第12話 選べ-4
「この話、あなたにとってもメリットあるものだと思うのだけれど。」
「なんだと?」
「さっき言っただろう。金なんかいらねぇ。」
「違うわ。お金じゃない。私についてきた方があなたの言う『生存確率』も跳ね上がるって話よ。」
「なに?」
「まず、わたしにはこの施設に関する圧倒的な知識を持っている。だから脱出ルートや脱出のための乗り物の用意の方法もあなたよりかなり知ってるわ。」
「そ、それは確かに……。」
アリスはアキバが餌に食いついたことを確信し、にやり、とした。
「それに……。そもそも、もしも天文学的確率であなたが1人でこの島から脱出して、本土に辿り着くことができたとしても、またすぐに身元を辿られて捕まるわ。……この島に『スタッフリスト』のデータがある限りね。」
「『スタッフリスト』?」
また聞きなれない単語が出てきたな……。
「スタッフリスト……つまりこの島の従業員名簿ね。あなたがこの島に上陸した時点で、もうあなたの名前がリストに載っているのは確実。しかもそこにスタッフの個人情報が細かく載っているから、それがある限りはあなたはDEDの手からは逃げられない。」
「……それとお金盗むのとなんの関係があるんだよ?」
「さっきの紙を見て。」
アリスが俺に、つい数分前に見た大脱出作戦の書かれた紙をもう一度見せてきた。
「『手順2、中央管理室にて、マスターキーの奪取』って書いてあるでしょ?」
「ああ。確かに、そう書いてあるな。」
「中央管理室にはマスターキー以外にもいろんなデータがあってね。……『スタッフリスト』もそこにある。……言いたいことは、もうわかるでしょ?手伝ってくれたら、マスターキー取るついでに『スタッフリスト』の中身をいじって、あなたの情報を完全に抹消してあげる。」
にっ、と軽く笑ってアリスは言った。
アキバはハァーッ、と深くため息をついた。
「なるほどな……。となると、初めから俺に選択肢はなかったわけだ。」
「いや?あなたが決めていいのよ。」
「え?」
彼女は意地悪そうな笑顔のまま、アキバに強めの語気で語りかける。
「さあ、選びなさい。天文学的確率にかけて一人で脱出してみるか、それともDEDの慈悲に賭けて投降してみるか。………もしくは」
アリスはすうっ、と息を大きく吸い込んで、最後の選択肢を言い放つ。
「この施設を知り尽くしている、わたしに協力して現金を盗むのを手伝うか。」
……アキバは一旦深呼吸をし、目を閉じて思考を巡らした。
一つ目の選択肢、一人で脱出……これはないな。ここの施設のことを全く知らない以上、迂闊に施設を歩き回っているだけで殺される。第一、俺はここから本土への帰り方がわからないから一人での脱出はまず不可能だ。もし脱出できたとしても、『スタッフリスト』から個人を特定されて逃げた先で捕まる。生存確率は多分1%もないな。
二つ目の選択肢、投降……これもないな。DEDの連中は暴力的だ。投降の成功確率は極めて低い。それに、もし全裸で這いつくばって靴をレロレロレロ……って舐めるなりして投降できたとしても、捕まったら多分実刑は確実じゃないだろうか。確か3年前の事件でデスゲーム関係の法律が強化されたってネットで言われてたし。生存確率は10%くらいはあるかもしれないが……最善の結果でも『逮捕』か。あまりいい選択肢とは言い難い。多分DEDのところに行き着いて投降させてもらうまでに殺されるのがオチだろうし。
とは言っても、こいつの提案もなぁ……。わざわざマスターキー取って金庫のところまで行って現金奪うなんて……リスクが高すぎる。絶対警備がいるだろうし……。成功確率は1%未満……多分一番小さい。だが、『無事に生き残って元の生活に戻る』という可能性が含まれているのはこの選択肢のみ、か……。……よし。
アキバは心の中で一つの決断をすると、アリスにこう問いかけた。
「なぁ、そもそもなんでそんなに俺を仲間にしたいんだ?」
「そ、それは……。」
アリスは、そう言われるとドキッ、とした表情をして、サッと目を逸らした。
「それは……ひ、一人より二人の方が作戦が楽だからよ。……ほ、本当よ!?」
「そうか……。」
こいつの言ってることは本当っぽいんだが、なんか隠しているな……。他にも理由があるみたいだ。なんとなく想像はつくが……。まあ、どんな理由があろうとも俺の決断は変わらないんだけどね。
