第16話 IN THE ロッカールーム
その真っ暗なロッカールームにはアキバ、アリス、グンドウの3人が音を消して潜んでいた。
グンドウはいまだにその存在を視認できてはいないが、確実にこの部屋にいるであろうデスゲームのスタッフ、もしくはスタッフたちに対し揺さぶりをかけることにした。
「なあ、そこにいるお前……いやお前たち、かな?どうせ今まで逃げ隠れしてきたデスゲーム島のスタッフなんだろ?悪いことは言わねぇ。投降しろ。そうすれば命は助けてやる。」
グンドウはロッカールーム全体に響き渡る声量で、このロッカールームのどこかにいるであろうスタッフに語りかける。
「もし、投降の意思があったらその場で武器を床に置き、両手を上げたまま声を出して位置を知らせろ。お前たちが下手な抵抗をしなければ俺もお前たちを無闇に傷つけたりしない。」
しかしながらロッカールームにはグンドウの大声が響き渡るだけで、少し待っても投降の意思を示す声はどこからも聞こえてこない。
……やはりあちら側に投降する意思はないか?それとも躊躇しているのか?
グンドウは周囲を警戒しつつ、見えない敵に対してもう一度だけ投降を促すことにした。
「聞こえるか?最後のチャンスだ、もう一度だけ言うぞ。30秒以内に床に武器を捨て、両手を上げろ。そして一歩も動かずにその場で声を出して投降の意思を示せ。さもなくば、お前を攻撃する。……ちなみに、この暗闇に乗じて逃げ出そうとしても無駄だぞ?こちらからはそちらの位置が丸わかりだ。あと俺に銃の類は効かない、と考えた方がいい。……忠告したからな。賢明な判断を期待する。」
もちろん、グンドウは決して『相手と対峙するのが怖かった』から、こんなに丁寧に投降を促しているわけでは無い。『戦いを好まない』とか、そういう立派な考えを持っているわけでも無い。ただ、言い訳が欲しかったのだ、『これは避け難い、戦闘だった』という理由が。すなわち、ここで思う存分暴れ回り相手を破壊し尽くすに足る動機が欲しかったのだ。
故に、グンドウは口元をにやけさせながら相手の反応を待っている間の30秒間が全くの無意味なものとなることを切に願っていた。
そして、そのグンドウの願いは見事に叶った。
よし、よくぞ立ち向かうことを選んでくれた!まだ顔も見ぬスタッフよ、感謝するぞ!
グンドウは意気揚々と立ち上がり、今すぐにでも相手に飛びかかりたい気持ちを抑え大声で宣戦布告をする。
「よし30秒経った!もう容赦はしない、覚悟しろ!」
義務を果たし終えたグンドウは、ポケットから取り出したゴーグルを取り出す。
ゴーグルには暗視スコープ、サーモグラフィーなどの便利機能が多数搭載されており、それを装着すれば一切の光がないこのロッカールームでも全てを見渡すことができた。もちろん、アリスとアキバの位置も筒抜けだった。
「さてと、そこだな?お前たちがいるのは。」
グンドウはロッカールームの隅の方を指差して言った。
「さっき言ったよな?筒抜けなんだぜ、お前たちの位置はよ!」
グンドウは周囲を警戒しながらゆっくりと歩みを進める。
……なるほど、敵の数は2、一番奥の列の隅に1人とその数列手前に1人、か。じゃあまずは順当に手前のやつを片付けるとするかな!
グンドウはダッ、と勢いよく走り出し手前の敵が壁代わりにしていたロッカーを思いっきり殴り飛ばした。ロッカーはゴゴォン!という派手な衝撃音と共に後ろの壁、そしてその更に後ろのロッカーを突き破り、隣の列へと倒れ込んだ。敵が隠れていた列には跡形もなく変形したロッカーと、ロッカーとロッカーの間を隔てていた壁の破片が勢いよく雪崩れ込み、壁の細かな破片が砂埃のように舞い上がった。
「よし、まずは1人目……ん?」
先程までサーモグラフィーで捉えていた敵影がいつの間にか横に移動し、奥へと走り出していた。
しまった、避けられたか……。だが、まあいい。それだったら直接拳を叩き込むまで!
