6-3.世界でいちばん美しい獣

 炎の中に、黒い靄が湧き立つのがノーザレイの目にも見てとれる。ある程度は焼き払ったはずだが、まだまだハームは残っている。

 加えて、ハームの厄介な性質に緊急時の「生育促成」がある。巣の危険を感じると、本来ならばまだ成虫として孵化しないはずの幼虫が一瞬で蛹、そして成虫へ変化する。「生育促成」で成虫になったハームの寿命は通常のハームと比べて極端に短いが、一時的に群れの総数は倍増する。

 ハームの巣を殲滅させるためには「女王」の殺害が必須だ。

『魔法再発動準備! 零班各員は魔法再発動と同時に拠点に突入、「三本の竜の腕」構成員を確保せよ!』

「「「「「了解」」」」」

 険しい声で続けざまに指示を飛ばしつつ、ロアはドラゴンにも声をかける。

『こちらも突入する』

『やっとだな』

 ハハハハハ、と笑いながら、エルドルム・ハルムの巨体が今度は急降下する。身体は吹き飛ばされないものの激しい落下の感覚はある、という不可思議さにめまいがする。

 風の音に混じって耳に付けた通信魔法具から各班班長の「準備完了」の報告が飛び込んでくる。彼らの声に適度な緊張はあるものの焦りはないことから、現状は想定からそれほど外れていないものと思われる。

『三班はそのまま待機。一班、二班および四班、魔法再発動まで、三、二、一――発動!』

 エルドルム・ハルムの高度がすでにかなり下がってきていたため、今回の爆炎はすぐ眼下で起こった――二班の起こしたものしか目に映らなかった。

 ぶわん、と大きく翼を羽ばたかせ、急降下に制止をかけると、エルドルム・ハルムは燃える「三本腕の竜」の拠点を見下ろす宙に位置どる。

 炎と煙に混じって、酸っぱさと腐敗臭の混ざったような、何とも形容しがたい生理的嫌悪感を刺激する悪臭が漂っていた。

『思ったよりも巣を太らせていたみたいだ』

 何かに耐えるようにぽつりとつぶやいたロアの言葉にかぶせるように一班のミティシャ、四班のライラアイズから相次いで報告が上がる。

「残存するハーム、二の三地点方面へ逃走」

「ハームが巣を放棄、二の三方面へ向かって飛翔」

 この報告はロアたちの想定通りだ。

 女王のいる巣以外に作られる巣は一定の被害を受けた場合や、女王の巣が甚大な被害を受けた際に放棄される。ハームたちはいったん女王の元へ戦力を結集したうえで、体勢を立て直すのだ。

『一班、四班は目の前の巣を再利用不可能にした上で、二の三地点に合流』

「「了解」」

 第一段階はこれで終了。第二段階は二の三地点――もともとの作戦目標であった「三本の竜の腕」の拠点が主戦場になる。

『三班、突入した零班隊員を後方から援護。ハームを近づかせるな』

 ロアが指示を出したところで、眼下の炎の中から黒い塊が飛び出してくる。言うまでもなくハームの群れだ。宙にとどまるエルドルム・ハルムを包むように、突然の爆発に何事かと外へ飛び出してきた「三本の竜の腕」の構成員を確保しようとふたり一組で拠点へ走り込んできた零班隊員――ノーマの相方はラズシーだ――の行く手をさえぎろうと、塊は靄のように広がろうとした、が――。

『させるものか』

 たのしそうな声と同時に、エルドルム・ハルムの口から青白い炎が放たれる。その炎に触れた瞬間、広がりつつあったハームの群れが薄絹に火をつけたように端から燃え上がり、消し炭も残らず燃え尽きた。かろうじて燃え残ったハームが混乱するようにその場を旋回する。その隙に零班隊員はそれぞれの担当箇所に到着した。

 ウィーウィンルルゥが魔界で最も速い翼の持ち主だとすれば、エルドルム・ハルムは魔界で最も熱い炎を宿すものだ。

 炎を苦手とするハームにとっては天敵そのもの。エルドルム・ハルムの吐く青白い炎から逃げ惑うしかない。

 問題は火力が強すぎることで、本気で焼き払えばあたり一帯の山を溶かし、草一本生えぬ平地にする。

『エルハム、炎を吐く方向には――』

『もちろん気をつけているさ、我が主』

 やっと暴れられると言わんばかりに喜々として炎を放つドラゴンに向けた注意は、軽やかな笑い声まじりに流された。

 地上にいる隊員たちだけでなく、山肌に炎が引っかかるだけでも大惨事なのだが――と不安になったものの、エルドルム・ハルムの炎の扱いは見事なもので、確かにハームおよびハームの巣以外が燃えることはない。

 ロアもため息ひとつこぼすと、次の確認に移る。

『零班各員、状況を報告』

「外へ出てきた構成員六名の確保完了っす」

「拠点内制圧完了。内部に残っていた構成員四名は全員拘束済みです」

「隊長―、胸糞悪いもん見つけちゃったんだけどぉ、これ、どうすればいい?」

 エレナ、ミケールの的確な報告の後に、ノーマの嫌悪感のにじむ声が続く。

『何が――』

 と言いつつ、ロアはノーマといっしょにいるはずのラズシーと視界を共有したらしい。青緑色の目を見開いて一瞬固まり、深く深呼吸すると感情を押し殺した声を発した。

『――すまないが、目につくところに遺留品になりそうなものがあれば確保してくれ。なければそのまま撤退を』

「りょーかい」

 いったい何を見たのか、何があったのか、気になりはしたものの、それを問うほどの余裕はない。

 二方向の空に、こちらに使づいてくる魔力反応――おそらくハームの群れ――を感知する。

「少佐」

『うん』

 短くうなずいたロアはとっくに気づいていたのだろう。もしくは飛来のタイミングを予測していたのか。

『一班、四班、状況は?』

「一班、二の三地点現着です」

「四班、距離はあと少しありますが、もう各班視認できます」

『よし。では、零班は確保した構成員を連れて撤退。二班、三班は零班の撤退を直接支援。一班、四班は後方支援。零班から四班まで合流したら、当初の指定地点まで後退して』

 そこまでひと息に指示すると、際限なく眼下の巣から湧いてくるハームたちを片っ端から焼き払っているエルドルム・ハルムに声をかける。

『そろそろ正念場だよ』

『ハハッ、まとめて焼き払ってやる』

 青白い炎に散らされつつも、数が少なくなってきたせいか、先ほどまでより焼かれるハームの数も減ってきた。そこに巣を焼かれたハームの群れが合流し、三方から一気にエルドルム・ハルムに襲いかかる。

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