医師との対話

水面

2022年4月2日

その惨状を目の当たりにして、私は叫び声を上げました。もちろん、声を出したのは家に帰ってからです。公道で叫び声を上げるのは法に違反していますから。もしも叫び声を上げるようなことがあれば、通りに居合わせた人たちが警察官になって、あなたに突進してくるでしょう。そうしてあなたを中心にした泥の山ができあがって、ろくろのように回転して形が整えられると、自然乾燥ののちに壺なりかめなりが完成するわけです。それは嫌ですよね。だから家に帰るまでは口を押さえていました。呼吸が止まり、顔は赤かったでしょうね。家に鏡はないですから、証明する術はなかったですが。そうしてようやく家の中に入り、家の壁に向かって叫び声が上げられると、それを聞いた壁が不満げな顔をし始めました。そうです。奇妙に思うかもしれませんが、壁というのは感じた不満を溜め込むタイプなのです。ですが、そんな態度では世間ではうまくいきませんよね?いつまでも子どもというわけにもいかないでしょう。だから私は仕方なく、拳を壁に振り下ろしました。そんなにやることではないですが、別に初めてというわけでもない。これで少しはよくなるだろうと思ったのですが、予想に反して壁はぐねぐねと脈打ち始め、地響きとも思えるような深く低い唸り声を出しながら、黒い涙を流し始めました。四方の壁中から流れ出るものですから、私は足を取られて転んでしまい、その涙を少し飲んでしまったのです。それからなんだか調子がよろしくない。先生、やはり咄嗟のことでバランスを失ったりしないように、普段から足腰を鍛えておくべきなのでしょうか。

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