−2
紙は、おれが送ったメールのプリントアウトだった。文面には、田中太郎氏がやって来たことから砂漠谷三姉妹と会談したことまでが記されていた。書くべきかどうか迷ったが、砂漠谷エリとの直脳についても正直に書いた。
「――彼女、砂漠谷エリ氏とはお知り合いなのですか?」
「まさか。おれだって驚きました。最初は社獣に殺されると思ったんですから」
「警察の協力者をそう簡単には殺さないと思います。
「仕事の話です。おれの、漫画家としての苦労とか、その辺の話を色々。あとは世界的大企業を支える彼女の悩みなんかを」
「あの砂漠谷エリがそんな悩みを」
「おれも驚きました。彼女、メディアで見るよりずっとナイーブなんですよ」
「思わぬギャップにハートを撃ち抜かれた、というやつでしょうか」濃川捜査官の声がいつも以上に平板になった。
「いやいや、そんなんじゃありませんよ。何です、その言葉のチョイス?」
彼女は紙ナプキンを口元に充てながら小さく咳払いした。
「すみません。このところジェット・コースケ氏に付きっきりで取調べをしているもので、言語センスが影響を受けているのかもしれません」
「そういえばどうなんですか、その後。進展はありましたか」
「夢野さんは被害者の一人ですし、捜査にも協力いただいておいて何なのですが、外部の方に状況をお伝えすることはできないのです」
「ああ、それはそうですね」
「概略だけお話すると、端的に言って上手くはいっていません」
「彼女が黙秘を続けているとか?」
「証言をする以前にないんです、記憶が。正確には、NODEサーバにある記憶へのアクセス権が失効しているのです」
「人格ゲシュタルトが破損している……」
「恐らくは」濃川捜査官は頷いた。
「原因はわかっているのですか?」
「いくつかの可能性は考えられますが、特定には至っていません。ただ一つ、他の可能性に較べ極めて確率が高いのが――」
「サーバ内部での操作が行われた」
「――そうです」
「やはりサバクタニが関与していると?」
「それが最も現実的で動機も明確です。ただ、立証する手立てがないというだけで」
「人一人の人間性が失われるような事態ですよ。警察の捜査に協力する義務はあると思いますが」
「同じようなことはこれまで何度もありました。そしていずれも、個人の思考の自由を盾に撥ね付けられています」
「サバクタニを直接調べるのは、どうしたって不可能ということですか」
おれたちは口を噤んだ。昂ぶる感情を抑えつけたようなジャズピアノの低い調べが、沈黙の上から降ってきた。
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