グンドウは奥へと走り出す敵に一気に接近した。そして腕を振り上げて敵の頭に打撃を叩き込もうとしたその瞬間、グンドウの拳が敵の後頭部に触れるか触れないかのその瞬間に、グンドウの視界から敵の体がフッと消えた。
いや、実際にその場から完全に消え去ったわけでは無い。敵はその場でスライディングをかまし頭部が急激に下へと移動したのだ。それがあまりにも突然な出来事であったのと、グンドウにとってあまりにも想定外な動きであったのとが合わさり、グンドウは一瞬敵を見失ったのだ。
グンドウは敵に対して渾身の一撃を与えてやろうと大振りの構えをしていたため、敵を見失ったとてその動きをすぐに止めることは出来ず、ブンッというキレのいい音を立て、目の前のただの物言わぬ空気に大振りのパンチをかますこととなった。
そしてその時、グンドウは自身の放った打撃の勢いによって少し前のめりの姿勢になった。だが、それが悪手となった。
今までずっと敵にばかり意識を向けていたグンドウは、あまりにも存在感の薄い#それ__・__#に気づけていなかった。横に伸びた糸の存在に。グンドウの胸くらいの高さに括り付けられていた、黒く細い糸は暗闇のロッカールームに紛れ込み、存在感を消してグンドウを待ち構えていたのだ。
グンドウがその糸の存在に気づいたときには体はすでに勢いのまま前に進んでしまっており、グンドウは避けることも止まることもできず、そのまま細い糸に引っかかってしまった。糸は強く固定されていたわけではなかったらしく、グンドウの体重を支えきることは出来ずに、すぐにプツッ、と切れてしまった。
そして、それと同時に強烈な光がロッカールームに広がった。
「グオッッ!」
眼球を焼き切ってしまいそうなほどの強い光に突然晒されたグンドウは、暗視ゴーグルをつけていたばっかりにまともに目を守ることができず、その眩い光をもろに食らってしまった。
「くそっ!フラッシュグレネードか!?」
真っ白な光に包まれたグンドウの目は、周りの状況を捉えることが一切できなくなってしまった。
「くそっ!こんなもの!」
グンドウは荒い外し方でゴーグルを頭から取り、地面にぶん投げた。
やっぱり、こんなものはいらねぇ!あいつが持っとけ、って言ってたが知らん!俺は俺の五感だけで戦ってやる!
しばらく目が使い物にならなくなってしまったグンドウは、目を閉じて聴覚に全神経を集中させた。
集中しろ……奴らの位置を音で把握するんだ……。一体どこから攻撃してくる……?
じっとその場に立ち止まり、羽虫が羽ばたいた回数を数えられるほどの集中力でグンドウは耳を澄ました。するとダダッ、と言う急いだ駆け足と共に、バタン!と勢いよくロッカーが開く音が響いた。そして続け様にバン!と何かが開く音がしたかと思えば、ガンガンとロッカーを蹴る音が響き、その直後に上の方からゴトゴト、と何かが急いで動く音が聞こえてきた。グンドウはその研ぎ澄まされた超人的な聴力でその音の発生地を即座に特定し、駆け寄った。
聞こえてきた音から推測するに、敵は……上か?
グンドウは手を上に伸ばし、ジャンプしながらブンブンと腕を振って上の辺りを調べた。するとあるところで、手が何かのくぼみに触れたような感触がした。
くぼみ?いや、穴か?部屋の上に穴……?風も感じる……。隠し通路?いや、まさか……通気口か!?
その瞬間、グンドウは今さっき何が起きていたのかを理解した、いや、確信した。そう、つまり……
「クッソォォッ!アイツら、通気口に逃げやがったのか!ロッカーのドアを足場にして、部屋の上の通気口からこのロッカールームから出やがったなっ!」
グンドウは敵にまんまと逃げられたというショックと、正々堂々と戦おうとしていた自分をコケにされたような感覚を味わい、怒り心頭に発した。
「このヤロォがぁ!ふざけるなぁぁっ!!」
グンドウは怒りのままに通気口周辺のロッカールームの天井を手当たり次第ぶん殴りまくった。グンドウのラッシュはロッカールームの天井を発泡スチロールのように破壊し、天井を木っ端微塵にした。
「舐めるなよ、俺から逃げられると思うな!……そこかぁ!」
ドゴゴゴ、という天井を突き破る音がロッカールーム中に響く。……その音が止む頃にはロッカールームの天井はボロボロに壊されていた。
「はぁ……はぁ……。畜生っ!」
銃弾をも余裕で受け止める、鋼の肉体を持つグンドウも流石に疲れたのか、その天井を殴る手を止めて、汗を拭いながら肩で息をした。その頃には視力も元に戻っており、グンドウは辺りを見回してロッカールームの様子を確認した。だが、ロッカールームの中では先程グンドウが破壊した天井の細かな破片がチリとなって舞い上がっており、元の暗さも相まって周りの様子を把握するのは、常識外れなグンドウの目をもってしても不可能だった。
「チィッ!よく見えん!……まあ、もうどうせここにはいない、か……。殴っても手応えなかったしな……。クソッ!面倒なことしやがって!」
グンドウは手で壁を伝いながら元きたドアへと戻り、ロッカールームの外へ出た。
……キィィィ……。先程までグンドウが探っていた通気口の真下のロッカー、その扉が開く。そこにはアリスとアキバがギュウギュウづめになりながら立っていた。
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