第1397話・蟹江海祭り

Side:久遠一馬


 海の安全を祈る儀式が終わると、操船を競う競技と観艦式がある。こっちは本当に盛り上がるんだよね。


 小早と久遠船による速度を競うんだけど、あちこちの水軍の腕自慢が来ている。


「ああ、リーファ。今年も出るのか。頑張って」


「任せてよ。絶対勝つからね」


 今年もやはり久遠船部門の出場者にリーファがいた。リーファと雪乃は海祭りの観艦式に出るために、例の客船タイプの大型恵比寿船で尾張に来ている。


 親王殿下も乗せたということで箔が付いたということもある。関係者から是非あの船を呼んでほしいと頼まれていたんだ。


「さあ、いくよ!」


 競技内容は相変わらずシンプルだ。沖合にある標識船を回って蟹江に早く戻ってきた者が勝ちというもの。


 オレは関係者の貴賓席から見物だ。操船の指揮。一応、睡眠学習とかで勉強したけど自信ないしさ。


 ああ、今年からこの競技でも一番を予測するくじを行うみたい。メルティが産休に入った影響で蟹江のミレイが仕切っているみたいだけど。利益は各地の織田領下の湊の改修費用に充てるそうだ。


 蟹江には恵比寿船が接岸出来る岸壁があるけど、他の湊はほんとこの時代の湊のままなんだよね。津島、熱田、大野、桑名以外は久遠船も入れない。評定でも湊の整備は度々議論になっていることだ。陸揚げ能力がまったくちがうからなぁ。


 蟹江の皆さんや水軍関係者が知恵を絞ったみたい。


「凄まじいの。これほど水軍がひとつとなるとは……」


 貴賓席には義統さんや信秀さんもいるけど、北畠晴具さんもいる。この日はすべての荷揚げなどを止めていて祭り一色になっている。港や海岸ばかりか海にも見物の船が出ているそんな様子にみんな面白げな笑みを浮かべている。


 あと大湊の会合衆も来ているね。伊勢・三河の湊関係者は総じて招待してあるからな。


「行啓が大きかったですね」


 水軍と海軍関係者が一体となったのは行啓だ。大湊から蟹江の間の移動で本当に一体となったと言っても過言ではない。まあ、海軍はウチと織田家しか以前は南蛮船と呼んだ外洋帆船を持ってないから、もともと一つだったとも言えるけど。


 朝廷との関係は畿内に巻き込まれることになり、譲位の資金を求められたり官位を貰うことになったりとデメリットも多いけど、メリットもまた大きい。


 あーあ、リーファ。完全に本気だね。風と潮汐流ちょうせきりゅうを予測してダントツで戻ってきた。楽しんでいるんだなということは言わなくても分かるね。


 競技が終わると、続いて観艦式になる。こちらは貴賓席の皆さんを乗せてのものになる。大湊会合衆とかこれを楽しみに来たようだと湊屋さんが言っていたっけ。今年は貨客船タイプを呼んだし。


 しかしまあ、陣形を維持するのが上手くなったなぁ。これほんと難しいんだよね。船の大半が帆船だからさ。僚船への風を妨げない単縦列陣たんじゅうれつじんがこの時代の基本なんだよね。


 ふと、初めて尾張に来た時のことを思い出す。


 随分と海も変わったなと思う。海賊としか言えなかった水軍が、今では立派な水兵や水夫となりつつある。最近では織田家の船が久遠諸島に行くことも珍しくなくなった。


 陸ばかりじゃないんだよなぁ。近隣の水軍と織田水軍では、価値観から技術まで違いが露わとなりつつある。


 こちらからは他所の領海をどうこうする気がないから、今のところ問題になっていないけど。とはいえ格差は問題になるんだよね。


 その他にもいろいろと課題も多いけどね。それでもみんな前に進んでいる。




Side:北畠晴具


 寒い海風が心地良いとすら思えるかもしれぬ。手足が冷えるというのに誰ひとり船内に入ろうとせぬ。


 あり得ぬほど大きな船に乗り、周囲を幾隻もの船が囲む。かような光景は然う然う見られるものではないからの。


 尾張・美濃・三河、そして伊勢。ここらはすでに盤石。帝すら譲位してまで尾張を見ようとやって来る。これほど面白きことに巡り合えるとは思わなんだ。


 朝廷が南北に分かれておった頃の祖先も、かような心情であったのであろうか?


「大御所様、寒うありませぬか?」


「大事ない。心地よいほどよ」


 少し寒そうにする家臣に笑みを以って答える。わしの心情を察することが出来ぬとは未熟よの。されど、それもまた面白いと思える。


 武芸を鍛えると城を出歩く倅に頭を悩ませておった頃が懐かしい。


「御機嫌なようでございまするな。大御所様」


「内匠頭殿か。この船は幾度乗ってもよいものじゃ。このまま唐天竺まで行きたいほどよ」


 誰ぞ心情を理解する者でもおらぬかと思うておると、声を掛けて参ったのは内匠頭か。さすがは天下をまとめようとする男よ。機を見るのに長けておると見える。


「いずれ、夢ではなくなることでございましょう」


「そうじゃの。故に楽しみで仕方ないわ」


 この男になら頭を下げられる。家格血筋ちすじを越えてくる者で心底そう思えるのは内匠頭と内匠助くらいじゃ。この者らは北畠の家の行く末を託せるばかりか、さらに面白きものをわしに見せてくれる。


「ひとつ頼みがある。学校とやらに行ってみたいのじゃがの」


「無論、構いませぬ。御用命とあらば師を遣わしまするが……」


「それには及ばぬ。わしは学校で学びたいのじゃ。面白き学問を幾つも教えておると聞きおくぞ」


 家臣が驚くが、左様なことはいかようでもいい。内匠頭は面白げに笑うと承諾してくれた。


 懸念しておった神戸らの所領も片付いた。せっかく尾張に移りきょかまえたのだ。新しきことをもっと知りたい。


 わしももう歳じゃからの。残りの余生を好きなことをして暮らしたい。蟹江に来てからというものの、まだ見ぬ世を見てみとうなったのじゃ。


 天下を狙うにはいささか歳を取り過ぎたからの。この程度のことなら許されよう。




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