6−4

 これには濃川捜査官の横顔にも色がさした。

「ジェット・コースケ氏についてです。御誌で漫画を掲載していた」

「ジェット・コースケ……」編集者は繰り返した。「そんな人いたかな。思い出せませんね」

「ですが、飯田橋西署での取調べでは証言されていますよね?」

「ええ、しました。けど、その人について喋った覚えはないですね。えっと、誰についてだったかな」

「二号前の御誌で『シャラップ! めべりくん』という読み切り作品を描いています」言いながら、彼女は鞄から漫画誌を取り出し、開いて相手に差し出した。念のため断っておくと、漫画のアイデア自体はおれのものだが、タイトルを考えたのはジェット氏だ。ペンネームもそうだが、氏のネーミングセンスにはおれとは相容れないものがある。

 編集者は受け取った雑誌に眼を落とした。

「あー、これですか。はいはい、確かに載せました。連載が一本落ちたんで、急遽穴埋めで入れたんですよ」

「この作品を描いたのがジェット・コースケ氏です。そこにも名前の記載が」

「ホントだ……」編集者は印刷された文字を見つめ、しばらくしてから顔を上げた。「こないだは別の人について訊かれたんですがね」

 彼は頻りに「おかしいな」と首を傾げた。

「濃川さん、もしかして――」おれは隣を見た。

 既に彼女も同じ考えに達しているらしく、黙って頷いた。それから、編集者に向けて言った。

「失礼ですが、人工脳をお使いですか?」

「ええ。電化率三割です」

〈脳たりん〉とおれは思った。

「今すぐネットワークへの接続を切っていただけませんか?」

「え、何で?」

「大事な記憶を守るためです」

「いや、それじゃ思い出せなくなるでしょ」

「必要な記憶は一時的にローカルストレージに落としてください」

「そんなの、やったことないしやり方知らないよ」

「夢野さん」

「はい?」突然矛先を向けられ、声が裏返った。

「この方と直脳できますか?」

「IPがわかれば」つい答えてしまった。

 濃川捜査官がキッと編集者へ顔を戻した。彼はおれたち二人の顔を交互に見交わした。

「何なんだ、あんたら? 警察呼びますよ?」

「それには及びません。IPを教えてください」

「ヤですよ。初対面なのに」

「あの、濃川さん」おれは言った。「IPわかりました」

 本来は互いの同意がなければIPアドレスの交換はあり得ない。だが、おれの持っているプラグイン〈死神の眼〉を使えば、この空間にある人工脳を含めたあらゆるデバイスのIPを検出できる。もちろん違法なプラグインだが、濃川捜査官からは捜査に関しすることでの使用は例外的に認められていた。

「繋ぎますか?」

「お願いします」

「サエキさーん」編集者は叫んだ。先ほどの事務員のことらしい。「ケーサツ呼んで、ケーサがっ――」

 彼の声は途切れた。脳を繋ぐことに慣れていないと見えた。慣れればどうということはないが、初めのうちは鼻に擂り粉木を突っ込まれるような感覚がするという。これが苦手な人間もいるようだ。物心ついた頃から脳を端末化しているおれには、その感覚が全くわからない。

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