その時、黒猫は寂しかった
野々村のら
その日のはじまり
その時、黒猫は寂しかった。
寂しい。寂しくて仕方がない。孤立を愛し、孤独に親しみを見出して来た彼女にとって、この問題は一大事だった。寂しい、という名前の瑣末な感情が問題になることが一大事だった。胸にぽっかりと空いた空洞は、ひゅうひゅうと微風を受けて切なげな音を響かせた。空洞が何を指すかは本能的にわかっていた。中畠遥多は、一月前に人生初めて出来たばかりの、想い人に会いたくて仕方がなかった。
何故会いたくてたまらないのだろう。
一つ一つの物事に対して立ち止まり、疑問を持つ癖は、間違いなく想い人である彼の影響だと思う。
不思議だった。腹が満ちる訳ではない。危機から遠ざかる訳ではない。むしろ危険から遠ざかりたいなら、近づかない方がいい気がする。彼といると楽しいけれど安心するかというと微妙である。日常から意図的に遊離しているような不安定で不穏な匂い。それなのに何故、こんなにも会いたくてたまらなくなるのか。声を聞きたいのか、話を聞いてほしいのか、あわよくば触れたいと願ってしまうのか。
本来なら、汐木高校の面々が意識に無意識にそうしているように、そして黒猫本人も第一印象でそう感じたように、一も二もなく距離を取るべきだ。しかし彼女にもうその選択肢は残っていない。
まぁ仕方がない。僕は恋に落ちているのだ。
結局、歴史上数多の人々がそうしてきたように、黒猫はその言葉に全ての原因を押し付けた。
僕は恋に落ちている。
理由がないのに寂しくなるのも、利益がないのに会いたくて仕方がないのも、全ては恋とやらのせいだ。一見突飛で理解不能に思える大体の感情は恋のせいにすれば解決する。本に書いてあった。黒猫は人生経験に乏しかったが読書量だけは一人前だった。
しかし、「あなたに会いたかった」と理由なく尋ねるのも、気恥ずかしい。
そもそも、彼が今どこで何をしているのか知らない。
黒猫は至極真剣に考えた。彼女の脳みそは、実年齢以下に見られる身体付きに比例して小さくはあったが、仮にも県一の進学校に受かり、黒猫として世に憚りながら、数多くの難問を生み出してきた優秀な脳みそであった。
黒猫は考える。八月が産声をあげた早朝、ベッドの中で考える。
どうやったら想い人に会えるのか。
どうしたら、寂しくなくなるのか。
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