追放された魔術師が洗脳魔術で無双する件
ヤンデレ好きさん
第1話 追放
中年で、長らく冒険者を続けていた魔術師テムズはパーティより追放される。このパーティ、元々それぞれの思惑が偶然合致した結果、利害一致という形で組まれたものであり、彼もまた然り。一人ではどうする事もできない仕事にも手を付けられるようにしたいと考えた結果、この道を選ぶことにした。
彼は凄まじい技術をたくさん持っており、王国の発展に尽くしてきた。しかしながら、国は技術をありがたく頂戴することはあれども、テムズそのものを認めることは無く、むしろ異端者として扱い、嫌っていた。
「新たに加えた同じ職のデニスがいるからな、もう貴様は用済みだ。技術はお前よりは下だろうが、使える術が少なくとも気立てが良いあの娘の方が幾分かは使えそうだし、それにパーティに華ができる。それに貴様は醜いしなぁ」
「俺を追い出す気か。ならば相応の手切金を寄越せ。一応貴様らの命を救ってやった恩がある」
「恩着せがましい親父だ。アルマから貴様のようなしみったれた輩にくれてやる金は無い。今日帰ったら新たな仕事仲間でも探すんだな」
「長年つるんできたあんたもそろそろ潮時かしら。いつも魔法とか魔術の話ばかりでキモいしつまらなかったから、あたしもデニスの方を引き入れるべきだと思っていたところよ」
「カリムちゃんもダルクさんもサイガさんも、あんまり虐めるのは良くないですよ。ストレスでお爺さんのシワが増えてしまいます」
パーティを組んでからそこそこの時間を経たにもかかわらず、半端な気持ちで乗っかった当てが外れたのだ。
テムズは醜いと、ある意味では同類な悪どい仲間もどきからパーティから外される宣告を受ける。その挙句に最悪の餞別を受け、魔物の襲撃に遭い、湖に打ち捨てられていた。
血が流れ、身体の節々を痛めたテムズは全治に相応の時間が、かつ放っておけば確実に死ねる重傷を負っていた。
長所を伸ばす方針を固めたゆえに魔法の修行ばかりで肉体を鍛えていないのが仇になり、大怪我を負った途端、指の一本すら動かせない体たらくだ。
「あいつら、よくも俺を……!」
付き合ったテムズもテムズだったが、散々労働力を搾取するだけして、飽きたら捨てる奴らも奴らであった。
このまま彼が願っていた魔導の道の大成は果たされる事なく潰えるのか。
傲慢で貪欲な彼でも、このような毒にしかならない末路は御免だ。生きるため、そこへの渇望が身体に鞭を打ち、彼の身体を岸へと上げさせた。
「かはっ! はぁ……はぁ……あいつら」
テムズは弱り切った身体で凶暴な魔獣がひしめく森の中を彷徨い歩く。この身体で一箇所に留まっていたら少なからずともテムズに死を招く。彼自身、その事を何よりも恐れた。五体満足で送る安寧の未来を捨てる事も厭わず、猪突猛進に道を切り拓いていく。
「俺を侮辱するのはまだ良いが、いや、それも許さんか。とにかく、魔法や魔術をコケにしたのは許さねぇ、生きて戻ったら絶対にぶっ殺してやるからな」
魔獣の出て来そうな場所とそうでない場所と、臭いを嗅ぎ分け、獣道を避けてリスクを可能な限り減らす。
そうやってなんとか魔獣の巣窟へ入って行く事を避けていると、とある洞穴に辿り着く。自然が織り成したものというよりは、誰かが掘ったような整った形。
この際、ここについての過程はどうだって良かった。
洞穴には古めかしいながら、優良な魔術資料が集まっていた。
「これは奇跡か?」
テムズは魔術師にとっての宝庫に感嘆とするばかり。傷を癒すのも惜しみ、それらを一心不乱に読み漁る。
誰が、どうやって、これ程の質を誇る資料を掻き集めたのかは知らない。
テムズの興味はそちらにはなく、魔術についての内容にしか目が行っていなかった。
中に差す光が段々と弱くなっていく事から、夜が近いのが分かる。
「魔術師が造った洞穴だ。おそらく結界があるはずだが」
夜襲に備えて結界装置を探す。結界が消えていた事で彼が入れたのは僥倖である。
折角宝庫を見つけても、襲撃を受けては意味がない。
これだけの財、見る者次第では莫大な富に他ならず、横取りされる可能性は十二分に有り得る。
