第7話 十五歳の誕生日

「おかえりなさーい」

「ああ、ただいまハル、それにティーネ、モコも」

「お帰りなさい」

「おかえりなさいー」


私とティーネを真似たモコを見て、リューはフフッと笑ってから、傍に来て私の頭をグリグリ撫でた。


「さて、それじゃ早速ハルのためにケーキを焼こう、ティーネは手伝いを頼めるか?」

「勿論」


やった!

諦めていたリューのケーキが今年も食べられる!

私のワクワクが伝わったのか、リューもなんだか嬉しそう。ティーネもニコニコしているし、モコはよく分かってなさそうだけど、とにかく皆に誕生日を祝ってもらえることが嬉しいよ!


「ハル、昨日は一人でよく頑張ったな、今日の片付けもお疲れさま、後はのんびりしていいぞ、なんたって誕生日だからな」

「その仔と一緒に待っていて、ご馳走もたくさん作るわよ」


わぁーっ、ワクワク! ワクワク!

お言葉に甘えて、モコを連れて暖炉の前に腰を下ろす。

クッションを抱え込んでニマニマする私の隣にモコもちょこんと座った。


「ねえ、はる」

「何?」

「けーきって、なに?」


そうか、モコは知らないのか。

ケーキがどんなに素敵なものか、私が説明して、モコが目をキラキラさせながらうんうん頷いている間も、台所ではエプロン姿の二人が動き回っている。

料理もお菓子作りも得意な二人だから、分担して同時進行でご馳走がどんどん完成していく。

すごいなあ。

一応、私も料理だけじゃなくお菓子だって作れるけれど、あの二人ほど手際はよくないんだよね。

母さんは料理もお菓子作りもちょっと苦手みたいだったから、私は母さんに似たんだろうな、うん。


「おいし、においがする!」


モコが上を向いて鼻をヒコヒコ動かしている。

私もさっきからお腹の虫が鳴きっぱなしだ、ちょっと恥ずかしいな、へへっ。

時間的にもそろそろ夕飯時だし、だから仕方ないよね。

だってこんなにいい匂いなんだもん。

まだ少し強い風がカーテンを引いた窓をカタカタと鳴らしている。

そうだ、ロゼは今夜も独りなんだ。

リューだけ帰しちゃったから本当に一人きり、寂しがっているだろうな。早く会いたいよ。


「ハル、悪い、少し手伝ってくれないか、食器の用意をしてくれ」

「いいよ!」

「助かる」 

「もうすぐできるわよ、今夜はご馳走!」

「はーいっ」


立って食器棚へ向かったらモコもついてきた。

流石に手伝いは無理だけど、傍でずっと見ている。ラタミルの雛ってことはまだ赤ちゃんだから、何でも気になるし興味が湧くんだろうな。


「ふぉーく、すぷーん、さら、おぼえた」

「へえ」


モコの声が聞こえたらしいリューがこっちへ振り返る。


「賢いな、食器の名前を教えてやったのか?」

「あ、うん」

「そうか、ハルもえらいな」


私まで褒められちゃった。

グイグイ頭を押し付けてくるから、撫でてあげたらモコは満足げにムフ―ッと鼻息を鳴らす。

こっちはこっちで得意そう、よしよし、お利口さんだね。

リューとティーネに頼まれて、色々と手伝って、あっという間にパーティーの用意が整った。

私、リュー、それからティーネは椅子に腰掛け、モコは椅子代わりのクッションを詰んだ上に座って、皆でテーブルに着く。

うわぁ、美味しそうな料理! それからリューが焼いてくれたケーキ!


