第1895話・第十回武芸大会・その十
Side:久遠一馬
武芸大会も終盤だ。一試合に人生が掛かっていると言っても過言でなくなりつつある。無論、勝っても負けても来年挑戦出来るけどね。
ただ、やはり勝った方が評価されるし、早く立身出世が出来るんだ。
常連組がいる一方、予選会から勝ち上がるのは年々難しくなりつつあり、頑張って勝ち上がってきた人が負けて落胆する姿は感情を揺さぶるものがある。
出場者で多いのは武官だ。武芸を鍛練することが仕事だからだろう。
ただし、武官であっても武芸の鍛練ばかりしているわけではない。兵法はもちろんながら分国法や統治を学ぶこともしているし、一般常識の類だって学ぶ。
これからに必要な戦略戦術まで教えていることで座学が多いくらいだ。
そんな時、会場が一層ざわめいた。
「十郎左衛門は心が強うなったの」
ちょうど孤児院の子たちの見物席に来ていることで、近くにいる宗滴さんが目を細めたのが分かる。
準決勝の試合にて、陰流の愛洲さんに真柄さんが勝ったんだ。
終始押され気味だった真柄さんだが、我慢を続けて一瞬の勝機に一か八かの一撃を繰り出した。オレにはそう見えた。
「吉岡殿にも勝ちましたしね。槍の試合に出て少し変わったのかも」
準々決勝では京の都から来ている吉岡さんを下して勝ち進んでいる。こちらも激戦で防戦気味の中での勝利だった。
真柄さん、どちらかと言うと攻めの人なんだけどね。準々決勝と準決勝では守りの試合をしていたことが印象深い。
決勝は石舟斎さんと真柄さんか。愛洲さん、不意を突かれたわけでも弱くなったわけでもない。少しくじ運は悪かったけど。
死の組じゃないけど、真柄さんと愛洲さんの近くには今川家臣とかの優勝候補がごろごろしていたんだ。
試合は余裕を持たせて連戦にならないようにしているけど、終わったらジュリアたちに問題の洗い出しを頼むべきかもしれない。
「とのさま、これおいしいよ」
「くれるの?」
「うん!」
孤児院の見学席、小さい子とお年寄りが多い。屋台とかで働いている子たちも、期間中に一日は休むようにして見物出来るようにしたけどね。それでも小さい子たちが多いんだ。
そんな小さい子が差し出してくれたのは、お饅頭だった。しかも自分の分を半分に分けてくれた。
「ありがとう。じゃ、こっちを半分あげるね」
オレはいつでも食べられるから食べなさいと言いたいけど、この子の気持ちは受け取りたい。オレの分としてまだ残っているカステラを半分に分けてお返しをあげよう。
孤児院の子供たちは甘い物も食べられるはずだ。でも子供にとってお菓子や甘い物はなによりのご馳走なんだ。それを分けてくれるなんて……。
一緒にお饅頭を頬張る。一口サイズのもので孤児院の子たちが会場で売っているものだ。お祭りのない時でも八屋や日輪堂という菓子屋で売っている品で清洲だと名物のひとつになりつつある。
「おいしいね」
「うん、美味しい」
程よい甘さと小豆の味がいい。生地も薄皮で小麦の味が甘さとうまく調和している。
「とのさま、わたしたべちゃった」
ひとりの子のそんな行動に周りの子たちは驚き、自分の分を見るものの、みんなすぐに食べちゃったんだよね。
「いいんだよ。みんなオレの子だから。たくさん食べなさい。ほら、おいで」
最初の子は純粋にオレにくれただけだろうけど、周りの子は自分も同じことを出来ないことで悲しそうにしてしまった。
子育ては難しいなぁ。ちゃんとみんなと向き合って抱きしめてあげよう。
この子たちが大きくなるまで、まだまだ先はながい。なるべく平和な環境で育ててやりたいね。
Side:愛洲宗通
決勝前に敗れてしまったか。されど、油断したわけではない。
「槍の試合でなにかを掴んだのかもしれぬな。拙者も気を付けねば」
控えの席に戻ると、次の試合がある柳生新介殿が迎えてくれた。確かに、真柄殿らしくない試合運びであったな。
もとより大太刀は槍とも薙刀とも通じるもの。されど、槍は槍で薙刀は薙刀だ。塚原殿は大太刀に専念する真柄殿に、あえて通じるものがある槍を勧めた。得物が変われば見えるものも変わる。
もとより真柄殿はあまり器用なほうではなかったからな。荒療治というところなのかもしれぬ。
なによりこの一年、尾張にて鍛練に励んだ成果が良く出ておる。才ある者にしかるべき教えを与えれば人は変わるか。敵となるかもしれぬ男にもそれを与えてしまうのが今の尾張だ。
いいのか悪いのか。少し案じてしまうな。
「おお、来たか。敗れはしたが、良き試合であったな。そなたから見て真柄はいかがであった?」
決勝前に敗れたことで北畠の御所様に詫びをせねばと出向くと、こちらが詫びる前にお声掛けをいただいた。
「はっ、試合運びが変わったと存じます。荒々しさが落ち着きに変わったこともあり、恐ろしき相手でございました」
御所様に問われて気付いた。槍で戦った丹羽殿からなにかを学んだか? あの男も荒々しさとは無縁の武芸をする。
「ほう、左様か。自ら教えを授けた者らを相手に苦労も多かろう。そなたは陰流を背負うからな。新介や真柄とは違う重荷もある。まことにようやったな。後日、褒美を取らせる。これからも励め」
「ははっ」
詫びは不要だということか。わしの顔を見て察しておられたのであろう。
武芸大会の直前まで伊勢の水害を差配しておられたはず。あまりご機嫌がようない故、気を付けるようにと言われておったのだが。左様な素振りもないな。
恐らく、御所様のご機嫌がようなかったのも事実なのであろう。尾張と伊勢を行き来するわしには御所様の心情が僅かながら分かる気がする。
実のところ愛洲家も本家の元所領は海沿いにあり、すでに織田に臣従して水軍衆となっておる。父上が武芸で身を立てたことで父上の晩年以降は本家の世話になっておったが、本家が織田に降る際にわしは御所様に請われて俸禄で仕えた。
左様な身の上故に、わしは北畠家でも変わり種だ。所領がなく尾張と伊勢で好きに武芸を鍛練し教えてよいと命じられており、それ故、他の北畠家臣らには見えぬものが見えるからな。
所領や旧来の形に拘り、御所様の目指す道の邪魔しかせぬ伊勢の者らに少しばかり苛立ちを持たれておるのであろう。
わしにはいかんとすることも出来ぬがな。御所様のわずかな慰みとなり、お心が軽うなればよいのだが。
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