第1774話・上洛する者

Side:久遠一馬


 四月だ。北条氏康さんたちも到着していて、あとは信濃から村上義清さんや高梨政頼さんなどが上洛の途中で尾張に来ている。こちらは義統さんへの挨拶もあって清洲城に立ち寄ったようだ。


 幕臣が諸国の守護や有力者を、尊氏公二百回忌の法要に招いたからだろう。別に法要に来いと命じたわけではないようだけど、儀礼的に知らせるのは当然だからな。


 といっても遠方の者たちが寄越すのは代理の使者だろう。領国を離れるのはそれだけリスクが高い。信秀さんですら、オレたちが尾張に来た頃は領国を離れるのが難しかったくらいだ。


 義清さんと政頼さんのふたりは当主だけど、近隣にそこまで不安要素がないことと、斯波家と織田家との関係から上洛を決断したのだと思う。信濃は守護が義統さんで織田が領国を治めているんだ。


 現在も国人領主というのが両家の立場であり、他家であるものの守護には従うという体裁を取っている。商いでの価格調整などもそのため行えるという名分がある。


 尊氏公二百回忌。これは足利家の行事だけど、斯波家と織田家が現将軍である義輝さんを支えているのは周知の事実であり、その行事に招かれた以上、当主が来ることで両家は斯波家と織田家に対して友好を態度で示したことになる。


 まあ、いろいろと変わったこともあり、領国の安全が保障される以上、ここらで尾張や畿内を直に見て情勢を確かめようという思惑もあるだろうけどね。


 オレたちも忙しいんだけどね。上洛途中で立ち寄った来訪者を歓迎する宴には出ている。今日も、このあと村上の皆さんを歓迎する宴に出る予定なんだけど。


 そんな時、義統さんに呼ばれた。


「そこにおるのが村上左近衛少将じゃ。そなたに礼を言いたいと言うのでの」


 何事かと思ったら、そんな用件か。


 義統さんは義清さんを興味深げに見ている。さほど興味があったわけでもないだろうが、あまりいい印象もなかったんだろう。敵になるかどうか見極めたいという感じかな。


「奥方殿には世話になった。配慮を受けたこと、改めて礼を言わせてもらおう」


 砥石城とその後のことだ。すでにお礼の書状も頂いていることなので、そこまで気にしなくてもいいんだけど。義理堅い人か? いや、違うな。これを理由にオレに会おうとしたのだろう。ウルザの報告にもあったからな。油断出来ない人だと。


 しかもこの人、やっぱり官位が高いんだよねぇ。正四位上、左近衛少将になる。階位だけなら正四位下の義統さんより上だ。まあ、義統さんは望めばもっと高い官位貰えるだろうけど。


 とりあえず、オレは義統さんの家臣である信秀さんの家臣でしかない。その立場で応対するか。


「すべては御屋形様と大殿の下命があってのこと。礼ならば、御屋形様にお願い致します」


「力の差は理解しておるつもりだ。それに内匠頭殿が日ノ本に属さぬ地を治めておることも聞き及んでおる。さらに奥方殿には織田の治世を教えていただいた。こちらとしては礼を言うだけでは済まぬと思うておるほどよ」


 あれ、力の差という言葉を使ったね。やはり本質は武闘派かなぁ。戦上手というのは間違いないし。戦を中心に物事を見ているものの、変わりつつある世の中を受け入れようとしている。


 この手の武闘派にも様々なタイプがある。好戦的じゃない人が多いんだよね。勝てない戦を望んでいないので、立場と面目を整えてやると味方になるんだ。


「信濃は難しい地ですからね。左近衛少将殿がお味方になっていただけると私も心強いです。今後とも良しなにお願い致します」


 あまり下手に出過ぎる必要のない人だろうね。とりあえず、味方でいてくれるなら十分だ。正直、越後って面倒が多い土地だし。緩衝地帯は維持したい。


 もっとも、すでに長尾景虎ですら脅威と思える段階じゃないけど。すでに戦略も戦術もひとりの英傑で覆せるレベルではないんだ。


 オレたちが十年近く積み上げてきたものは、確実に実りを迎えているんだから。




Side:村上義清


 駄目だな。争うていい相手ではない。


 武衛殿と弾正殿、それと内匠頭殿の様子次第では付け入る隙もあるかと思うたが、あってもわし如きが使える隙はない。少なくとも武衛殿は力ある家臣を疎んでおる様子はないのだ。


 尾張という国は、肥沃な地に栄えておる町、広がる領国から多くの才ある者が集まっておる。仮に信濃でわしが勝ったとて怒らせる以上の意味はあるまい。


 此度の上洛ですら、信濃代官殿から留守中になにかあれば助けとなると書状を頂いているほどなのだ。争う名分すら封じられており、考えるだけ無駄か。


「左近衛少将殿も御家中の方々も存分に楽しまれよ」


 夕刻となり歓迎の宴の場を整えていただいた。武衛殿の言葉に続き、同席する者らの顔つきや立ち居振る舞いを見ても格が違うことを悟る。


 即位前の帝と院が相次いで尾張を訪れたのだ。この国は他国とは別格であって当然で驚きなどないがな。


 考えるだけ無駄か。宴に目を向けて料理に箸を付けてみるが、やはり味が違う。


 居城でも、織田方から値が安く質の良い塩などが手に入るようになった。さらに越後や越中から運ばれておった塩とまったく違う上質な塩もあるようで、料理の味が変わったと騒ぎになったほど。


 信濃でさえ左様なのだ。尾張ではさらに違うと見るべきであろうな。


 ひとつ気になるのは、武衛殿と弾正殿の官位がいささか低いと思えることか。


 公卿らが、尾張ばかり栄える現状をうとみ、天下を握るのを恐れておるのであろうか? それとも武衛殿や弾正殿がこれ以上、京の都に関わるのを望んでおらぬのか?


 誰しもが京の都にて、天下に号令を掛けることを望むわけではない。たとえ、左様な夢を語る者であってもな。


 信濃ですら争いまとまらぬ世において、天下とはあまりに広すぎる。


 久遠内匠頭か。尾張を変えた男。


 あの男は尾張にて、なにを見ており、なにを目指しておるのだ? 分からぬな。所詮は信濃の国人程度の身で知れることではないということか?


 兵を挙げず争わず戦をする。わしに出来るであろうか? いや、やらねばならぬということだ。


 信濃にて非道の限りを尽くした武田ですら大人しゅうなる国。かの国と対峙するのがわしの定めか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る