第1408話・進むべきみち

Side:久遠一馬


「いいですか。武典丸殿が無事に育ったことを感謝して、今後も丈夫に育つように祈るのですよ」


 今日はケティの産んだ武典丸の初宮参りの日だ。今回は那古野神社に来たんだけど、例によってウチの行事になると来てくれるお市ちゃんは、ニコニコと子供たちに初宮参りのことを教えている。


 お市ちゃん、日頃から子供たちを寺社へのお参りや清洲城でのお茶会とかに誘ってくれるんだよね。以前はエルたちがお市ちゃんにしてあげていたことを、今度はお市ちゃんが大武丸たちにしてくれる。


 ちょっとおませさんなところもあるけど、こういう成長と繋がりを見ていると嬉しくなるね。


「いや、まさか御幸まで、たまわる領国になるとは……」


 初宮参りも一通り終わると、休憩でもどうかと誘われて那古野神社の皆さんと少し雑談する。


 歴史がある神社だけど、行啓と御幸と前例のないことが続いていて、ここも大変なようだ。那古野はね。急激に発展していることもあり、ある意味、尾張の変化を最もよく見ている皆さんだからなぁ。


 織田家の受け入れ態勢とか滞在中のこととかも気にかけてくれている。今後もよろしくお願いしますということで、とりあえず話は終わるけどね。


 必要になったら人を出してくれるみたい。助かるな。ほんと。




「信濃にも春が来たか」


 帰り道、ふと東の空を見てウルザとヒルザを思い出した。


 苦労も多かったけど、飢えて凍死する人は随分減らせたはずだ。人口調査と検地を始めるための人員が信濃に行っている。


 戦や小競り合いで放棄されている田畑の復旧と街道の整備が、一部ではすでに始まっているだろう。特に東美濃からの東山道と奥三河からの街道は整備が急務だ。


「苦労もございましたが、飢える者が減り、信濃領は変わるはずでございます。懸念は武田方でございましょうか」


 南信濃での代官職は、小笠原長時さんの弟である信定さんに代行してもらうつもりだったが、織田の政に慣れていないので、学びの機会が欲しいとのことで、ウルザが引き受けている。ウルザたちと織田の武官と文官衆が、彼を助け教授しているので直に旧小笠原領は落ち着くだろう。


 ウチで一番ほっとしているのは、今日のお供をしている望月さんらしいね。


「信濃望月が羨ましいと思われているとはね」


 元武田先手衆で一番安泰なのは信濃望月家らしい。織田臣従を真っ先に認められていて、勝手に手を出すのは許さないという書状が周辺に届いた影響が大きい。


 小笠原さんがいろいろ苦労をして根回ししてくれたおかげだ。


「御幸が知れると諏訪は落ち着くと思われます。かような時に家中で争うなど天下に恥を晒すようなもの」


「あそこはね。高遠が残る懸念か」


 諏訪、すでに今頃は御幸が知らされているはずだ。すぐに内乱は収まる。斯波・織田ばかりか、小笠原と現地入りしているウチの面目を潰しかねないことなんかするはずがない。


 ただ、分家の高遠。ここが梯子を外された状態になっている。かつて武田と共に諏訪本家を滅ぼした因果が消えていない。武田も許せないが、分家の分際で何事だと怒りは解けそうもない。


 小笠原さんも、この件は放置している。一言で言えば勝手にしろ。ただし織田に手を出すと尾張から万を超える兵が来ると警告して終わりだ。


 どっちの味方もしていないんだよね。長年、力ない守護として軽んじられたことからこの手のことにはドライだ。


 ああ、武田晴信からも書状が届いている。息子たちを召し抱えたことに関するお礼と、信濃の元武田領の不手際に関するお詫び。それと彼らを良しなにお願いするということだ。


 今も甲斐守護であることに変わりはなく、信濃の後始末も少しはしている。もう武田が直接信濃に関与出来ないので、本当に少しだけど。


 晴信は同盟と称して気を使う相手も消えて、煩さ方の家臣も大半が去ったことで覚醒しつつあるのではと思える節がある。


 一応、信濃と甲斐への出兵と支援の支度もしてあるんだよなぁ。援軍の補給路や支援物資輸送は海路を利用して武蔵から甲斐に入る、北条ルートも密かに検討していて、晴信の現在の支配地域を守るならそっちも使えるんだよね。だけど訳ありの甲斐には人を極力送りたくない。戦になれば水辺を避けられるとは限らないからね。


 現状で晴信から助けを求められると無視出来ない。晴信自身は身一つで逃げてくる支度も密かにしているようだけど、同時に今でも従う者たちを見捨てられずに残っているという側面もある。


 ただし、出兵の可能性はあまりない。晴信が織田臣従を甲斐にいながら宣言すると、小山田や穴山も晴信に手が出せなくなるからね。


 御幸が知れるとそっちの可能性も十分あると見ている。どうなることやら。




Side:六角義賢


 上様と共に上洛する。身に余る名誉だ。三好とも話が付いておって懸念する管領も出てこられるとは思えぬ。


「譲位を前にそちを管領代に任じるつもりだ。家職としてそちの子らに管領代を残してやれることはなかろうが、受けてくれぬか?」


 観音寺城に戻られた上様に、かように言われた時には心底驚かされた。武衛殿はまことに管領職を嫌がっておるのだと改めて理解した。


 無論、断るということなどありえぬ。すでに実権は尾張にあるとはいえ六角家として上様の下で新たな世を造る。ならばこの役目は決して軽うない。


「はっ」


「良かった。それだけは案じておったのだ。武衛の『管領職は御免被る』のように断りを言われるかとな。あと尾張から朝廷への献上品、今後は余が仲介することになった。斯波も織田も、今以上に朝廷に関わることをあまり望んでおらぬ」


 なんと。斯波と織田は自ら朝廷との繋がりを遠ざける気か。厄介なのは分かるが、いかがする気だ? 上様にすべてをお任せにするのか?


「今のまま都に引き込まれるのは困るそうだ。そなたなら分かろうが、尾張の治世はあまりに違う、朝廷とは立場を越えて話すことが必要だ。その場を設ける。無論、そなたにも加わってもらうことになる。苦労も多かろうが、これをやらねば新たな帝がお困りになられる」


「致し方ないと思いまする。されど、懸念は寺社では?」


 上様がお味方になったことで織田も考えを変えたと見るべきか。元は上様も敵方てきがたとなることを考えておったのであろうな。


 確かに近年の朝廷の織田への依存は恐ろしくもなろう。立身出世は良いが、その分断れぬ頼みが増える。都に行けば公家や寺社が鄙者として軽く扱いかねぬ。その果てに争い戦となるは尾張が一番嫌うこと。


「それは当面は捨て置く。余は帝と、その御心みこころうた朝廷を守らねばならぬが、寺社を守る義理はない。それにこちらの動きに喜ぶと思うか?」


「……難しゅうございます」


「尾張からも力添えはあるが、そなたには今まで以上に働いてもらわねばならぬ。帝を新たな世におむかえせんと、先陣を切るのが我らの天命だ」


「良き策かと思いまする。尾張の政を朝廷に伝えるには、上様と某のようなものが間に入り伝えるべきかと」


 あの国を理解して朝廷を新たな世に導く。これこそ並みの武士では出来まい。


 だが、これならわしにも出来ると思える。


 父上、某はやっと己の役目を見つけられたかもしれませぬ。





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