そして、俺はアリスにこう、言い放った。
「決めたよ。……お前に協力する。これからよろしくな。」
俺はアリスに握手の手を差し伸べた。アリスはその手をしばらくジッと見つめた後、俺の手を握り、
「ええ。よろしく。」
と挨拶を述べた。
「よし、これで取引確定だな。」
「ええ。これで晴れて私たちはれっきとした協力関係になったわけね。」
「そうだな。」
アリスとアキバは、ニッ、と笑った顔でお互いを見つめあった。
「……ところで、アリスさんや。」
そんな中、アキバが笑ったままアリスに話しかけた。
「なにかしら?」
「もし、俺がこの取引を拒んでいたら、お前はどうするつもりだったんだ?」
「……なにもするつもりはなかったわよ?」
そう言いながらも、アリスの笑っていた顔はピシッ、と石化したかのように固まり引き攣っていた。……アリスが動揺しているのは誰が見ても明らかだった。そんな彼女に、アキバは追い打ちをかける。
「嘘はやめようぜ?……さっきお前が座ってた時の、太ももと椅子の間に挟んだ手はなんだったんだ?」
「…そ、そんなのどうだっていいでしょ?ただの手癖よ。」
少し怒った表情でアリスは答えた。アキバはそれに構わずに話し続ける。
「……お前は俺に3つの選択肢を提示してきた。このうち、俺が前2つの選択のどちらかを選んだ場合、すなわちお前の取引を蹴った場合…お前は困ったことになる。」
「……。」
アリスは目を逸らしている。
「お前はこう思ったはずだ。……俺の逃走がまず成功するわけがない。かと言ってDEDの奴が#貴重な情報源__・__#を殺すはずがない…‥すなわち、自分との取引を拒否され、俺が単独行動をとった場合、俺はまず100%、DEDの連中に捕まることになる。DEDは俺を捕まえた後にどうするか?答えは簡単。他の逃走者の情報を抜き出すために拷問をする。そうなったら俺は絶対にアリスのことや脱出計画を洗いざらい話すだろう。……すなわち、単独行動をする俺はお前にとって足手まといになる。だったらせめて、情報が漏れる前に背中を取って……グサッ!ってしようとしてたんじゃないのか?あ、もしくはバーン!かな。」
「……なな、な、なんのことかしらねぇ~~。ぴゅー♩ぴゅーぴゅー♩……ぴゅー」
アリスは、俺から目を逸らしたまま、冷や汗をダラッダラ流して口笛を吹いている。……図星か。
「まあ、でもこの事態じゃそう考えるのも不思議じゃない。だからあんまり気にするなよ、俺も気にしないからさ。それより、これから協力するんだからそんなピリピリした空気はやめて、お互い仲良くしようぜ。」
といって、俺は笑顔で右手を出し、改めて握手を求めた。彼女は俺の顔と手を交互にジロジロと見ている。どうやら俺のこの態度に不信感を抱いているようだ。まあ、そりゃそうか。
だが、考えるのをやめたのか、アリスは一度息を深く吐くと、
「そうね。さっきは殺そうとしてごめんなさい。改めてよろしく。」
少し笑った顔で手を握った。
「ああ、よろしく。」
……この時、アキバは脳裏で思考を巡らしていた。
よかった…念の為かまかけておいてよかったな。これでこいつが今、この作戦における俺のことを仕事仲間、ではなく単なる道具として見ているということがよくわかった…となると、やはりこいつの作戦は完全に信用するべきじゃないな……。
そして、アリスもこう考えていた。
こいつ、思ったより観察眼が鋭いわね。となると、この男のことは単なる扱いやすいバカだと思って侮らない方が良さそう。警戒しておこう。
だが、しかし……そうだ、とりあえず今のうちは仲良くしておかないとな。
…俺は俺が生き残るためにこいつを利用する。存分に利用した後にタイミングを見計らってこいつとはおさらばするとしよう。
…私は、私の目的のためにこの男を利用する。用がなくなったらこいつはすぐに捨てるとしよう。
『『それまでは、仲良しごっこを演じるとしよう………。』』
二人は、握手を交わしながらフッフッフ……と不気味な笑い声をあげていた。思いっきり相手に聞こえる大きさで。
だが幸いというべきか、間抜けというべきか、自分の完璧な計画に酔いしれていた2人はお互いの笑い声に気づいていなかった。
……かくして、ここに、2人のお互いが裏切る気満々の怪盗コンビが誕生した。
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