そうして保身と財のため、松明の明かりの中で岩場を引っ掻き回していると、岩の膜の裏から魔術の刻印が出て来た。結界として作用するそれには経年によるガタが来ており、修正が必要だった。
「ん? くっ!」
新しく作り変えようとしたところ、邪魔が入る。飛んで来た短剣が古い魔術回路に突き刺さり、引き剝がすのを拒ませた。
短剣が飛んで来た入口の方へ目をやると、盗賊装束に身を包んだ少女が姿を現わす。
「ノルマをこなすのに丁度良いかと思いきや、まさか先を越されていたとは」
足首の厚手の布に備え付けている短剣を両手に携える彼女は明らかな戦闘態勢。
テムズはついていなかった。
大怪我を負いつつも宝を見つけたと思ったら、やはり欲に目が眩んだ悪人に命を狙われる。一難さってまた一難といったところか。
神はテムズを殺すことに躍起なのだろうか。そう邪推しても仕方のない運のなさに、テムズは嘆かずにはいられない。いやはや、テムズ程強靭な精神を持ち合わせていなければ舌を噛み切っていてもおかしくない。誰も咎めることはできないくらいの苦難であることは、事態に出会したテムズが一番よく知っていた。
「まあ、殺せば済むことだ」
女盗賊はテムズを殺すことを選択する。安易に死が訪れるこの不条理な世界の中で相手に下手な情をかけることは死を受け入れる愚行と全く同じであることを、無知な者は受け入れなければならない。
彼女は最低でもそうした輩ではないことを知り、テムズの緊張はより一層高まる。
彼は後退りして、少しでも間合いを開けようとする。身軽な装備をしたあいつには意味は無いだろうが、気休めにはなった。
彼女も警戒を怠らないようで、じりじりと砂利を蹂躙しながら、しっかりと距離を詰めてくる。戦い慣れている分、ますます分の悪さが露呈するばかりだ。
飛び掛かられたら一巻の終わりであり、かといってテムズから反撃する術も皆無。まさしく絶体絶命の袋小路。
「ま、待て! 話だけでも」
「問答無用! 魔術師、覚悟!」
笑う盗賊娘が短剣を両手に迫って来る。
もう駄目だと諦めたテムズはやけになり、目を瞑る。
痛みも何も感じない。
とっくに胴体を斬られていてもおかしくはないはずだ。
死んで天に召されたのともまた違う。生きているこの実感は本物だ。
彼女はそもそも目の前で、斬り掛かってきている。その動きは非常にゆったりとしている。身を翻せばかわせそうな気がしなくもないが、自身の身体も動かない。彼女と同じく緩慢な動作であり、これでは死の運命から逃れる事などできそうになかった。
要するに頭の働きだけが冴え渡っている状態なのだろう。死の間際に、強過ぎる後悔の念が許した最期の瞬間。
悲しいもので、最期は死にたくないとぼやきながら情けなく死ぬ道しかないのだろうか。
そのような悲しみに暮れる彼の頭を、呪文のような不揃いな文字列が過ぎる。
意味も何も碌に理解していない彼には、もはや縋るものも、失うものも、これから失う事が確約された命しかない。
何かある事をすでに信用していない神に祈りながら、願う。
「……!」
頭に過った文字をやけになったままに口遊む。自然と口が素早く動くのは、長年の修行の賜物だった。死ぬまでの僅かな間に活かされるのも考え物だと、彼は肩の力を抜き、死を受け入れようとした。
「……」
彼が死を受け入れたものの、その瞬間らしき痛みも苦しみも中々訪れないため、閉じていた瞳を開ける。
「ご主人様……ご主人様……」
そこにはご主人様と囁きながら、抱き着いている盗賊娘がいた。その瞳には溢れた活力がなくなっており、殺意も、それどころか殺気も伴っていなかった。ただ一つ感じられるのは、奉仕精神。テムズに仕えたい。彼女からはテムズのために頑張りたいという直向きな姿勢が伝わってきていた。
それが命の危機に瀕し、余裕のない彼にはとにかく恐ろしいものでしかなく、体中が自身に逃げろと警鐘を鳴らしている。
「うわ!」
テムズは当然驚き、盗賊娘を引き剝がす。無気力そうに一旦へたり込んだ彼女はすぐに持ち直し、よろよろとした動作で立ち上がる。
「ご主人様ぁ」
