第1501話・格差に悩む者たち
Side:南部晴政
急な知らせに我が耳を疑った。
十三湊に入った斯波により大浦城が一刻ほどで落城。後詰めが間に合わなかったことを理由に大浦が斯波に降るとは。
蝦夷の久遠とは数年前から名を聞くようになった。黒い大船を用いる斯波所縁の者とな。されど、かようなことになるとは思わなんだ。
後詰めが間に合わなんだ左衛門尉も失態と言えば失態だが、責められぬ。十三湊と奴らの動きには座しておられぬだけのものがあり、またよう分からぬものもあった。
厄介なことは他にもある。
さらに奴らの船を襲ったとも聞く。小競り合い程度ならば一々口を出さぬが、安東水軍が敗れた相手に左様なことをすれば攻める名目を与えたようなものではないか。間の悪いことに大浦が落城したのと時を同じくするとは運もない。
「兵は二千から三千。さらに蝦夷から後詰めもあるやもしれぬな」
早急に兵を送りたいが、大浦城は焼け落ちたわけではないとのこと。攻めるとすると敵を超える兵がいる。こちらは同じ南部一族である八戸でさえ思うままにならぬというのに、雪が降るまでに左様な兵を集める力はない。
それどころではないな。わしの失態と力が落ちたと見ると他のところが動かぬとも限らぬ。
「先の譲位も斯波武衛家と織田が随分と働いたとか」
いかがするべきかと思案しておると、家臣からさらに懸念となることを聞かされた。譲位を知らせる使者がちらりと言うておったな。譲位は斯波と織田の働きにより成したのだと。
久遠がいかほど働いたのか知らぬが、敵に回せる相手ではない。常ならばな。
されど弱腰の態度を示せば、これまた家中が騒ぐ。大浦城は取り戻せずとも一戦交えて引き分けるくらいの武威がなくば、わしの立場も危うい。
安東と組むか? 下策だな。水軍で敗れた安東と組んで勝てるとは思えぬ。困ったことに蝦夷がいかになっておるのか、よう分からぬ。
ため息が出そうになる。
かような難局をいかがしろというのだ。小勢の兵を送り一戦交えてもよいが、それで石川城が奪われると津軽一円を奪われかねぬ。浪岡とて争う気があるとは思えぬからな。
尾張に使者を出すか? 高水寺の斯波を上手く使えぬか? 公方様か朝廷に和睦の仲介を頼むか? いずれにせよ家中が治まらぬ。
敵は斯波家臣である久遠か。家中か。いずこであろうな。
Side:穴山信友
目の前に居並ぶ者らに出ていけと言いたくなる。御屋形様もかような心境であったのであろうか。皮肉なことよな。同盟を解消して独り立ちしたことにより、御屋形様がいかに我らに苦心しておったか知ってしまった。
勝手なこと、威勢がいいことばかり並べる者らの相手をするのが嫌になるわ。
身延山久遠寺が織田と通じて織田の荷を運び始めた。驚いたのは坊主ということで関所の税を払わず運ぶことか。さらに久遠寺とその末寺には、織田が自領よりは値が高いものの、こちらより明らかに安い値で塩や米や雑穀を売っておる。
当然ながら我らの所領は以前と変わらぬままの値だ。にもかかわらず織田と久遠寺の所領だけでそれらの品の値が安うなった。
領内を多くの品が運ばれるのを見ておるだけしか出来ぬことに、武士も民も驚き戸惑うておる。
面白うはずもない。武田と手切れになり喜んでおった者らが途端に不満を口にし出して、わしにいかにかしろと迫る。
知らぬわ。織田が領内をいかに治めようが織田の勝手。左様なこと言わずとも知っておろう。今までと同じでよいと突き放した以上、利を与えるなどあり得ぬ。
まさか、物乞いでもしろと言うのか。勝手な己らのために頭を下げるなどあり得ぬわ。こやつらがいかになろうが知ったことではないが、我が穴山家も危ういのは確かか。
見習うべきは御屋形様か。愚か者など捨て置いて良かろう。頃合いを見て御屋形様に詫びを入れて臣従するしかあるまい。
織田は相手をせぬのだ。他に道はない。ともかく家中には織田方に手を出すなと厳命せねばならぬ。信濃の諏訪が織田方に損害を与えて大騒ぎしておったのは聞き及んでおるわ。
口惜しいが今川も武田も降った以上はわしに出来ることはない。
僅かばかりの意地を見せて終わりであろう。
Side:今川義元
清洲の屋敷で岡部左京進と酒を酌み交わす。雪斎が側におらぬわしを案じておるようで、このまま清洲に残るつもりらしい。
「いかが思う?」
「織田も苦心しておると見えまするな。勝手ばかりする者らを戦などせずに束ねる。それにはかような苦労があるのかと」
良きことか悪きことか分からぬ。されど織田は今までの政を止めてしもうた。頼朝公や尊氏公が作り上げた世を変える。あれは日ノ本の武士には出来ぬと思う。
「遠江衆を要らぬと言うたのは、新しき政が理由じゃの。我らに理解出来ぬのも無理はないか」
謀叛や勝手な争いをやらせぬ政をする。考え方は理解するが、とはいえ他家に同じことが出来るとは思えぬ。
「武衛様と弾正様とて大差ないとお見受け致します。お二方は内匠頭殿に懸けたのでございましょう。いずれにしてもこの乱世を生きるのは難しきこと。朝廷や公方様とて、心から信じられませぬ。ならば共に生きる内匠頭殿を信じた。あの御仁を見ておるとそれも良いと思えるのかと愚考致します」
「我らが甲斐との戦に懸けたように、武衛様と大殿は内匠頭殿に懸けたか。確かにそう思えるかもしれぬの」
岡部左京進の申す通りなのかもしれぬ。いずれにしても危ういのが今の世。戦をしても危うい、せずとも危うい。ならば信じられる者に懸けるか。
「戦に百戦百勝はありえませぬ。故に内匠頭殿は戦を嫌う。理に適う御仁でございます。さらに己の得意とすることで確実に勝つ。正直、ここまで持ちこたえ、二ヵ国での臣従などという落としどころを見つけたことに驚いております。和尚でなくば出来ぬことでございましょう」
そうじゃの。雪斎が命を懸けて、戦わずに今川を残すべく努めた故に今がある。この先も楽ではあるまいが、これからはわしがやらねばならぬ。
「領内はまとまるか?」
「まとめまする。遠江の仕儀を見て織田と争いたい者などおりませぬ。内匠頭殿とて当家と因縁にならぬように動いてございます。あとは我らの役目」
内匠頭殿か。確かに因縁になりそうなところもあった。気難しいとも聞いた。相手が寺社であっても道理に背けば許さぬとも。されど会うてみると、そこまで頑固な男ではない。
あとは我らがまとめねばならぬか。なんとか今年中にはまとめねばならぬな。
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