「ロゼがいないから、バースデーソングは歌ってやれないが」


リューの言葉と一緒に、リューとティーネ、モコが改めて私を見る。


「ハル、十五の誕生日、おめでとう」

「おめでとう!」

「おめでと」

「ふふっ、ありがとう!」


嬉しい。

毎年、誕生日って素敵な日だなって思うよ。

この日は私が生まれた日、皆に祝ってもらって、生まれてきたことを感謝する日。

拍手されて、照れ臭くなって笑ったら皆も笑顔だ。モコだけキョトンとしてる、ふふっ。


「それじゃケーキを切ろう、ハルには特別大きく切るぞ」

「やった!」

「もう、相変らず食いしん坊なんだから」

「エヘヘ」


だって、リューのケーキ美味しいんだもん。

ナッツたっぷりのスポンジでジャムを混ぜたクリームと蜜漬けの果物を挟んで、周りにもたっぷりクリームが絞ってある。

ケーキの上には蜜漬けした果物とジャム。甘くて、食感も楽しくて、頬が蕩けて落ちちゃいそうなくらい美味しいリューのケーキ。

テーブルの上はご馳走だらけだ。焼いたお肉、揚げたお肉に、皮を剥いた果物、色々なピクルス、キノコがたっぷり入ったスープも、こんなにあったらどれから食べるか迷っちゃうよ。


「ハル、俺からの誕生日祝いだ」


手渡された包みを開いて、中から出てきたのは―――ちょ、チョコレートだ!


「わあぁっ、チョコだぁ!」

「お前、甘いの好きだもんな、特にそれ」

「うんっ」


こんな美味しいお菓子で溢れているっていうだけでも、村の外って凄く魅力的だと思う!

今でもチョコレートを初めて食べた時の感動は忘れられないもんね。


「ハル、私からはこれよ」

「わぁ」


ふんわり柔らかな手触りの軽いベスト、色が綺麗、形も可愛い。


「寒くなってきたら使って」

「すごく気に入ったよ、有難う、嬉しい!」

「よかったわ」


なんだかこの手触り、ティーネみたい。

大切に着よう。

そうっと頬擦りしたらいい匂いがした。優しくて温かいティーネの匂いだ。


「二人とも有難う!」


今年は、明日旅に出るって意味でも特別な誕生日だ。

心の籠ったご馳走に贈り物、本当に嬉しい、すっごく幸せだよ。

ドキドキし過ぎてちょっと泣きそう、えへへ。

―――本当のことを言えば、ティーネに全部任せて家を空けること、ちょっと気掛かりは残る。

ティーネを信用していないわけじゃなくて、生まれて育ったこの家から長く離れるのは初めてだから、少し感傷的になっているんだと思う。だって、ここにはたくさんの思い出と大切なものが詰まっているから。


でも、行くんだ。

母さんがいる王都へ、それから、モコをラタミルの大神殿へ連れていくために。

リューとロゼと一緒に、長い長い旅に出るんだ。


「ハル?」

「どうした、ハル」


浸っていたら二人から心配そうに顔を覗き込まれた。


「な、なんでもない、アハハ」


取りあえずそのことは置いておいて、今は目の前のご馳走を食べないとだよね!

フォークを取ろうとした拍子に、なんだかしょんぼりしているモコに気がついた。


「モコ?」


モコは顔を上げて、私をじっと見てから「なんにもない」とまた俯く。

何がないんだろう?

ふとリューが手を伸ばしてもこの頭をよしよしと撫でる。


「大丈夫だ、それなら明日何かあげたらいい」

「あした?」

「森に入るからな、綺麗な花や、美味しい実がきっと手に入る」


そこでやっと気づいて、私も慌ててモコの方へ身を乗り出す。


「いいんだよ、貰うのは物でも、気持ちが一番嬉しいから!」

「きもち?」

「誕生日はね、その人が生まれた日なの、だからそのことを祝ってもらえると、生まれて良かったって思えて嬉しくなるんだ、だから気持ちが一番嬉しいんだよ」

「きもち、うまれてよかったな、きもち」


モコはじっとテーブルの上を見て、パンを一つパクッと咥えると、私の前に置いた。


「ありがと、はる、ぼくのきもち」

「モコ」

「おいし、だよ」

「うん、有難う」


やっぱり気持ちが一番嬉しいよ。

お礼代わりに毛を撫でてあげたら、モコは目を細くして鼻をスピスピ動かした。喜んでいるのかな、贈り物ってあげる人も貰う人も幸せになれるよね。

今日のこと、ますます忘れられなくなっちゃったな。

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