またもや彼女に抱き着かれてしまうテムズは身体の節々のダメージを思い出し、激痛に苛まれる。
「いてぇ! うぐぁぁぁ!」
「ご主人様! しっかりしてください!」
彼が傷において苦悶しているのを目にした盗賊娘は敵のはずなのに、何故か持っていた薬草などで応急手当を始める。
下手に芽生えた正義感からだろうか、テムズには彼女の行動原理がいまいち理解できていない。
「ああ……ご主人様がいなくなったら、あたしは……うわぁぁぁ!」
「うる……せぇ……ちょっと黙っていろ」
「いやぁぁぁぁ、ご主人様!」
「ごほっ、ごほっ」
発狂し、洞穴に反響する彼女の喚き声と傷の痛みが合わさりいよいよ意識を保てなくなった彼は、微睡みの中に意識を放り出すのだった。
朝起きると、彼女はいなくなっていた。傷は彼女が使った薬草により、ほとんど塞がったようだ。
殺すのを止め、むしろ治したのかは分からないが、取り敢えず死の淵から助かったことに関しては礼を言うべきなのだろうか。
彼は心にしこりを残したまま、一旦外へと朝日を浴びに行く。魚の小骨を喉に引っ掛けたような絶妙な不快さは中々拭えないまま、時間はそんな彼の気も知らないで無慈悲に進んでいる。
「ご主人様ご主人様ご主人様……」
「ひっ!」
ツインテールとして、二つに結び分けられた黒き長髪を揺らす盗賊衣装の娘が大量の木の実を背負い込んでこちらへと歩いて来ていた。見間違うはずもなく、彼女は昨日訪れたあの女そのままの姿で彼の元に舞い戻る。
突然切り替わった態度は相変わらずで、策に嵌めようとしている気配も感じない。それならば手負いにやるには回りくど過ぎるし、それを加味していては、なおさらに彼女の行動原理は読めなくなる一方であった。
「ご主人様、朝食の木の実です」
「あのさ、盗賊さん」
「あたしの名前はエリアル・ローアと申します。呼称があった方が呼びやすいと思いますので、差し支えないようならばエリアルと呼ぶことを推奨いたします」
「……エリアル。ノルマとやらを達成して、帰らなくて良いのか?」
盗賊を生業とする連中は量と質、そして遂行速度といずれも重視する効率重視の生き方を迫られる。敵のはずの輩に仕事を遅らせてまで構っているのは、いくらなんでもおかしいとしか言いようがない。
しかも彼女は明らかにテムズに味方をするような真似をしており、先程までの態度とは矛盾している。それこそ、安易にテムズを助けようとする姿勢は愚かにも程があり、戦いに身を置く者なら善悪問わずに敵対者を絶対に信用してはならない。彼女は自分に誓っていたであろうスタンスを安易に破り、不用意にテムズを助けることを選んでしまっていた。
その姿は見た目とは釣り合わない、ありとあらゆるものに慈悲を与える聖女と姿が重なるものの、変わり身の異様な早さゆえの気持ち悪さで、素直に喜ぶことなどできるはずもなかった。そんなことをすれば、それこそテムズも彼女と同じ腐った領域に身を堕とすこととなるだろう。
「そんなもの、どうでもいい……」
「は?」
耳がおかしくなったのか、それとも彼女がおかしいのか。分からなくなった彼は彼女に再度問い掛ける。
「おい、大丈夫か?」
「あたしの世界はご主人様だけになったので、そんなもの、どうでもいいです!」
どうやら耳がおかしくなったのではないようだと、テムズはそこだけは取り敢えずと安堵する。
「ご主人様と一緒にいられれば、他には何も要らない……いひっ、いひひひっ、しゅきぃ、ご主人様!」
エリアルはテムズに頬擦りをしながら、柔らかい胸の部分を当ててくる。小柄な少女ではあるが、しっかりと出る部分は出ており、怪我により先鋭化された感覚により体感だが普段の数倍はその触感をテムズは味わっていた。
これが怪我の巧妙などとテムズが馬鹿なことを考えていると、覗き込んでくるエリアルのほほは煮込まれた肉のように柔らかくなっている。さっきまでテムズに向けられていた殺意とは程遠く、直近にあった修羅場を遠い過去のように思わせる。
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