第1635話・公卿の想い

Side:久遠一馬


 信長さんの次男。幼名は峰法師みねほうし君になった。由来は祖父である道三さんの幼名峰丸からとったようだ。史実と違い、割と普通の命名だなという印象だ。


 まあ、すでに信長さんのみならず織田家は史実とまったく違うので今更だけど。


「ああ、ご苦労様」


 この時期、麦の備蓄蔵の在庫確認が行われる。例によって在庫が足りないところや、不自然に混ぜ物がされている形跡があると報告が上がってくる。


 在庫の数さえ合わせればいいからと、草や砂などをわずかに混ぜて、増えた分を懐に入れるようなことをしている人がいる。そんなに暮らしに困る禄にもしていないし、それで手に入れる金額は僅かなんだけど。こういう犯罪はなくならない。


 無論、放置はしない。証拠をつかむべく調査して監視もする。分国法を定めた当初は大目にみていたものの、備蓄の横領は重罪だ。現在では一番重い罰だと当人は打ち首で、一族は家禄の没収のうえで日ノ本の外に島流しになる。


 こういう犯罪する人、何度もするんだよね。従って現行犯で捕まえることが多い。また今年も南方送りになる人が出るようだ。


 海外領、正直、オーバーテクノロジーで開発した場所を除くと、ものになるのはまだまだ先だ。結構な数を島流しにしたけどね。なんとか生きていて細々と開拓している。それでも史実の欧米の植民地よりはマシだと思うけど。


「三好も凄いなぁ」


「そうですね。難しい情勢の中、よくやっています」


 備蓄の次は都からの報告だった。エルも安堵したような顔をした。


 上皇陛下が尾張に滞在してもうすぐ一年となる。都の仙洞御所の造営は急ピッチで進んでいるようだ。夏前までには完成させる予定のようだけど、この時代は御所の造営なんてしたことがないんだ。本当によくやっていると感心するしかない。


 オレたちは報告を聞くだけだからいいけど、それでも頭の痛くなる問題が山ほどある。ただでさえ三好家は身分が低いので公卿や公家に軽く見られる。無理難題やら、無駄とも思える要求をされることもあるようで、大変だなとしか思えない。


「丹波守護殿も相変わらずか」


「御所の造営は役目ではございませぬ。まして家臣と思っている三好が上様に直に命じられた役目。面白いはずもありますまい」


 懸案は細川氏綱。彼がまったく協力していないことだ。当然だと資清さんですら言うが、それが余計に義輝さんの機嫌を損ねていると気付いていても動かない。三好のことは幕臣と六角が助けているくらいだ。


 どうも三好が晴元を放置するのも面白くないようだ。丹波にしても義輝さんが氏綱を守護としたが、未だに晴元派と氏綱派で割れている。


 結局、細川は京兆家の権威と力を周りが認めないと面白くないし、従わないんだろう。現時点では。


「当面はこのままでいいかもね」


 面倒なことになっているものの、義輝さんの権威と力が近年の将軍にないほど安定しているので、細川氏綱では三好に軽々しく手を出せない状況になりつつある。


 なんだかんだ言いつつ管領であり細川京兆の当主は晴元なんだ。こう言ってはなんなんだが、三好抜きに氏綱が勝てる相手ではないとも思える。


 無論、史実同様に畿内には反三好がそれなりに多いものの、義輝さんの基盤である近江以東があまりにも安定して盤石なことで、反三好でまとまって動くことはないだろう。義輝さんが都を任せているという事実はそれだけ重い。


 細川京兆家は公卿や公家を筆頭にあちこちに縁があり影響力があるものの、肝心の公卿や公家はこちらとの関係で忙しく、細川京兆の内乱まで関わる余裕ないみたいだしね。譲位というおめでたい時に解決できなかった問題を解決しようとする人はいないだろう。


 結局、畿内は大まかな流れとしては史実と大差なく、細々とした争いは三好が収めていくと思う。




Side:広橋国光


 院の供として、清洲郊外にある運動公園なる場所に足を運んでおる。武芸大会や烏賊のぼり大会をしたのはここだ。


 なにかあるわけではない。ゆるりと歩かれるにはちょうど良いところということで、僅かな供の者のみで来ておるのだ。


「よいところでございますな」


 織田の者が鍛練する姿が見られ、他には民が物売りをしておるようだ。都のように、少し歩けば道端に横たわるような生気なき者はおらぬ。


「うむ」


 日の下を歩くことを始めてからというもの、院はそれまでとは比べようもないほど変わられた。人は日の光を浴びねばならぬことすら、吾らは気づかなんだ。


 尾張にご滞在されるのもあとわずか。今年の花火をご覧頂いた後には戻らねばならぬ。果たしてそれが良いことなのか、吾は迷いが生じておる。


 院の御為を思えば、都など捨ててしまえばよいのではとすら思う。かつて都は大和にあったが、そこを捨てて今の都に移ったのだ。先例はある。


 されど……、無理であろうな。かつてと今では世が違う。


 蔵人らの一件も良うなかった。斯波と織田も一時のことと騒がなんだが、院が常におるとなるといかに思うか分からぬ。さらに公卿や公家、寺社など、本来朝廷を支える者らが都を変えるとなると院や主上の妨げとなるであろう。


 院や主上のために、己の命も一族も信仰も、すべてを捧げるような者が都にいかほどおろうか?


 尾張には武衛や弾正や内匠頭のためならば、すべてを捧げるという者がいくらでもおるというのに。


 なにが臣下だ。なにが仏に仕える者だ。誰もが院や主上の権威を己が為に使おうとしておるだけではないか。


「権大納言、そう思い詰めるな。朕は分かっておる」


 決して口には出せぬ。僅かに思案しただけだというのに気づかれてしまうとは。


「院……」


「近衛やそなたらの働き、決して無駄にはせぬ。案ずるな」


 吾としたことが。院の御心を煩わせてしまうとは。


 されど、変わられたな。乱れた世を憂い、己の至らなさを嘆いていた頃とまったく違う。今の院には御自ら前に進むのだという力強さがある。


 すべてはあの者らの功だ。誰の為の朝廷か。今一度、考えねばならぬな。



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