第5話 四谷

あれから仕事に行けない日々が続いている。


細胞実験で効果のあった薬剤は動物実験に回される。動物に投与して生き物での変化を見るわけだ。ここでの実験動物とは、主にマウスのことだ。薬剤で凶暴化する奴もいれば、頭の良くなる奴もいる。この間試験したマウスは迷路を素早くゴールし、行動テストでは記憶力も良くなっていたようだ。中には高いところから勇敢に飛び降りする奴も出てくる。勇敢といえば聞こえはいいが、判断能力は低下しまっているのかもしれない。悪くいえば、いかれている、という奴だ。


しかし職場に行ってもこの間と同じ、1時間程度で切り上げることになる。またしてもノイズのせいで、作業するどころか部屋に居ることすら難しい。まあ作業ならば誰がやっても変わらないように訓練されているので、会社として支障はないのであるが。仕方ない、今はサードプレイスとしてコーワーキングスペースを活用しデスクワークをやる日々だ。近くでは昼間なのに女子高生がいて騒いでいる。短いスカートの奥にふとももがチラつく。作業になんか集中できるか!空いた時間に仕事以外の趣味で時間潰しが出来ると良いのだが。


趣味というか特にやることもないと退屈なので、時間を潰す方法は幾つか持っている。その一つが数年前から始めた運動だ。夜はたまにスポーツジムへ行く。体を動かして汗をかく。重いダンベルを上げる。次はスクワット。それからランニング。だいたい二時間ぐらい、体を動かす。以前はウェイトを増やしていたのだが、今は同じウェイトで同じ運動を繰り返し、同じ距離を同じ時間走る。これ以上運動するならば専用のトレーナーが必要だろうな。運動すると比較的よく眠れるのだ。


でも最近はあまりジムに行かなくなった。少し居づらくなってしまって、休会しているのだった。原因は女性関係だ。ジムに行くと意識高い系の女性が結構いて、そういう雰囲気が好きなんだ。その日は頭がおかしかったのだろう。タンクトップでストレッチをしている女性から目が離せなかった。その女性がジムの外に出たところで声をかけた。声の掛け方が良くなかったんだ。ホテルに誘うと明らかに不快な顔をされてしまった。次の日警察から連絡が来た。会員制のジムであるから、ほとぼりが冷めるまで行くのは暫く止めておこう。


こうやって生活のルーティンが崩れると色々な変化が起きてくる。出費が増えたり、アルコールの量が増えたり、朝の小鳥の数が増えたりする。朝は大勢の小鳥が起こしに来る。それも目覚めの時間より少し早めにセットしてある。僕はベッドから離れるのを拒否する。小鳥たちは容赦無くさえずる。すごい早口で。何だか頭に直接響いてくるような音だ。どうもおかしいな。僕はシールドを意識する。身を守るバリアである。このシールドを張ればダメージの9割をカットできる。そして抱き枕には治癒の効果がある。これはかつて魔王と戦った僧侶様が転生された枕である。抱きかかえているだけで体のダメージは癒されていく。そうやってHPゲージを小幅に減らしながら朝を迎えるのであった。

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